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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
水の星のファンタジア
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しゃべる鯨(3)

 ブリガルドが受信している電波、つまりロレンチノが発している言葉はイグレドでも記録されている。「づーどどづづー、どづー」という感じで音声変換できる電波と翻訳結果の文脈と照合し、彼ら特有の語彙を調べていく。


「波長変動と振幅変動を組みあわせた複雑なシリアル信号です。彼らはこの電波の送受信を額に付いている角、『ロレンツ』で行っています」

 ロレンチノの額にはあまり長くない角が生えている。

「根本にある神経コイルを使って電波を生成し、ロレンツをアンテナにして交信しているんです。なので、あの角は金属質なのです」

「仕組みは解らなくもないけど、どうして電波なのかしら。水中では音波のほうが遥かに届きやすいのに」

「水中だと発声ってできないんですよ? 鯨が発する音って、体内で作った音を特殊な器官で反響させて増幅しているんです。だから複雑かつ急激な変調とか増幅とかは難しいですし、微妙な変化を知覚するのも困難です。そういう意味で電波のほうが簡単なんです」


 受信したものを神経電気信号に変換できる電波のほうが効率的だという。ただし、水中では電波は伝わりづらい。高周波のものなど論外である。ゆえに「づーづー」という低周波を使用しているらしい。

 それでも交信範囲は300mほどである。まあ、会話レベルの人間の肉声が届くのは数十m程度がいいところだと思えば、スケール的に充当であろうと思われた。


「超音波ノックでエコーを取ったり鳴き声を発したりするのは、昔それで会話しようとした名残なんでしょうね」

 フェブリエーナは考察する。

「知性に見合った複雑な言語を獲得するのに消去法で電波にいたったわけね」

「生体レーザー交信とかにいかなかっただけなんな」

「え、そんな生物いませんよ?」

 ノルデの発言に後輩は眉を寄せる。

「もしかしているの?」

「知らないんなー」


 デラが尋ねるが、ゼムナの遺志はとぼけるだけだった。


   ◇      ◇      ◇


 ハセーはラフロと名乗った海の外の人間との会話を楽しんでいた。異種間という一言では括れないなにかを彼から感じている。


『十分に器用だな』

「あなたの手の構造のほうがかなり精密な作業ができそうです」


 二人は手をつなぎ合う。彼女の触腕の先にある三本の指はどの方向にも自在に動くが、いかんせんサイズが大きい。腕の直径が50cm、指でも20cmはある。

 対してラフロの鎧の腕の太さは細いところでも1m以上はあるが、その先の手の平から五本の指が伸びる構造は精密作業に向いている。指の太さも15cmほどで先細りになっていた。


(本来の大きさがこの十分の一なのだから、かなり細かな作業も可能でしょうね)

 これほど自由度の高い機械の鎧を造るのも当然だろうと思う。


『知性も柔軟性も高い』

 こそばゆいくらい褒められる。

「どうしてそう思われましたの?」

『怖れるものだ。理解できぬものだ。それが対立につながっても変ではない』

「海の外にも、海と同じ世界が広がっているのではないくらいハセーでもわかりますわ」

 生物が住める惑星すべてが水に覆われているわけではないことも。

『観測したわけでもなく、見上げているだけで思いいたる知性がそなたらに備わっている。そこから考えを発展させる力も』

「星の世界を夢見るくらいの歴史はハセーたちも刻んできましたのよ?」

『そこに怖れを抱かない精神性。容易ではない』


 抽象的でわかりにくいものの、ラフロの言うことの意味は理解できている。深い話に彼女は少し驚きを感じていた。

 ロレンチノが異質な外の世界を想像できると言えば恐怖を感じないのかと問う。海の外を渡るほどの技術の持ち主が敵としてやってくる想像ができるだろうと尋ねてきた。


(もちろん、誰もが思いいたるでしょう。でも、争ってどうなるものでしょうか?)

