剣士の花嫁
フェブリエーナ救出作戦から半年。カレサ王国にしては珍しく客の多い期間を迎えていた。
「ここよ、ジャン!」
デラが手を振ると恒星進化学教授ジャナンド・ベスラはようやく気づく。
「すまない。遅れた。家族で長旅なんて珍しくてな」
「一緒に来てあげればよかったのに、メギソンってばさっさと先に来てるんだもの」
「だって楽しみじゃん。お祭り騒ぎで着飾った女の子たちでいっぱいだからねぇ」
出迎えたメンバーはデラとメギソン、フェブリエーナにレチュラと他分野に及んでいる。やってきたベスラ一家は物珍しそうに視線を巡らせていた。
「ほんとに困った馬鹿」
夫人は男の耳を引っ張る。
「そりゃないじゃん、リミーネ。家族で来ればいいって言ったのは僕ちゃんなのにさ」
「入国が大変だったじゃないの」
「ノルデちゃんが手を回しておいてくれたはずだけど?」
招待客は入国手続が簡易化されていた。
「ペロシーとパルミーが大騒ぎで手が足りなかったの!」
「すごーい。お角がある人いっぱい」
「きれー。パルもあれ着たい!」
今もジャナンドの手をそれぞれに引っ張って肩を抜きそうだ。
それもそのはず、王都の宙港は花盛りである。今日この日とばかりに着飾った若者で溢れかえっている。
王子の婚儀を一目見よう。そして、あわよくばカレサで出会いを、という二重惑星アレサの住人が押しかけているからだ。
「最高の景色だねぇ」
メギソンは目を皿にして人の波を眺める。
「小さい三角布をつなぎ合わせて一着に仕上げてあるんだぜ。ひるがえった隙間からちらちらと覗く肌が、こうグッと来るじゃん?」
「どうやらカレサニアンの男性は発情期以外では淡白なようなのです。それで女性はこうしてアピールするようで」
「確かに魅力的な身体の線が浮きあがっているが……」
ジャナンドは遠慮がちに評する。
「あまり眺めてたらミーネさんに叱られちゃいますよ、教授」
「いや、違う。そうじゃなくてな、チューリ」
メギソンが喜び勇んでやってきた理由がそれである。だが、娘の父親にしてみれば気が気でない光景だろう。
「ぱ、パルには少し早いかな。いや、成長してからもパパは困るんだが」
父親はおののく。
「なんでー? かわいいのに」
「いろんな色できれいだし、ひらひらしてかわいいよねー?」
「ねー?」
六歳の双子女児は興味津々である。
「少し詰めてもらったものもあるから、パルとペロはそれにしましょうね?」
「助かる、フェフ」
「パパも案外大変でしょ、ジャン?」
デラがからかうように言うとジャナンドは相好を崩す。今は家族とのふれあいが生きがいになった父親の顔。
「こんなに充実するなんて思わなかった。大学の評価も下がってないしな」
一時は契約解除も覚悟していた。
「当たり前じゃない。実力のある教授が後進育成に全力を傾けてくれるなら、これ以上はないわ」
「君の口からでは説得力がないが」
「私は永遠に泥遊びの姫よ」
重鎮の多い分野である。
「名を馳せた教授の講義を受けたがる生徒も多いはずだが?」
「なら、フィールドワークに誘っても付き合ってくれる子がいないのはなぜ? きつくて汚いからよ。にわか心だけの相手に授業なんて珍獣扱いされてるみたいで嫌」
「うーむ」
ずっとそんな経験を重ねてきた。だから同行するのを厭わない、彼女の職業を尊重してくれる青年に惹かれもしたのだが。
「じゃあ、宮殿に向かいましょう」
デラは皆を先導する。
「ミゲル王に招待を受けてるから」
「王様ぁー?」
「会いたい!」
双子にはおとぎ話の登場人物みたいに思えるようだ。
「普通のおじ様よ。ちょっとヤンチャなほう」
「王冠被った髭のおじいちゃんじゃないの?」
「ピカピカの椅子に座って偉そうなことを言ってる人だよね?」
ひどい言われようである。まあ、児童文学では良い扱いを受けない役回り。自由社会の中で支配の象徴となれば致し方ない。
「ふわー!」
「おっきー!」
大型リフトカーから丘の上にそびえる宮殿が見えてくる。
