閉じ込められて(2)
すぐに移動を開始して超光速航法を重ねているイグレドの中では、デラとメギソンのラゴラナまで綿密なメンテナンスが行われていた。
(僕ちゃんのまで? そんな大事なのかい?)
メギソンはちょっと後悔しはじめている。
「いい、メギソン? フェフを救出するために最大限の協力をする。そのつもりでね」
女史が腰に手を当てて指を突きつけてくる。
「マジで?」
「観客で済ませる気ならさっさと降りてちょうだい」
「ま、マジで!?」
尋常ではない。
「それは冗談だよ、メギソンさん。でも、危険なミッションになるのは確実だからね。わかってると思うけど」
「僕ちゃんにはまだ七十年以上は余生を楽しみたいんだけど?」
「あんた、幾つまで生きるつもりよ」
「最低でも百超えるまでは」
大真面目である。現代医療なら難しい数字ではないが、それでも人間なにが起こるかわからない。突然死なんてのもどうしようもなくやってくる。だが、彼は死神も振り切るつもり満々だ。
「意地で来るって言い張ったんだから覚悟なさい」
返す言葉がない。
「はい」
「ついでに、もしもの覚悟もしときなさい。ご両親に遺書残したいなら預かってあげる」
「自分は生き残る前提?」
冗談に思えない冷淡な口振り。
「分をわきまえてるし、運もあるから」
「僕ちゃんにはないのかい?」
「普段の行いが悪いもの」
実際のところは冗談交じりだろう。デラの自信の根拠はおそらくラフロだ。青年は依頼者の安全を守ることに全力を尽くしてくれる。
「僕ちゃんも守ってくれるよね、ラフロっち?」
「保証はできぬ」
まだ自信にはつながっていないか。
「頑張ろうよ」
「いざというときは必ず指示に従え。できる限りはする」
「もちろん、犬のように従順さ」
話しているうちに時空間復帰をする。予定していたランデブーポイントには星間平和維持軍のロゴが入った戦闘艦が二隻も待っていた。
「ものものしいねぇ」
流麗ながらも厳ついフォルムが事態の深刻さを物語る。
「おそらく一次部隊なんな。まずは生存者の救出が目的なのなー」
「はぁ? これ以上の戦力を出すの? 天下のGPFが?」
「あのロゴが星間軍だったとしても私は驚かないわよ」
最新のアームドスキンを惜しげもなく配備している軍を引き合いに出してくる。
「そりゃ大袈裟……、じゃないか、やっぱり」
「覚悟なさい」
「はい」
冷たくにらまれては黙るしかない。デラと違ってメギソンは深入りを避けていた。
(出動要請掛かるとか、ラフロっちはそんなに買われてるの? ノルデちゃんのほうかねぇ?)
おどけながらもメギソンはあたりを付ける。
うち一隻と通信を接続。パネルに現れたのは壮年の人物だった。指揮官然と口髭をたくわえている。
「ご足労痛みいります」
敬礼を送ったのは美少女にだった。
「状況は変わってないのな?」
「はい、エーサン博士を脱出させるよう命じたという報告を最後に一切の連絡が途絶えています」
「わかったんな。じゃあ、最後の超光速航法に入るからリンク許可を出すのな」
ノルデがてきぱきと指示を出す。
(あれ? もしかして慣れてる? よくあること?)