 ハセーは思う。

(勝てる見込みも薄いのであれば、わかり合って争いを避ける姿勢を示すのが肝要。しかも、星を渡る技術を持つに至ったほどの知性が戦闘本能だけに支配されているとも思えませんわ)


 こうして言葉が交わせるのであればわかりあえる。対立したところで得るものは少ないと思える知性が相手にも備わっていると考えるほうが建設的だ。


『それだけの知性がありながらなぜ物を作らぬ?』

 不思議そうに問われる。

「難しい話ではございませんわ。ハセーたちが火を使えないからです」

『……そうか」

「海の熱き血潮。時々現れる、いかなるものも溶かす熱の噴出は生活を脅かすものです。同時に上手に利用すれば物の加工に役立つでしょう。外の方々はそうしてきたのではございませんか?」

 ラフロは気づいたようだ。

『然り』

「でも、ハセーには使えないのです。熱の権化たる火は水の中では扱えません。そこでしか生きられないロレンチノには使えない道具なのですよ」

『もっともだ』


 ラフロは理解力はあるものの聡明というほどではなさそうだ。しかし、相手と真摯に向かい合い、理解しようという姿勢は好ましい。彼らと共通のものを覚える。


「不便ばかりではありませんのよ。便利なとこもございますわ」

 ラフロの鎧は優雅に泳ぐハセーから目を離さない。

「海の中では自由ですもの。重さで海底に縛りつけられることもございません」

『重さの概念もあるのか」

「予想が事実だと確認できたのは最近のことですわ。それこそテオがやってきたお陰です。彼は重力に縛られる自分を嘆き、自由なロレンチノを羨んでいたそうです」

 理由を説く。

「それに海にも重さはありますのよ? 深く潜れば潜るほどに海の重さは全身に掛かってきますもの」

『水圧。なるほど、そこから思いいたったか』

「ハセーたちには最初から浮く力が備わっていた。でも、外の方には備わっていない。でも、獲得なさったのですね、技術の力で」


 海中だけでなく海上でさえ浮いていた。彼らはそれを機械技術の力で実現したのだろう。それは羨ましくも感じられる。


「ロレンチノにもそんな時代がやってくるのでしょうか?」

 憧れもある。

『不可能ではなかろう』

「これほど大きな身体でも星の海を渡れると?」

『技術的には難しくないと思える』

 思慮の間が挟まる。

『ただし、それがハセーに必要なのかと考えれば疑問が残る』

「どうしてですの?」

『語ったあとではテオドール・ブシュマンが言ったことの意味が理解できるように思えるのだ。ロレンチノの精神性は海の中にあってこそな気がしてならない』


 ラフロの鎧と指をからめてクルクルとまわる。会話を楽しむとともにダンスも楽しんでいた。


「過分な夢なのでしょうか?」

 彼は否を唱える。

『夢という心の働きは不自由の中に生まれるものでもある。この世界(うみ)の中でこそハセーの想像力は羽ばたけるのではなかろうか?』

「わかります。あなた方は空を求め星の海を望んだ結果、別のものも得てしまったのでしょうね」

『新たなる未知とそこにひそむ恐怖という現実。生き延び、豊かであろうという欲望と生まれる競争。人類は争いだけが上手くなってしまったのかもしれない』

 俯瞰的な意見である。

「それでも羨んでしまうのです。ここには想像することしかできない停滞もあるものですから」

『選択の自由もある。(われ)はそれを告げにやってきたのだからな。専門家にあとを引き継ごう』

「お願いしますわ。ラフロとの会話も楽しいですが、ハセーはハセーのことだけを考えてはならないでしょう。ロレンチノすべてのためにあなた方を歓迎いたします」


(本当に興味深い。言葉を交わしているだけで世界が広がっていく感覚がたまりませんわ)


 ハセーは交流の楽しさに身を任せたい欲求が抑えられなかった。

次回『海翼人の暮し(1)』 「生の迫力は別格じゃないですか」

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[一言] 更新有り難う御座います。 二人の愛称が良すぎる?(精神性)
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