焦がれる星(2)
「神にはなれないのな」
美少女はデラに首を振りながら言う。
「不文律なんな。人類の行く末を決めてはならないのな」
「だったら選択肢は一つになったわ。同じところに来なさい」
「それは……」
(まだ迷うの? その迷いさえ人間的な反応だっていうのに?)
歯がゆく感じる。
「もう奪ってはいけないのな」
搾りだすように言う。
「ミゲルとイクシラからラフロを奪ってしまったんな。それなのに、今度は人類からラフロという可能性を奪っては駄目なんな」
「彼を最も活かせるのはあなたなんじゃなくて?」
「導き助けるのはいいのな。でも、ノルデが選ばれてしまったら才能を絶えさせてしまうな。それは損失なんな」
あくまで同じステージには上がらない姿勢を堅持する。
「考えなくていいわ。選び選ばれた。それで成立するの。パートナー同士が、より良い子孫を残せそうだからって結ばれてる? そんなこと欠片も考えていないわ。人はそうやって生きてきたのよ」
「確かなんな。それが多様性を生んで種を強くしていくのな」
「条件は一つ。愛し合っているかだけ。こんなに繁栄してる人間を否定はできないでしょう?」
なにもかも乗り越えてきた。同性でさえ子孫を残せるのは語るまでもない常識。物理的にも法的にも問題ない。人はそれを愛の前に些事だとしてきたのだ。
「置いてけぼりにされるのが怖い? 人工知性なんて名乗っておいて、まさか自分が傷つくのが怖いなんて言わないでしょうね?」
「そんなことはないのな」
ノルデは寂しそうに笑う。途方も無い時間を経てきた存在だけが理解できる心理なのだろう。
「協定者はミゲルが初めてなんな」
告白する。
「でも、主は喪ったんな。ミゲルもいつかは逝ってしまうのな。ラフロを看取る覚悟くらいとうにしているのな」
「それができるなら簡単なことじゃない。彼の隣りにいて、ずっと愛しつづけるくらい」
「ノルデは満たされるのな。どれだけ想われてるかは感じてるんな。でも、ラフロはノルデで満たされるのかな? ともに老いもしない、失うものが釣り合いもしない相手に全てを捧げるのは虚しいのな」
伏せた瞳が憂いを帯びる。
「悔いるわけないじゃない。あなたに選ばれれば、彼は二度と大切な人を奪われないですむのよ」
「一番の幸せなんな」
「それがわかっていながら!」
違いは認めざるを得ない。だが、躊躇う理由が判然としない。本当に愛に酔うなんてこともないだろうに。
「嘘をついたんなー」
眉根を寄せる。
「本当は怖いのかもしれないのな。ラフロを愛してしまったら、一緒に逝きたいと願ってしまう気がするのな」
「願うだけで終わらないってこと?」
「自ら滅ぶことはできないのな、普通は。でも、入れ物は人造物でも中身はこのとおり精神的なところまで昇華してるんな。どうなるのかわからないのな」
推測不能の事態らしい。
「どうかしら? そうね。自分の所為であなたが滅ぶと知ったら苦しむかもしれないわ」
「人工知性としての存在を放棄するより怖いことなんな」
「誰にもわからないことだわ。あなたたちがステージを一つ上ったら証明されるでしょうね」
死ぬのが怖ろしいだけではなさそうだ。それ以上にパートナーを苦しめるのがアテンドとして不本意極まりないのだろう。
「失うのを怖れていたら得られるものなんてないわ。そうじゃない?」
超越者と正面から論戦できるのは自分が踏みだせたという自信があるから。
「私は敗れるとわかっててラフロに告白したわ。あなたは知り得ない将来に尻込みするの?」
「呆れた度胸なんな。なにがそうさせるのな?」
「終わらせないと始められないからかしら。ここで立ち止まるつもりはないの」
一度の恋で人生を放りだせない。
「強いのな。人類を侮れないのはこんなところなんな」
