兄弟激闘(4)
ラフロが落ちたミサイルサイロへ衝撃砲が放たれる。屋根を形成している地上隔壁が弾けるように宙を舞った。
(今度は気絶しているかもしれないのな。そうしたら……)
絶望的な結果を想像するノルデ。
しかし、予想に反してラムズガルドは隔壁と同時に飛びだしてくる。天井付近へと移動していたのだろう。
(衝撃波が抜けるとこでは共振しないのな。どうにかしのいだんな)
上手く躱したように見える。
手足を折りたたんで衝撃を逃していたラフロは生体ビームの狙撃をブレードガードで弾く。つづく力場鞭の連撃も切先で巻いて逸らした。巧みな防御はダメージを感じさせない。
「気を付けるんな」
青年の耳元のアバターで注意を与える。
「狙ってるのな」
「真っ当にいくと手数で負ける」
「それでも隠れ場所向きじゃないんな」
時間稼ぎにもならない。フロドは徐々にもう一体を詰めていっているが、すぐに撃破まではもっていけないだろう。ダメージを重ねていけば機体に問題が生じるかもしれない。
「ラフロならできるんな」
「吾に任せよ」
元気付けの台詞でしかない。彼の自信になればいいと。しかし、ノルデの内心では劣勢と見ていた。徐々に斬撃のキレが落ちてきている。
(気の抜けない状態が続きすぎなんな。体力も精神力も限りがあるのな)
どこかで一息つける時間がないとつらい。しかし、今のイグレドの位置からでは牽制のビームも着弾まで一分以上掛かってしまう。
「シャシャシャシャ」
ヴァラージが嘲笑うように鳴く。
(せめてこいつが接近戦が得意なやつじゃなかったらな。隙もあったはずなんな)
すさまじい集中力でラフロの神速の斬撃も躱してしまう。
気迫の斬撃が光る鞭を跳ねかえす。一旦間合いを外したラムズガルドが生体ビームから機体を逃しつつミサイルサイロへ。そこしか呼吸を継ぐ場所がないとみえる。
「来るのな、ラフロ!」
衝撃砲が放り込まれる。隔壁を割りつつ飛びだしたラフロは、うち一枚を蹴ってヴァラージを狙う。細切れにされた鋼板が散るところへ死角からの一閃。ところが、読んでいたかのように二本の力場鞭で絡め取られた。
「これでも駄目なんな?」
「甘くない」
堪らず青年はブレードを解除して後退。ビームから身を躱しつつ飛ぶ。視線の先には別のサイロ。進路をそこへ向ける。
(限界なんな)
ほんのわずかな時間を欲しての刹那的な回避行動に見えた。
「シャシャシャ」
せせら笑うヴァラージ。
「シャ?」
しかし、開口部へ向けて口を開いた視界の先には暗闇の中に光。重力波フィンを展開し、頭上に横一文字にブレードを掲げて独自の構えをとるラムズガルド。
「むん!」
一気に加速したラフロは衝撃砲を発する前に切先を突き立てた。口から貫き脳髄へと抜けている。必殺の一撃だった。
「愚かしい。油断したな?」
「グルァ……」
「口を開いた瞬間だけ動きが止まっているのに気づかぬと思ったか?」
その隙をラフロは見逃していなかった。そして、確実に衝撃砲を放ってくる瞬間を作ろうとした。サイロへと逃げ込んでいたのは、くり返して隙をより大きくする策略だったのだ。
「ラフロ!」
「吾の勝利である」
剣身を跳ねあげる。頭は二つに割れて体液を飛び散らせた。目にも留まらぬ剣閃が爬虫類型ヴァラージの躯体を裁断していく。螺旋力場が力を失って消え、細切れになった身体は地面へと落ちていった。
「終わってる!」
援軍を誘導したフロドが驚きの声をあげる。
「まだなんな。完全に焼くのな」
「っと、そうだった! 集中砲撃!」
「おうよ!」
脈打つ断面。まだ死んでいない組織がビームにさらされる。穿たれる地面の底でヴァラージは灰の欠片へと変じていった。
「撃滅完了。皆、ご苦労だった」
ダラガ部隊長が口火を切る。
「う……、うおおぉー! 勝ったー!」
「退治してやったぜー!」
