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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
剣士の奏でるカデンツ
145/158

閉じ込められて(1)

 薄暗いがらんとした場所。逃げ込むにはちょうどよかった。そこの住人はもうとうに使われて(・・・・)不在なのだから。


 中央(セントラル)公務官(オフィサーズ)大学(カレッジ)所属、生命・生物学博士フェブリエーナ・エーサンはそこで一人震えている。彼女にはそれ以外できない。


「あれってなんなんです? あれでも生き物なんですか?」


 独り言をもらす。そうでもしていなければ精神がもちそうにない。いつまでも隠れてはいられない。生きるためのものにも貧している。しかし、出ていけば即死に繋がるだろう。


「レーザーでもないのにきれいに斬れてる」


 転がっているのはアームドスキン『ラゴラナ』のパージした左腕の肘から先。前腕の半ばから斬られて断面をさらしている。磨かれたような断面が余計に恐怖を誘った。


「サバイバルパックの食料はあと十日分」

 節約しても倍には伸びまい。

「水はあるから浄化器使えば飲めますね。反応液(パワーリキッド)にも使えます」


 地下水の水路らしきものを見つけている。浄化器フィルターの耐用期限までは乾き死ぬこともないが楽観はできない。


「それより先に炭素フィルターの期限が来ます。どうにかここの空気を呼吸可能なものにしないと」


 食料と同じくらいのタイムリミットしかない。放射線変調分子(ターナブロッカー)を上手に活用すれば解消できそうな問題。

 ここの空気は放射線で汚染されている。本当ならコクピットから出るのも躊躇われるが、生きるための細工もしなくてはならない。


「先輩、わたし……」

 涙がにじむ。

「ここで死ぬなんて嫌ですう」


 こんなことになるなど予想だにしていなかった。フェブリエーナは星間(G)平和維(P)持軍(F)の戦闘艦クーナ・ソリンに乗ってきている。彼女のラゴラナの他に三十機もの戦闘用アームドスキンが搭載されていたのに今は一人残されているのだ。


「いったい、どうして?」


 残存生物調査の依頼。星間銀河圏ではバコラトッテン星系と呼ばれるその惑星系の第五惑星は保全指定がされていた。すでに爬虫類型人類が発生し文明を築いている。宇宙にも進出し、文明が進めば星間銀河圏への招待も行われたかもしれない。

 しかし、第五惑星は戦争で滅んだ。核融合兵器が使用され地表は完全に焼き尽くされている。人はもちろん、文明もなにもかも。それが六ヶ月前のこと。


「なにか生き残ってるかもしれないからって調査依頼だったのに」


 危険性を考慮してGPF調査部隊の随伴として向かった。現地での調査は一週間程度を予定していたが、二日目に異変が起こったのだ。


「分散して捜索にあたっていたアームドスキンが悲鳴を残して行方不明になって」


 生物探索中だったフェブリエーナのラゴラナも呼び戻される。そのときは事情説明もなく機体格納庫(ハンガー)でコクピット待機を要請された。そこに襲撃者がやってくる。


「アームドスキンよりひと周りくらい大きい人型。とても生物には見えませんでしたけど……」


 搭載アームドスキンを次々と撃破し戦闘艦クーナ・ソリンまで損害を被りはじめると二機の護衛を付けて脱出が指示される。彼女は守られながら発進し、一分もしないうちに巨大な爆発を背後に確認した。


