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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
水の星のファンタジア
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しゃべる鯨(2)

(ただし、交渉人としては一番不向きな人材なのよね)


 まず接触するのは護衛であるラフロが行くのは正しい。だが、会話が成り立つのか多大なる不安がある。なにせ青年には感情がない。ないということは他者のそれの理解にも乏しい。


(怒らせちゃわなければいいんだけど、刺激するような不用意な発言もしないような気がするのよね。彼に関しては未だに読めないわ)

 デラは決めかねたまま角持つ男の背中を見送る。


「大丈夫なんでしょうか?」

 フェブリエーナも困惑している。

「正直わからない。ラフロがどの時点で安全だと判断するのか」

「心配いらないんな。喧嘩するほど口が達者ではないんなー」

「なにげに酷い」

 ノルデの言い方に苦笑する。


 ブリガルドが発進する。重力波(グラビティ)フィンを展開すると、海面に向けてゆっくりと降下していった。


(ラフロの反応にもちょっと興味あるのよね)


 デラは見守ってみようと心に決めた。


   ◇      ◇      ◇


「あら、その鎧も翼を持っていらっしゃるのね」

 ハセーは語りかける。

『お前の翼ほどの優雅さはないが』

「美しく輝いていますわ」

『無骨なものだ』


 翻訳されて返ってくる言葉は無愛想に聞こえる。しかし、そこに貶めるようなニュアンスは含まれていない。他のなにも含まれていないのも不思議に感じるが。


『邪魔をしてもよいか?』

 海に触れる前で止まっている。

「どうぞ。ようこそ海へ」

『いささか騒がしいのは許せ』

「今のところ周りには誰もおりませんわ」


 鎧は光り輝く翼をたたむ。海に入ってくると、水を蹴立てるような音を発して移動している。だが、泳ぐような動作は何一つしていない。


「変わった泳ぎ方なんですのね?」

『機械式の水流噴射になる。癇に障る音であれば勘弁せよ』

 気遣いは感じられる。

「問題ありませんわ。もっと近づいていらして」

『失礼する』

「礼節のある方ですのね」

 好ましく思う。


 鎧は「シュルルル」という音を出して接近してきた。各所にある棘のようなものから水流を出しているようだ。

 彼我の距離が50mほどのところで止まる。見れば見るほど奇妙な形だ。あまり上手に泳げる形はしていない。外の世界の者が海以外の場所で暮しているのは知識として知っていても簡単に見慣れるものではない。


「触れても大丈夫ですか?」

『好きにせよ。それほどヤワではない』


 ハセーは翼の下から腕を伸ばした。骨はないので、それほど強い力は出せない腕だが20mほどの長さまで伸びる。それで鎧に触れると硬く冷たい感触が返ってくる。


「不思議。骨のある腕と体を支えて移動する足ですのね。胴体はともかく、頭はこんなに小さくていいのですか?」

 つくづく奇妙な形態である。

『よいのだろう。こう進化したのだからな。それはハセーたちも同じなのではあるまいか?』

「道理ですわね。環境に合わせて進化する。お互いを認め合わねばこれからなどありませんもの」

(われ)は「ロレンチノ」が……、言語的に合っているか?』

「ええ、伝わっておりますのね」

 そう呼ばれていることを。

『危険でないことと、(われ)が危険を与えるものではないことを示しにきた。自由にしてくれ』

「面白いお方。これだけの違いがあっても怖がったりなさらないのですね」

『怖れはせぬ。同じ人である。(われ)はラフロ。カレサの者だ』


 鎧から光が発せられる。現れた光の板に映っているのは中身だろう。鎧と同じ比率の頭がハセーを見つめている。目の上には突起が生えていた。


(聞いた話と違う気がします。外の方はこんな頭をしているのでしょうか?)