「勝利よ! あの怪物相手に!」
歓呼が爆発する。ラムズガルドを取り囲む六十機のアームドスキンが両腕を上げて振りまわす。ビームランチャーを空へ放つ。ナックルタッチがほうぼうで行われた。互いの健闘を喜び合う。
「終わったんな」
「ちょっと疲れたよ」
「なー……、な?」
喧騒をよそに、軋み音をラムズガルドのセンサーが拾う。それがノルデに違和感を覚えさせた。
「どうしたの、ノルデ?」
デラが訊いてくる。
「なんな、この音?」
「音?」
「地上な!」
戦場を囲むいたるところで土を巻き上げながら地上隔壁が吹き飛ぶ。新たな穴が出現したかと思うと、その縁に爪のある手が掛かった。
「あれって?」
愕然とする一同。
「なんなんです?」
「もしかしてもしかしちゃうの?」
「シェルターな。人が逃げ込んでいたはずなんな」
爬虫類型ヴァラージの頭部が覗く。
「そんな!」
「侵入されてたんな。中で人を食って増殖してたのな」
「ちょ、シャレになんないよ!」
メギソンが声を裏返して怯える。皆が絶句していた。
穴は八つ。その全てからヴァラージが出てこようとしている。
「ば、馬鹿な! 二体でも苦戦しての討伐だったのに八体もだと!?」
ダラガでさえ声が震える。
「冗談きついぜ」
「こんなの無理よ」
「もう、換装パーツだって……」
パイロット全体に絶望の色が広がる。
「く、撤退も已む無しか」
「逃げるんな」
「望め、ノルデ」
青年がとんでもないことを言いはじめる。先ほどまで死闘を演じていたというのに、なにを言いだしたのかと思った。
「命じよ、吾が主。剣をして役目を成せと」
「馬鹿を言うんじゃないのな!」
(勘違いしてたんな)
完全なる失策だった。
(争乱を起こすのが目的じゃなかったんな。最初からこれを狙ってたのな。ここはヴァラージの養殖場にされたんな)
この第五惑星で増殖させてどこかにばら撒くつもりだったのだろう。タンタルはそう考えて、ここで核戦争を起こしたのだ。更地にして動きやすくし、ヴァラージの種を撒いて侵食させ、生き残りの住民を餌に成長させた。
狙いどおり闘争本能の高いヴァラージが量産され強敵となっている。どこかでそれを観察しているのかもしれない。彼らが罠に掛かったのも悪くないと。
「兄ちゃん、逃げて! いくらなんでもこれは無理だよ!」
フロドにも策はない。
「そうよ! 最低でも援軍を待ちなさい、ラフロ。一人で足掻いても時間稼ぎにもならないわ」
「早く、ラフロさん! 逃げられなくなってからじゃ遅いんです! 上がってきてください!」
「急げ、ラフロっち! 時間がない! すぐに増援が来るはずだから待つのが正解じゃん!」
口々に説得するが青年は動かない。下命を待つ剣士は黙って佇む。それが命を賭す者の定めであるかのように。
「吾は剣なり。振るわれずして存在するに値せず」
青年の声にわずかの怯懦も虚勢もない。
「ラフロ、その姿勢は尊いのな。磨かれた剣技と秀でた精神力は人を救うのな。でも、誰も死をもって社会に貢献してほしいとは望んでないのな」
「そうだよ! 兄ちゃんが頑張ったらGPFの人は逃げだす時間が稼げるかもしれないけど、あとでみんなが苦しむだけなんだよ!」
「違う。死す気などない。ただ望め」
環境の変化に戸惑っていたヴァラージもスラストスパイラルをひるがえして動きだす。緊急退避の通達でアームドスキンは一斉に離脱をはじめていた。
「望むんな」
ノルデは言葉を絞りだす。
「この一時でなく、命の定めるかぎりノルデの剣たることを望むんな!」
「承知!」
σ・ルーンが急激に稼働を強める。ラムズガルドの対消滅炉が全力運転を開始する。
「吾が手に宿れ、深淵の剣」
ラフロの放った言葉にノルデの心が震えた。
次回『ヴァラージハンター』 「馬鹿なんな」
 




