生存競争(2)
状況が許さずのオンラインブリーフィング。人数が限られて意見の集約が困難になるが致し方ない。内容は艦隊内で公開され、細々としたコメントは部署ごとにまとめられることになった。
「ご覧のように、エーサン博士が持ち帰ってくれた映像から戦闘艦クーナ・ソリンの隊員の生存は絶望的と判断される」
ダラガ部隊長が痛ましげに告げる。
「皆の気持ちは弔い合戦に向いているだろうがそうもゆかん。これは人類への挑戦である。生存競争に打ち勝つのが我ら航宙保安を任された者の務めだ」
(そうなるわよね。あのヴァラージが宇宙でも生存どころか戦闘も可能で、どこへ移動させられるかもわからないとなれば)
デラでも気を引き締めなければならないと思う。
黒幕の意図がわからない。つまり、これからの展開が予想不可能である以上、見つけ次第撃滅していくしか方法がないのである。
「落ち着いて対処せねばならん。そのためにも、正確な現状把握と適確な対策が必要である」
彼は意義を示す。
「コマンドアシストとしてゴート遺跡のノルデ殿に協力をいただく。皆、礼を欠かすことのないように」
「情報は与えるんな。どう使うかは任せるのな」
「どうかよろしくお願いいたします。単刀直入に申しまして、あれが生体兵器というのは本当なのでしょうか?」
前情報として聞いていても、実際に対してみて疑問に思ったとしても変ではない。
「機動兵器顔負けの飛び道具まで持ってるから違和感バリバリなんな。でも、あれはコントロール可能な生体兵器なのなー」
「コントロール可能というのは?」
「コンセプトはたぶん半自動攻撃型搭乗兵器なんな」
彼女やメギソンは前の一件で聞いていたが、フェブリエーナは信じられないという顔をする。ある種の生物兵器だと考えていたのだろう。
「搭乗可能なのですか?」
ダラガの声も怪訝な色を帯びる。
「今は乗ってないのな。自律型生体兵器として動いてるんな」
「なんとも……。どう受けとればいいのか」
「本能で戦ってるだけなんな。逆にタチが悪いのな」
美少女は半ばあきらめ気味。
「戦力差で撤退させたりは無理なんな」
「制御できていないのですな。なにを目的としてそんなことを?」
「混乱させるために放り込んでるのな。恐怖感をあおって無用の対立を生みだそうとしてるんな。焦った人間は判断を誤るのな」
宇宙の闇を克服したと考えている人類に原初の恐怖を与えようとしているという。怖れを思いだした人間は軍備を拡大させようとする。それが余計な争乱へと繋がって行く。
「わからなくもありませんが、なにゆえそのようなことを?」
黒幕になんの利があるか不明。
「ノルデたちは技術力を制御することで秩序と安定した発展を促しているのな」
「それを邪魔するのは紛うことなき悪ですな」
「そうとばかりは言えないのな。御されているのは面白くない者もきっといるんな。人類独自の成長力を阻害されてるって考えるのな」
事は一面的ではないと説く。
「星間管理局はあなた方の協力を欲する方針のはずですが?」
「天秤に掛けてるんな。利用価値は高いけど、危険だとも感じてるのな。いつ豹変するかと怖れてるんなー」
「上のほうの考えとなれば否めませんが、しかし……」
(メリットも大きいけどリスクも高い存在。取り込めればベストだけど思うようにはなってくれない。為政者から見れば厄介なのは事実ね)
立場の違いがそう思わせる。
「当面はこっち寄りの姿勢を取っているから協力はするのな」
寛容な意思を示してくれる。
「でも、危機感を覚えれば方針が変わるかもしれないのな。どうして助けてくれないのかって感じはじめるんな。困ってるのに小出しにしてくるなら奪ってしまえって思うのな」
「恐怖を思いださせる。人類とあなた方を仲違いさせる目的だと?」