GPF側の対応が意外といえば意外。
「今回は私、バスコル・ダラガが救出部隊長をさせていただきます」
階級は師団長だという。
(艦隊司令クラスの指揮官が出てくるとか、ね)
星間管理局の対応が知れる。
「急遽の編成で二隻を動員しました。増援があれば私の指揮下に入ります」
そういうことらしい。
「増やしたところでそんなに意味ないのな。それより勝手をしないようにさせてほしいのな」
「承知しております。そのために私が来ておりますので」
「頼むんな。時空間復帰したら、いつなにが起きてもおかしくないと思っておくのな」
釘を差しているということは特殊な任務の部類か。
「フェフの無事は確認できないの?」
「すみません、プリヴェーラ教授。戦闘艦クーナ・ソリンは状況からして絶望的です。超光速通信が繋がらなければこちらからはどうにも」
「一部は残ってる可能性があるんな。でも、警戒して電波発信も控えてると思うのな。迎えに行ってやるしかないのな」
準備が整って時空界面突入する。ダラガ部隊長の乗る戦闘艦ペヌ・ソリンと随伴するコルゴ・ソリンは緊急措置としてバコラトッテン星系第五惑星から3万kmの位置に時空間復帰した。
「戦闘光は確認できませんな」
「まだ頑張れてたらとても優秀な部下なんな」
接している夜の面に戦闘の状態は認められない。光量増幅したモニターパネルで、海洋を除いて第五惑星は荒れ果てた赤黒い大地をさらしている。救難要請から五日、現在は小康状態だと感じられた。
「連絡のあったポイントはどこなんな?」
「反映させます。ちょうど夜の面ですので」
「動きはないのな。急ぐ状況でもなさそうなんな」
ポイント近傍を拡大するがセンサーにも目立った反応はない。予想どおり救難信号も発せられていなかった。
「到着次第降下しますか?」
ダラガ部隊長が尋ねてくる。
「不都合があるんな?」
「いえ、他に当てはありませんのでできれば」
「そうなのな」
苦渋をにじませている。
「ジャスティウイングは別件の対応中とのこと。ファイヤーバードも貴殿の要請受理を受けて静観の構えです。特別対処艦隊の編成が検討されていますが、試験運用もまだの状態でして」
「生半可な投入はよしとくのな。翼とラフロが動けるうちに育成に力を入れるのが得策なんな」
「星間管理局本部もそういう判断のようです」
政治的な内容なのはわかる。しかし、耳慣れないながらも知っている単語が並ぶのはむず痒く感じてしまう。
(聞きたいけど聞いたらにらまれそうで怖いんだよねぇ)
知らぬが花かもしれない。
「ぎりぎりまで観測を続けるのな。ヴァラージを探知できていれば一番だけど難しそうなんな」
「そうおっしゃられると思いまして、一つご提案が」
「教えるんなー」
打ち合わせは降下までの時間、メギソンの上を交差して続いた。
◇ ◇ ◇
パイロットシートから立ち上がったフェブリエーナはσ・ルーンから投影される小型パネルを確認する。放射線濃度はお世辞にも良くない。彼女が乗っていた戦闘艦はターナブロッカーを霧状散布しつつ捜索を行っていたが効果はそのていど。
「フィットスキンが防いでくれるはず。なにかあっても帰って治療を受ければ」
予防薬も飲んだし、放射線症の治療で快癒が見込める。それ以前に帰るための努力をしなければ始まらない。そのためには震えているだけでは駄目だ。
「降ろして」
意識スイッチでラゴラナの右手を床へ。降り立つと、小走りに水路に向かった。
見た目はきれいだがセンサーを浸すと若干の不純物。それ以上に放射線濃度が高い。そのままでは飲めそうにない。
「対処法あるかな?」
サバイバルマニュアルを引きだす。線量の多い場合の空気の確保、および飲料水の確保法の項目があった。
「ツールの中のブロックフィルターを使用するっと。足りない場合はタンクのジェルを直接塗布して乾燥させる?」
浄水器にフィルターを追加してボトルにセット。それを水路の中に浸してボトルを満たしていく。溜まったら浄水器を外した。度胸を決めてあおる。
「飲める。味気ないけど大丈夫」
渇きを覚えていた身体が喜んでいる。
「あとは反応液。線量のほうは無視していいから、純水タイプの浄水器に水を入れてポンプを押すの?」
作業を続ける。「ヒューン」という微かな響きに気がついた。夢中になっていても身体は怯えたままのようだ。
「来た」
道具を抱え込んでラゴラナの脚の影に逃げ込む。見上げると開口部を螺旋の光がかすめて過ぎる。
(気づかないで。お願い)
フェブリエーナは必死に祈った。
次回『閉じ込められて(3)』 「女史、君は……」




