海翼人の暮らし(1)
ハセーに到着を報せに行ってもらったデラたちはイグレドを着水させている。このままアームドスキンでのコミュニケーションを続けるわけにはいかない。正式なコンタクトであれば不誠実と受けとられかねない。
(遊びのつもりじゃなかったけど……)
デラは白いビキニに着替えている。
(有翼人に本当の姿をさらすところから始めないとね)
小型艇は着艦用甲板にもなるリアハッチをフルオープンにしている。そこでクルー全員が水着に着替えて待っていた。
フェブリエーナはセパレートのピンクの水着。恥ずかしげにしているが、ロレンチノがやってくればそれどころではなくなるだろう。
(それにしても)
ラフロはフィットスキンと同じ赤銅色のボックスタイプの水着。
(何度見ても岩から掘りだしたみたいな見事な身体)
赤銅色は青年の好みなのだろうか。ブリガルドもメインカラーはそれで、所々に銀があしらわれている。
(フェフったらまだ男慣れしてないのね)
後輩はうつむいてチラチラと覗き見。
胸筋はがっつりと張りだして自己主張が激しい。象牙色の肌の胸板も厚く、デラが抱きついても背中で指先さえ触れないだろう。
腹筋も綺麗に割れて段をなしており、一つひとつが独立した細工模様のよう。上腕の筋肉の盛りあがりなど、バランスがおかしいのではないかと思えるほどだ。
「すごいですう」
フェブリエーナが近づいてきてささやく。
「フィットスキン姿を見てるんだからわかるでしょう?」
「生の迫力は別格じゃないですか」
「たしかにね」
なんとも思わないわけでもない。
「そのうち見慣れるわ」
「見慣れるって。先輩、生で? そういう関係だったんですか?」
「違うわよ。前にちょっと事故があっただけ」
あのときはじっくり観察する暇もなかったが。
「事故でそういう関係になったんですか?」
「なるか!」
とんでもない誤解の仕方をされる。後輩の目には興奮と尊敬の色が窺えた。
(勘弁して。上手に遊んで、仕事にも利用できる女だって思われたくないわ)
ため息がこぼれる。
フロドも同じボックスタイプだが紺色。少年らしい身体には筋肉が付きはじめている。笑顔でやってくるが、薄着の女性に対する思春期らしい緊張の色もあった。
ノルデはトップスがタンキニになった黄色の水着。全体に細く、未成熟なイメージだけが先行する。年齢のわりに幼げな感じだ。
「もうそろそろだって」
少年が告げる。
「鳴き声で知らせてきてるんな。一人じゃないみたいなんなー」
「そうなの? ハセーは友好的だったから間違いはないと思うわ」
「はい、きっと。ブシュマン博士も暴力的な人はいなかったとおっしゃってましたし」
そういう意味での不安はない。問題はサイズの違いによる不都合だけ。発見者も結局は生身での接触をしないまま調査を終えている。
「吾以外はフィットスキンでもかまわなかったのではないか?」
万が一は防げると主張する。
「これでいいんです。コンタクトのときの最初の印象ってとっても大事なんですよ? 心を許している感じを抱かせることができなければ失敗することだってあります。管理局の専門のコーディネーターはそこが上手な方たちなんですから」
「任せる」
「いざってときはよろしくね。それがあなたの任務」
ラフロは頷く。
(頼ってしまったけど。ハセーとのコンタクトが良好だったのは、かなりの部分が彼の功績でもあるんだし)
ロレンチノの好奇心をうずかせたのは青年の性質も関与していたと思っている。
「来たんなー」
海面が白濁したかと思われるような変化を見せて盛りあがり、割って現れたのは鼻面であろう。巨大な白い紡錘形の先端近くには縦に二つ切れ込みがあり、それが開いたかと思えば「ブシュッ!」と呼気を吐きだした。
