生存競争(1)
泥のように眠っていた。
デラにコクピットから連れだされて抱きしめられても朦朧とした状態。誰かのたくましい腕に抱かれて久しぶりの柔らかいベッドに横たえられたのまでが限界。そこから全く意識がない。
(色々あったっぽい)
フェブリエーナは自身を見て思う。
ガウン状の薄物に着替えさせられ、額と腕にはバイタルセンサーを着けさせられている。反対の腕には圧入点滴の管も。遮光パーテーションに囲まれたベッドも医療用のものだった。
「目が覚めたんな?」
「ノルデちゃん?」
「バイタル問題ないのな。動けそうなら操縦室に来るんなー」
パーテーションが自動的にクリアになると、そこはイグレドの決して広くない医務室。声の主はそこにはいない。
(助かったんだ)
もう駄目だと思っていた場所から生還できた。
ガウンの下は素っ裸だった。全身をチェックされて投薬もされたのだろう。どうしようかと隙間から覗く。
準備してあったアンダーウェアをそそくさと着ける。フィットスキンもサイズはぴったりだった。ロゴが『SOC』から『IGRAD』に変わっただけ。
(サイズまで把握されちゃってる。先輩と比べられると恥ずかしい)
レモンイエローのシリコンラバーの起伏はどちらかといえばなだらか。デラのようなボリュームはない。生きていると実感すると余計なことまで考えはじめてしまう。
「待ちくたびれてるのな」
操縦室に着くと美少女がにまりと笑う。
「フェフー! 馬鹿ぁー!」
「チューリ?」
通信パネルの中にはレチュラの姿。目を泣き腫らせてボロボロになっている。嗚咽のため声もガラガラだった。
「助けに行こうと思ったのに、ケチな星間平和維持軍が連れてってくれなかったから」
「無茶言うな。お前が行ってなんになる」
ジャナンド・ベスラ教授が友人の頭を押さえる。
「なにより喜ばしい。無事だったんだからな」
「でも、わたしを逃がすために兵士さんが……」
「不測の事態だ。危険な場所だってわかってたら大学も君を送ったりはしなかった」
気にしないのは難しいだろうと付け加える。
「ご心配をおかけしました」
「大丈夫だ。主に騒いでたのはこいつだからな」
「ありがとうね、チューリ」
彼女はポロポロと涙をこぼしながら首を振る。慰めようにも手が届かないのはもどかしい。
「ねえ、わたしの部屋は見てくれた?」
声をひそめる。
「うん、無事だったって教えてきたわ。食べるものもあげてきた」
「ありがとう。あの子は?」
「寂しいから早く帰ってきてって」
共通の秘密、ソーコルに触れる。
「わかった。あとで直接話しとくね」
「そうしてあげて。その……、早く帰ってきてほしいのはわたしも一緒だから」
「うん。すぐにはちょっと無理かもだけど」
(あんな怪物を放っておけない。わたしは後回しでいいから退治してもらわないと)
兵士が浮かばれない。
「僕ちゃんもあわやだったしねぇ」
メギソンが空気を軽くする。
「お前はまだ帰ってこなくていい。その間は女子生徒の安全が確保できる」
「ずいぶんとハードな冗談を」
「事実だ」
ジャナンドは口元を歪めている。
「まあ、今回は認めてあげる。あんな必死にフェフを逃がそうとしてくれるなんて思わなかったわ。こいつが女の子を大事にするのは間違いなく本当のこと」
「でしょでしょ?」
「あとで恩着せがましく言わなければ、ね」
デラが腕組みしながら釘を刺す。怪物に組み付きにいった後ろ姿は確かに頼もしかった。いざという時は頑張れる人だと見直す。
「仕方ない。頑張りに免じて帰ってきたら一杯奢ってやる。大事な片腕の友達の命の恩人なんだからな」
レチュラが頭をポンポンされて恥ずかしそうにしている。
「帰ったら挨拶に伺います。ありがとうございました、ジャンさん」
「ああ、遊びに来い。たっぷりお菓子を準備しておくからな」
「嬉しいです」
