困りものの後輩(3)
不用意な発言に辟易したデラは後輩フェブリエーナを捕まえて、今回もお邪魔する小型艇イグレドへの乗船を勧める。宙区支部基地の探検に興味を示していた彼女もカレサニアンの魅力には勝てなかったようだ。
「ほんとですね、先輩。イグレドの食堂、充実してます」
食べたがっていたスイーツにありつき、頬を緩めている。
「前もお世話になったのよ。カロリーバー齧りながら作業に勤しまないですむのはありがたいわ」
「食は身体の資本なんな。ちゃんとしないと動けないんな。特に今は補給受けられるから素材も揃ってるんなー」
「発進したらそこまで我儘言わせないから」
ラフロも普通にスイーツに手を伸ばしている。表情には表れないが嫌いではないのだろう。
(そういえば彼が飲酒しているところを見かけなかったわ)
酒にも強そうな見た目だが習慣的に飲んではいないようだ。
(任務中は飲まないとか、そういう信条とかもありそうな感じ。固そうだものね)
真面目なのは間違いない。護衛として指示されたことをすればいいというぞんざいところはなかった。
「角、触ってもいいですか?」
問題は後輩のほう。
「だから研究対象ではないって言ってるでしょう?」
「でもぉ」
「かまわぬ。神経は通っているらしいが芯だけだから触れられても感じない」
当の青年が許可する。
「わあ、ありがとうございます。太くてたくましい……」
「頬を紅潮させながら言わないの」
「立派じゃないですか」
卑猥に聞こえかねないので注意したが、本人は一向に気にしない。嬉しそうに撫でつづけている。
「まったく、デリケートそうな部分を無遠慮に」
「問題ないですよね? 男性にとっては誇りですもん」
さらに表現が際どい。
「誇りって!」
「これって名残なんですよう。昔は女性を得るのにぶつけ合って戦っていたみたいなんです。大きくて立派なほうが男性として優れているって証明になんですから」
「そうだったの」
動物学ではありふれた話だという。相手を殺さないために、種の保存を目して進化した部位なのだそうだ。
「骨じゃないんでしょ? 皮膚が硬化したもの?」
そのくらいの知識はある。
「カレサニアンの角は爪とか毛と同じケラチン繊維が束になって硬くなったものなんですよ。だから生え変わったりはしませんが、折れてもまた生えてきます」
「へぇ、研究されてるのね」
「節ができるのは、夏と冬で採れる作物の違いによる栄養の偏りからきてたみたいです。なので、食料供給に季節の違いが出にくなった近代は、節のでき方が小さくなっているんですよ。昔はもっとゴツゴツして立派だったんですって」
また危うい表現に脱線していく。
「はいはい、そろそろ解放してあげなさい」
「触る機会なんてあんまりないのにい」
「ラフロはあなたのオモチャではないの」
撫でたり指で突いたりしても青年は激したりはしない。とはいえ遠慮がないのにも限度があるだろう。
「男性の誇りだと理解していてさえそれなんだもの。ごめんなさいね、ラフロ」
「かまわぬ」
声と同じく面持ちも変化はない。
「今でも角折れは見下される習慣が残っているが、そんな男も少なくなった。女性の気を惹くためにぶつけ合ったりしないからな」
「色付けする風習は残ってるのにね」
「力の誇示のためなんな。昔は部族ごとに色付けの仕方が違ってたりしたらしいんなー」
当人たちから面白い風習の話が出てくる。
「角に彩色する風習があったの?」
「はるか昔には女性を賭けた決闘のときにしていたみたいなんな。それが部族ごとの色分けに変わって、今ではファッションになったんなー」
ケラチン繊維の塊なので染料がよく定着するという。男性が目立たせるために始めて、それが女性にも広がって、現代は髪色を染める感覚で角の彩色を行っているらしい。
「ラフロのはベースの色よね。染めないの?」
青年の角は薄い灰色をしている。