「相応の覚悟は必要なのよ? もしかしたら心が折れてしまうかもしれないんだもの。それでも挑まねば終わりにはできないの。それは人だけの強さじゃないわ」
「どういう意味なんな?」
デラはベッドに腰掛けたまま透明金属窓に身を寄せる。親指で終わりを迎えようとしている浮遊惑星オース・ジャレアを示した。
「不思議だと思わない?」
「なにをなんなー?」
焦がされつつある惑星を見つめる。
「ここに来なければあの星は終わらないで永遠に飛びつづけていられたのよ。でも、やってきた」
「偶然じゃないみたいな口振りなんな」
「もし、そうじゃなかったら?」
思わせぶりに言うと、ノルデもベッドに四つん這いになってキャノピーに顔を近づける。
「根拠があるのかな?」
「根拠なんてない。ただの想像よ」
「付き合いきれないのな」
肩をすくめる。しかし、言葉に反して聞くつもりのようだ。
「寂しかったのよ、千年以上も宇宙をさすらってきて」
思うところがあるのか美少女は目を丸くする。
「本来は恒星と対になるもの。主星に従属すべく生まれた。ところが、なんの間違いか弾きだされてしまっちゃったの」
「面白くない話なんな」
「なぞらえてるんだもの」
悪戯げに続ける。
「恒星が恋しくて恋しくて仕方なかった。温めてくれる誰かを求めてやまなかった。だから、ずっと宇宙を旅する選択肢なんてなかったの。やっと出会えたのよ」
「飛び込んだのな?」
「先のことなんてどうだっていいの。それくらい焦がれてたんだもの」
本当にただの例え話である。しかし、含む意味を察すればノルデも彼女を馬鹿にすることなどできないだろう。
「また一つになれるなら終わり方にこだわったりしないくらいにね?」
「ロマンチストなんなー」
言に反して面白げに微笑んでいる。
「それくらい焦がれているなら焦がされるのも本望じゃない? 変な話だけど」
「興味深い推論なんな」
「最初からここを目指してたって考えられないかしら?」
視線で返答を促す。
「ラフロという焦がれる星に出会うのが運命だったとでも言うのな?」
「そのほうが粋じゃない?」
「宇宙をおとぎ話の舞台にするなんて学者失格なんな」
二人ベッドの上に座り込んで見つめ合う。どちらからともなく笑いだした。
「目まで焦がされそうなんな」
「限界ね」
望遠パネルに切り替える。オース・ジャレアはもう恒星エカジラの大気、対流層の中へと沈んでいくところ。フィルターを掛けてあっても影としてしか映らなくなってきていた。
「もうすぐ終わりなんな」
「ええ、もうすぐ」
影は輪郭をぼやかせながら小さくなっていく。とてつもない熱量に蒸発しているのだ。そして、ある瞬間砕ける。粉々になって光の中に溶け消えていった。
「潮汐破壊されてしまったんなー」
「焦がれた星の終わり」
(あれは私の姿)
デラはなぞらえる対象を変える。
(強い光に焦がれて焦がれて近づきすぎて砕けてしまった私の恋心。近づかなければ砕けなくてすんだのに、近づかずにはいられなかった)
頬に雫が流れるのを感じる。あきらめていたというのに気持ちというのはままならない。未練が涙という形であふれ、漏れだしていっているのだ。
「デラ?」
「いいの。これで終わりにさせて」
(あなたはラフロとどんな終わりをを迎えるのかしら)
予想もつかない。
(彼ほど強い光を放つ人なら、きっと輝かせてくれるわ。どんな終わり方をしても、とても満たされたものになるはず。うらやましくないって言ったら嘘ね。でも、必ず吹っ切れるわ。砕けた惑星が代わりに譚詩曲を歌ってくれたんだもの)
今は流れる涙を気にせず、デラは恒星の光を眺めつづけていた。
次話『剣士の奏でるカデンツ』『閉じ込められて(1)』 「帰りたい。帰りたい。誰でもいいから助けて」