物足りなさそうな友人の顔もパネルとともに消える。直に触れられる状態になったら覚悟しておかなければならない。
「順番待ち状態なんな」
ノルデが新たに通信パネルを立ちあげた。
「見てくれたのな?」
「ええ、見させてもらいましたよ」
「どうなんなー?」
昆虫学の権威パイ・モーガン博士である。
「星間管理局から協力を打診されてはいましたが、本物の映像は初めてです。なんと申しますか、しっかりと研究させていただかないと弱点を挙げるのは困難でしょう」
「残念だけど組織サンプルは渡せないのな。外観だけから推測してほしいのんなー。ノルデから言えるのはそれだけなんな」
「難しい注文ですね。しかし……」
情報を表示させた投影パネルに目を走らせている様子。その表情は曇る一方だった。
「外骨格構造でこれほどまでに運動できるのは脅威ですな」
彼の知識でも説明不可能のようだ。
「構造的には昆虫に類似しているようですが、進化体系的には近似しているとは言いがたい。形態的にもこの個体はどちらかといえば爬虫類に近いかと思われますが。君はどう思いますか、フェブリエーナ君?」
「これを生物と呼んでいいのかさえ、わたしにも。あまりにも戦闘的に特化されています」
「やはりかね。生物としては究極の形だといえるでしょう。空力を利用せず飛翔でき、宇宙空間でも行動できるとなればね」
彼女はギョッとする。
「そうなんな。戦闘艦とパスウェイを繋げてないのは、常時待機状態でないといけないからなんな」
「あれが上がってくるかもしれないんですか?」
「当面は気配がないんな。狩り場を荒らされたから攻撃してきただけなのなー」
恐るべき事実ばかりが告げられる。宇宙も安全とはいえないらしい。
「ヴァラージは形態取り込みをするんな。生き残りを片っ端から食ったんな。だから爬虫類寄りになってるのな」
幾らでも驚愕の事実が出てくる。
「人型をしているのは人間を食べたからとか?」
「ちょっと違うのな。そういうふうに改造されてるんな」
「元はどんな形態を持っていたのでしょうか?」
生物学者として訊かずにいられない。
「判明してないのな。危険すぎて研究できなかったんな。絶滅させたつもりだったけどなー」
「貴殿がそうもおっしゃられるなら軽々にサンプルを要求するのもはばかられますな」
「私も遠慮します」
本格的に研究するのは難しいようだ。それで弱点を見つけてほしいと要求するのだから管理局も無理を言う。
「できるだけ映像を撮って持ち帰ります、モーガン博士」
「では、頼むよ、フェブリエーナ君。期待している」
無理でもどうにか結果を出さねばなるまい。対処するのは星間管理局なのだから。
(それとラフロさんたち?)
それとなく事情を察する。
「改めて、ありがとうございます。助けに来てくださって」
「いいのんなー。戦闘任務として請けてるのな」
単価は警護とは比較にならないという。
「手狭なのは我慢するのな」
「部屋がないわね」
「僕ちゃんのところに来るかい? 恩返しなら大歓迎さ」
メギソンが言うが、即座に尻を蹴られている。
「誰があんたのとこなんかに。狭いけど私のところで我慢なさい」
「それ以外だとノルデのところかな? 一番空きがあると思うよ?」
「貞操の危機なんな!」
「襲ったりしません!」
ようやく笑いが戻ってくる。少しは心にも余裕が戻ってきた。そうなると違う欲求が頭をもたげてくる。
「それより、わたし、限界ですう」
「まだおかしいところあるの?」
デラは心配げだが少し違う。横から青年の大きな手が包みを渡してくれる。開けてみると大振りなソーセージが挟まれたホットドッグが入っていた。
「ありがとうございますう!」
「そっちなの!」
フェブリエーナは人目も気にせず大きな口でかぶりついた。
次回『生存競争(2)』 「天秤に掛けてるんな」