その後ろには節のない鋭い角。それだけで2mほどはある。体長からすれば短くも感じるが、デラの身長を超える長さを持っていた。
『お待たせしました』
σ・ルーンからハセーの声が聞こえる。
『友人も連れてきたのですけどかまいませんか?』
「ええ。初めまして。私が星間管理局から派遣されてきたデラ・プリヴェーラです」
「同じく、フェブリエーナ・エーサンです」
別れ際には少し会話も交わしていたが、改めて自己紹介する。こちらの言葉は高速翻訳されて、設置してある発信機から空中海中どちらにも電波で流されていた。
『ハセーと申します』
大きな翼のようなヒレの先端が持ちあげられて振られる。
『友人のケミーとコチーです。あまり無茶はしないよう言ってありますが、なにか失礼があったらすぐに教えてくださいませ』
「力加減だけ頼む」
『ええ、ラフロ』
「弟のフロドと知己のノルデだ」
二人が手を振るとヒレが振り返される。案外器用に動く様子が見られた。
『よくハセーがハセーだとすぐにわかりましたね、ラフロ?』
「動作の癖だ。目の動きも」
『まあ、見定められてますの?』
紡錘の先端が開いたかと思えば歯列がさらされる。上顎だけで三十を超える数の三角錐の牙。一つがゆうに1m以上の長さを誇っていた。
(こういうとこ、肉食よね。本気出せば簡単に噛み砕かれる)
怖れを表に出さないよう自制する。
『本当に外の人だ。ハセー、触ってもいいの?』
一人が身を乗りだしてくる。
『気をつけるのですよ。見てのとおり、外の方は十分の一もありませんのですから』
『はーい』
『コチーも触りたいぞ』
もう一人も近づいてきた。
触腕が海面から現れ、甲板の上に差しだされる。それをラフロが受けとめた。表面は柔らかいのか青年の手が沈む。しかし、腕の筋肉はグッと盛りあがり、力の強さを示した。
『これでも強いの。ごめんなさい』
ケミーが謝る。
「その半分以下にしてくれ。難しいか?」
『大丈夫。すぐ慣れるから』
「筋肉の塊なんな」
「僕も大丈夫。見た目より強いから」
コチーの触腕をフロドが全身で受けとめている。うねうねと動く指を面白そうに触っていた。
ケミーの相手をしているのはノルデ。華奢に見えてそうでもない様子。直径が50cmもある指で握られてもケラケラと笑っている。
「このあたりはそなたらの領域ではないのか? 国とか領土の概念は?」
ラフロが訊く。
『少し離れています。国という単位概念も耳にしたのですが理解できませんでした。ロレンチノは群れで域内を制しております』
「外敵からか? それとも同じロレンチノとの争いからか?」
『ロレンチノ同士で争うことはございませんわ。それが大型種や小型種、色違いであろうとも』
ハセーの鼻面が浮き沈みする。
『ただ、群れごとのしきたりはございますの。なので、お越しいただくのは老の許しをいただいてからにしてくださいませんか? もう、人を送っておりますの』
「手間をかける」
『いいえ、ハセーは外の方と正式にお話できるのが楽しみでなりませんわ』
ラフロはハセーの指を撫でさすっている。かなり親密な感じがして、青年に任せておけば問題ないのではないかと思えた。
しかし、正式に派遣されたのはデラたちのほうである。前面に出ないわけにはいかない。なによりフェブリエーナが目を爛々と輝かせていて、今にも海に飛びこんでいきそうな雰囲気。
「ほどほどにね、フェフ」
「でもでも、本物のロレンチノですよう? こんなの目の前にしたら、わたし、もう……」
身悶えしている。
「礼節を持ってお願い」
「握りつぶされても本望ですう」
「やめときなさい。問題になるから」
先が思いやられる。
(この娘、調査係としては不向きなんじゃないかしら)
不安に頬の引きつるデラであった。
次回『海翼人の暮らし(2)』 『そんなに不思議ですか?』