「そういう画策は得意なんな。ノルデたちを目の敵にしてるのな」
彼らの敵だという。
「そもそもヒュノス……、アームドスキンと呼ばれてるものはヴァラージに対抗すべく強化されてきた機動兵器なんな」
「そうなのですか?」
「これはゼムナの遺志と奴との生存競争でもあるのな」
現状を維持できればゴート遺跡の勝ち。対立させて離別に導ければ黒幕の勝ち。そういう戦いらしい。
(黒幕サイドには直接対抗するだけの組織力がないわけね。ノルデたちの力を削ぐべく人類に代理をさせようとしているんだわ)
思惑は読めても防ぐのは難しそうだ。人類は世論をコントロールできるだけの精神力を持てない。恐怖に容易に流されてしまう。
「私個人としましては秩序を重んじます。ヴァラージの存在は容認できません。今はそれで勘弁してくださいませんか?」
ダラガの精一杯の歩み寄りだろう。
「決めろと言ってるんじゃないのな。半分はノルデの戦いだから星間平和維持軍は逃げてもいいと思ってるのんなー」
「それは受け入れられませんな。職務に反します」
「免罪符に効果がなかったんな」
部隊長の意気が美少女に苦笑いをさせる。
「ラフロ殿ならば二体を撃破できますか? 手傷を負わせられたのですから」
「注意が逸れた状態であれだ。絶対とは言えぬ」
「きっと再生してるのな。十分に力を蓄えているはずなんな」
(話を変えてきたわね。この方の立場ではこれ以上議論を深めるのは嫌だったでしょうし)
口を挟みづらいほど空気が重かった。
「それは生存者を取り込んだ所為?」
ヴァラージの生態を知りたい。
「甲殻の中はみっちり詰まってるのな。厄介な状態なんな」
「もしかして、その目的でとか言わないわよね?」
「もしかするのんな。第五惑星を戦乱に陥れたのは、あれを成長させるためだったかもしれないのな」
怖ろしい推測がなされる。
「余計にここから出すわけにはいかなくなったわね」
「無論でありますな」
「フェフの見立てはどう? なにか弱点らしきものはみつからない?」
悲しいかな専門外過ぎる。デラの知識では甲殻の強度分析くらいが関の山である。
「ごめんなさい。取り分けてこれっていうのは。資料を見させてもらいましたけど、進化上の生態系があまりに掛け離れていて」
「そうね。あまり聞かないもの。捕食消化分解じゃなく直接組織取り込み吸収なんて。分離組織も危険なんでしょ?」
侵食同化もするという話だ。
「組織も残さず焼くしかないのな。でも、戦闘不能状態にするなら心臓を破壊すればいいのんなー」
「心臓があるのですな。それはどこに?」
「鳩尾あたりに主心臓と首の付け根に副心臓があるんな。両方一遍に壊せば止まるのな。あとはバラバラにするしかないのな」
弱点とも呼べない。
「難しすぎない?」
「だから生体兵器としての究極だって言ったんな。大規模破壊兵器で塵も残さず消し飛ばすのが一番早いのな」
「無茶言わないで」
物騒なこと言う。
有効な対策は挙がらない。知れば知るほどに難敵だとわかる。
「封じ込めで進めるべきでしょうか? 応援を待って焼き払うしか」
消極策まで出てくる始末。
「吾が斬る。端から焼け」
「それしかなさそうだね。もう一体を引きつけておく部隊と、兄ちゃんのフォローをする部隊を分ける? 囮部隊はこっちでサポートしようか」
「順当なんな。ブレードガードができるのもラフロだけなんな」
真正面から対抗できる戦力は青年だけ。
「リフレクタの通用しないビームさえなければお役に立てるのですが」
「仕方ないんな。あれの仕組みはノルデにもわかってないのな」
「マジで? そんなヤバい奴だったのねぇ。知ってたら近づけなかったよん」
(いやに積極的なのね?)
ラフロにしては珍しいとデラは思っていた。
次回『選択のとき』 「時間の問題なんな」