「剣に自負があれば角を誇示する必要などない」
「古臭いけどね。兄ちゃんの考え方も伝統の一つなんだ。剣で解決する自信があるなら角に拘泥するのは間違いだって」
「なるほど。まあ、ラフロくらいのレベルになればそうなのかもね」
素人にはなにをやってるかもわからない領域ならば。
「先輩はラフロさんが剣を振るうとこ見たんですか?」
「ええ、アームドスキンでだけど。とんでもなかったわ」
「ふわー、わたしも見てみたいですう」
不穏なことを言う。彼が本気で剣を抜くような状況を招きたくはないと後輩を説き伏せる。
「そういえば、護衛を付けなければいけないような案件なの? ロレンチノが危険な人種だって説明はどこにもなかったような気がするけど」
星間管理局の判断なのだろうが。
「ぜんっぜん危険はないはずです。彼らは肉食ですけど知性ある相手を襲うような真似はしません」
「なら、どうして護衛を付けるのかしら」
「きっとサイズ的な問題なのだと思います。どうあっても生身で近づくのは避けたほうがいいと思いますし」
「生身は無理? サイズ的?」
記憶を探る。
今回のミッションの護衛がイグレドだと判明した時点でそれしか頭になかった。ろくにロレンチノのことを調べていない。
「ロレンチノ自体は何種か確認されてますけど、平均すると体長25mほどです」
「……数mから10m前後くらいかと思ってたわ」
見た映像から連想したよりはるかに巨体だった。
「20mくらいから、30mを少し超えるサイズの種も。無闇に近づいて、彼らの身じろぎに巻きこまれただけでも失神して溺れてしまうかもしれません」
「そうなると接触はラゴラナでってことになっちゃうわ。そのあたりも納得してもらわないといけないのね」
「概念的には理解を示しているみたいなんです。改めて説明は必要でしょうけど」
知的生命体どうしのコンタクトでは礼儀として互いに生身なのが理想。しかし、事情が事情だけに致し方ない部分がある。ロレンチノ側のほうが理性的な反応をしている様子。
「ゆっくり、ちょっとずつ距離を詰めましょう。そういうのはフェフのほうが慣れているでしょうけど」
急がせないという意思表示がてらの話。
「わたしもわかんない部分があります。臆病だとか好戦的だとかならノウハウもあるんですけど、ここまで形態に差異があるケースは初めてなので」
「ありがたいことにコミュニケーションには不都合がなさそうだからどうにかなるんじゃないかしら」
「ええ、電波言語のほうもかなり解析が進んでいますのでたぶん」
高速自動翻訳も準備してきているとフェブリエーナは言う。
「こういうケースの経験は?」
「ノルデも初めてなんな。面白いんなー」
「そう。頼るわけにもいかないわね」
尋ねるてみるが、美少女のデータ蓄積にも該当する事例はないらしい。調べた範囲では、彼らはかなりの時間を生きてきたはずなのだが。
「電波言語データは吸いあげさせてもらったんな」
満面の笑みで暴露する。
「解読はほぼ終わってるからアームドスキンのシステムにインストールしておくんな。会話は成立するから心配要らないんなー」
「そう、ありがとう」
「へ? いや、ちょっと待ってください。保全惑星のことなんですから、加盟が本決まりになるまで部外秘なんですよう! だいたい星間管理局のデータベースにしかないものをどうやって?」
いつもは困らせる側が困っているのはちょっと愉快である。
「そういうの、意味ないから。イグレドの機材は管理局の最新の物に勝るとも劣らないと思っておいてちょうだい」
「そんな馬鹿なあ」
(こうなると説明しないと収まらないわよね。今度はフェフの生命学者の部分が騒ぎだすのは確定的。納得させるのにどれほどの言葉を費やさなければならないかしら)
デラはため息が止まらなかった。
次回『しゃべる鯨(1)』 「これかな、ロレンチノ」