 頭の天辺に藻のようなものが生えているのは変わらないが、そこから突起も伸びている。伝え聞いたイメージとは違う外見に思えた。


「頭に付いているのはロレンツではありませんわよね? 言語は音声ですもの」

『「角」という。……「棘」という単語はあるか?』

「ああ、本来は武器ですのね」


 理解しやすい説明がなされる。生態の違いから単語にも相応の差異が出てきているようだ。


『この機械も戦闘用のものだ。(われ)の身体も2mほどに過ぎぬ』

「存じておりますわ。テオも1.7mの身体しか持っておりませんでした」

 唯一コンタクトのあった外の人間のことである。

『テオドール・ブシュマンか。その男はなんと言っていた?』

「我々に静かに暮らすことを望んでいると。そう言って去ってしまいましたわ」

『意に反してやってきたが』

 探るニュアンスが含まれている。

「ハセーには嬉しいことですわ。海の外に興味がございますもの」

『良いことばかりではないかもしれない。利がないわけでもない』

「ええ、知り合ってみなければわかりませんわ。知らないものに怖れを感じるより夢を抱くほうが建設的でしょう?」

『なるほど、真理である』


 彼女の腕は鎧をぐるぐる巻きにしているが抵抗もされない。三本の指で触れてみると、どこも岩に触ったときのような同じ感触であった。そういう素材で造られているのだろう。


「ラフロ、あなたはハセーに異質を感じていませんか?」

『他と変わらない意思、……心しか感じておらぬ』

「ふふふふ、大変興味深いですわ。もっとあなたを知りたい」


 心躍る体験にハセーは興奮していた。


   ◇      ◇      ◇


「拘束されてない?」

 絡めとられているブリガルドにデラは不安を抱く。

「きっと確かめているだけだと思います。ロレンチノがアームドスキンを見るのは初めてのはずですもん」

「あんな触手みたいな器官があるなんて知らなかったわ」

「資料読んでないんですか? あれは『触腕』ですよう」

 ヒレと違って骨を持たない器官らしい。

「男性には『生殖腕』もあるそうです。ハセーは女性みたいですね」

「どうしてわかるの?」

「触腕の途中に膨らみがあるでしょう? あれが授乳器なんです」


 触腕はほぼ筋肉でできている器官で体内に収納できるという。先端にはどの方向にも動く三本の指が付いていた。

 ハセーのそれには途中に三つの膨らみが並んでいる。それが授乳器で、子供を生むとそこから乳を与えるのだそうだ。


「要するにおっぱい?」

 感心したようにフロドが言う。

「有り体に言えばね」

「どういう進化過程でそうなったのかは不明ですけど、泳ぎながら赤ちゃんを触腕で抱えて授乳するには最適な位置ですよね」

「そう考えれば、ロレンチノが過去の陸生という普通の進化過程を経ていない証明よね。少しは移動したにしても、脇って位置は都合が悪いわ」

 天敵が来たときに咄嗟に動けないのは危険である。

「海中で長い触腕を行使できるから、おっぱいもあそこでちょうどいいんです。類似系種もおそらく同じ器官を持っているのではないでしょうか」

「そういう考え方をするんだね。僕には新鮮だなぁ」

「ごめんなさい。フロドの年頃だと困る話だったわね」


 少年は十二歳。これから思春期真っ只中に突入という頃合いである。照れもあって口を挟むのに戸惑いもあっただろう。


「あはは、それはデラさんとかが自分のおっぱいの話をするんならとてもじゃないけど加われないよ。でも、ロレンチノのは違いすぎてて性的な意味を考えられない」

 フロドは苦笑している。

「二人と変わらない感じでハセーと対してる兄ちゃんのほうが変なんだと思う」

「まあねぇ」

「変わった方ですね。ロレンチノのほうが面白がってる感じですもん」

 ラフロは妙に気に入られている様子。

「怪我の功名だったかしら」

「真っ更なところが興味を惹いているのかもしれません」

「感情が欠落しているっていうのは、彼らみたいな精神文化を築いてきた人種にとって異質で仕方ないのかも」


(この水の星の扉を開けるのに向いている人材だったとはね)


 面白い偶然もあるものだとデラは思った。

次回『しゃべる鯨(3)』 「どうしてそう思われましたの?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 言語・意思疏通が出来るなら、初手は合格!(十分過ぎ) 後は認識のすり合わせ……。
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