「頑張って守ってくださってたのに、わたしは逃げるのに必死で見捨ててしまって」


 振り向けば襲撃者がいた。光る紐が視界を舞う。咄嗟に頭をかばった左腕は半ばで断ち斬られた。もう駄目かと思った瞬間、残っていた一機が間に入ってくれる。

 しかし、胴体を貫かれて爆散した。その爆炎に紛れてフェブリエーナは降下する。煙で視界が悪いうちに目の前にあった穴に逃げ込んだ。


「ここは倉庫?」


 正確にいえば地下の物理弾サイロらしき場所。地表にはそんな穴が無数にあったので、その一つに飛び込む。

 中は広く、そしてなにもない。物理弾はすでに発射されたあとであった。旧式の燃料を用いる物理弾の格納スペースはがらんとしていて、そこで息をひそめた。


「たぶん、どこかに行ってしまったと思うけど」


 外に出て確認する度胸はない。探知されないかと識別信号(シグナル)の発信まで止めたほどだ。学者の彼女には逃げ隠れるしか生き残る術がない。


「鉱物質の甲殻みたいなのをまとったトカゲみたいな生物。でも、人の形をしてた。デラ先輩ならあれがなにかわかるのかな?」


 生物的な感じがするので自分の専門分野のはず。それなのに、どこか機械的な印象もあって、彼女では解明できないなにかだと感じた。

 リフレクタでも防げなかった白いビーム。そして、黄色くしなる鞭のような武器。薄紫に輝く尻尾のような機関。それらが生物の概念から引き剥がしている。


「帰りたいよう」

 泣きそうになる。


 彼女の機体のカメラ映像は貴重だろう。それ以上に生き延びて帰りたいという自己保存本能が強い。それなのに、方法を導きだせるほど頭が回転してくれない。


「ごめんね、ソーコル……」

 部屋にあるアクアスフィアの中の大切な友だちが気になる。

「食べるものなくなったらどうしよう。餓え死にしちゃう」


 生命維持は電源が落ちないかぎり大丈夫だが、定期的に自動投入される食物の補給はしてやらなくてはならない。持って一ヶ月ほどか。おそらくフェブリエーナのほうが先に死んでしまうだろう。


「心配してるかな、チューリ」

 もう一人の大切な友人。

「帰りたい。帰りたい。誰でもいいから助けて」


 フェブリエーナは祈りつづけた。


   ◇      ◇      ◇


「フェフが行方不明?」

 デラ・プリヴェーラの下にも連絡が届いた。

「そうなんな」

「あの娘、たしかお客さん扱いで戦闘艦に乗っていったはずよ」

「その戦闘艦が消息を絶ってるんな」


 教えてくれたのは美少女ノルデ。デラはイグレドチームとともに、とある星系ベルトを探査中だった。鉱物質が異常なほど含まれる分子雲ベルトの組成をチェックしていたのだ。惑星系形成の新しい資料にもなるため、惑星考古学教授のメギソン・ポイハッサも同行している。


「戦闘艦ごと? そいつは穏やかじゃないねぇ」

 メギソンが片眉をあげる。

「全く穏やかじゃないのな。消息を絶つ前に鉱物質の甲殻を持った人型の襲撃者を報告してるんなー」

「げ! それってヴァラ……」

「あれ以外にないじゃん」

 思わず声をひそめる。


 ヴァラージに関しては箝口令が敷かれている。広まってパニックを起こさせないためだ。どうやらかなり上のところ、司法部巡察課あたりからストップが掛かっているという。


「そんなわけで出動が掛かったんな。近場で降ろすから自力で帰ってほしいのな。探査は終わってからにするんな」

 星間管理局がラフロに救援要請を出したらしい。

「冗談! 降りないわよ。私も連れていきなさい。フェフが巻き込まれてるの!」

「探査に行くんじゃないのな。戦いに行くんな。デラは役に立たないのなー」

「行方不明なんでしょ? 捜索の手にはなるわ。あれ(・・)はもちろんラフロに任せるから」

 非戦闘員だからこそ別の作業に手を割ける。

「危険だ」

「心得てるわ」

「承知した。連れていく」


 ラフロが決めるとノルデも渋々ながら承諾する。彼女の後輩を思う気持ちを汲んでくれた青年は自身の家族に重ねている様子。


「悪いけどメギソン、一人で帰って」

 取り残されていた男に言う。

「この流れで僕ちゃんだけ置いてっちゃう? それはないよ。デラ女史でも手伝えることがあるなら一緒に行っちゃうよ」

「メギソンさん、きっと後悔するよ。降りたほうがいいから」

「そりゃフロドくんより弱い僕ちゃんだけどさ、全然役に立たないってことはないんじゃないかなぁ?」

 男が廃るらしい。

「そなたは降りたほうがいいと(われ)も思う」

「ラフロっちまでぇ!?」


 結局、メギソンも同行することになって心配なデラであった。

次回『閉じ込められて(2)』 「ついでに、もしもの覚悟もしときなさい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 もしかして、この娘の方がヒロインぽく?
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