「案外質素なのね」
「実利主義なんですよ、ここは。最低限の建前としての宮殿かしら」
「そういう方?」
教授夫人は意外に思っているようだ。
会えばすぐにわかる。豪放磊落といった風情のミゲル王の執務室へと一同を招いた。
「悪い。ちょっとバタバタしててな」
半笑いで頭を掻く王様。
「やっと輸出が軌道に乗った希土類が妙に高品質らしくてな。引き合いも多いんだが、この機会に顔つなぎに来る賓客も多い。枠を設けるべきだったぜ」
「当たり前でしょう? ノルデ肝いりで建造した精製プラントだもの」
「そのへんが読めてねえんだな。だから協定者を馘首になる」
息子に奪われた格好。
「いいんじゃないの。星間管理局にあれこれお願いされないですむでしょ」
「気が楽にはなったかもな」
「ゆっくりと政治に手を入れられるでしょうし」
ミゲルはにやりと笑う。親しみのあるイメージにパルミーやペロシーは全く威圧感を覚えなかった様子。ラフロと同様の筋肉質な長躯に抱えあげられて喜んでいる。
「追加の部屋も用意させている。くつろいでくれ。結婚式は明後日だ」
「そうさせていただくわ」
豪華な部屋を借りている。
「わたくしが案内いたしますわ。あなたは執務を続けてらして」
「イクシラ様にお願いするまでもありませんけど?」
「いいえ、なにほどもありませんわ。ラフロの第二夫人になっていただく方だもの」
とんでもないことを口走る。
「ご冗談を」
「冗談? 政治は臣民に任せても王家の血は守らなくてはなりませんもの。まだまだ目は離せませんわ」
「監視する気満々?」
策謀家の王妃はまだデラをあきらめてくれていないようだった。
◇ ◇ ◇
ここぞとばかりに飾り立てられた式場は貴族ばかりでなく臣民の輪の中。ラフロ王子の婚儀は大々的に開放されていた。壇上にはまだ進行役の男女がいるだけなのに、歓呼の渦に包まれている。
(皆、本当に嬉しいんでしょうね。第一王子が女神を射止めたんだもの)
臣民にとっても念願だっただろう。これでカレサは安泰だと喜びに包まれてもおかしな話ではない。それが形になって表れている。
「では殿下のおなりにございます。盛大な拍手でお迎えください」
「ラフロ王子殿下、お願いいたします」
今日ばかりは王族の衣装をまとった青年が登場する。いつもどおりの落ち着いた空気を醸して一歩いっぽ壇上へ。ただし、面には爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「きゃー、最高!」
「ラフロ様、素敵ぃー!」
若い娘たちは感涙しつつの声援。惜しむ気持ちもあるのだろうが、喜びのほうが大きいか。
投げられた花束を受けとっては一人ひとりに礼を伝える。優しい言葉にへたり込む娘が続出するという有様だった。
(そう、素敵な人なの。でも、本当の彼をずっと見つめてきたのはたった一人だった)
遅れてきた彼女は間に合わなかった。
「それでは花嫁の登場です」
「どうぞ!」
皆がどよめく。そして、角持つ青年は崩れ落ちた。純白の花嫁衣装に身を包んだノルデは七、八歳ほどの身体。双子と変わらない状態である。
「なぜだ」
「お似合いな。ずっと騙してきた復讐なんな」
「ノルデ……」
これでは王子がまるで幼児趣味のように映る。大々的に近隣国に報じられてしまった。彼の面目は丸つぶれである。
「あは、あははははっ!」
デラは爆笑する。
「やってくれちゃったねぇ、ノルデちゃん」
「わ、笑っちゃいけないんですけど」
「笑っちゃうわよ」
式場は一転して笑いの渦に包まれた。
ため息を一つしたラフロは花嫁を肩に担いで胸を張る。それがどんな姿でも誇れるパートナーだと言わんばかりに。
(これよね、彼がずっと望んでいた剣士が奏でる終止曲)
涙を流すデラの笑いには、たくさんの喜びと少しの悲しみが含まれていた。
次は『エピローグ+』 『星空の恋人』『あとがき』を同時更新して完結です。
 




