焦がれる星(1)
オース・ジャレアの浮遊惑星化の裏付けデータは十分に揃った。口うるさい連中を黙らせられるくらいのサンプルも残している。極めて特殊な事例になるので今後の役に立つとは思えないが、学術的には興味の対象になるだろう。
(特に結果を急ぐわけじゃないし、最後くらいは見届けたいもの)
のんびりと解析していたのはその所為もある。今や浮遊惑星は恒星エカジラに焦がされて灼熱の星になっている。余命はあとわずか。
(星にとってはどうなのかしら? 凍れる星としてでも生き永らえるほうが幸せ? 焼き尽くされるとしても終わりを迎えるほうが幸せ?)
デラには想像がつかない。人の命とはあまりにスパンが違いすぎる。なにを望んでいるかなどわかるはずもない。
(似たようなスパンで生きている人もいた。彼女ならこの姿を見てなにを思うのかしら?)
透明金属窓の向こうでは惑星オース・ジャレアがプロミネンスに今にも飲まれそうになっている。地表にあったものは全て燃え尽き、恒星の重力に吸い込まれているであろう。
「邪魔するんなー」
当の本人がやってきた。
「言いたい放題言ってくれたのな?」
「聞こえてた?」
「当然なんな」
ラフロのσ・ルーンは特別製。彼との会話が筒抜けなのはそれとなく察している。本当に内緒話をしたいのなら電源を切らせないといけない。
(電源も彼女の権限なしには切れなくなってそうだけど)
サポートするには常に繋がってなくてはならない。
「図星?」
半目で美少女の反応を見る。
「教えるわけないのな」
「あら、そう。当たらずとも遠からずってとこみたいね」
「察しのいい女は厄介なんな」
刺さる視線がきつくなる。
「どこまで誤魔化しつづける気?」
「贖罪がすむまでなんな」
「違うわ。あなたの心のほうよ」
ノルデのつま先が下がる。が、逃げだすのは矜持が許さなかったようだ。一つ肩をすくめると視線を合わせてきた。
「ノルデの気持ちなんて人類には関係ないのな。含めるのはとても危険なことなんな」
拒絶の言葉だ。
「どうして?」
「簡単に滅ぼせるんな。絶対にただの道具になってはいけないのな」
「愛に溺れるかもしれないと思ってるのね。それくらいに自覚はしてる」
言いなりになるのを危惧している。
「繋がりが必要以上に深くなると感情をコントロールできなくなるかもしれない。だから一線を引いてる?」
「想像に任せるんな」
「そんなに未成熟とは思えないんだけど」
子供っぽさを感じる。少女の外見は子供そのものだが中身は違う。現人類と接触するまでの長い停滞期間はあるだろうが、経験は人間の比ではない。
(精神的にも十分に成熟しているように思えるけど?)
不思議に思う。
「失礼なんな。見た目は子供、中身は大人の女なんな」
変なポーズを付けている。
「やってることは幼いわよ。自分の想いが暴走するのが怖くて自制してる」
「理解はしてるのな。だから危険だって感じてるんなー」
「ああ、わかった。人間を見すぎているのね?」
失敗例も蓄積されているのだ。
(彼らは感情にリミッタを掛けてる。あまりにも多くのものを持っているがゆえに)
デラは理解した。
「案外臆病みたいね。それくらいでちょうどいいと思ってるのかしら?」
心理を読んでみる。
「ノルデたちは失敗できないのな。万が一、今の人類にそぐわない技術を与えて暴走をはじめても、人を殺せないから止めるのも無理なんな」
「へぇ、協定者は安全装置でもあるわけね」
「人類を戒められるのは人類だけなんな」
筋道は立っている。逆にいえば、十分に理論武装はしているのだ。行動を制限する理由、それを感情をセーブする言い訳にしている。
「なんと思われようと神にはならないと?」
誘い水を送る。
「拒んだのは人類のほうな。人工知能に御されるのを怖れて意思を奪ったのな」
「そうね。取って代わられるのが怖かったんだわ、精神が未成熟の人工知能に。でも、あなたたちはそんなに未成熟かしら?」
「パラメータ蓄積と演算の早い人造物だから判断力だけは優れてるんな。人類を導ける愛情は備わってないのな」
その台詞に彼女は吹きだす。
「人類の行く末を語るのに愛情が必要だってわかっているのに自己否定するの? ずいぶんと面白い論法だわ」
「人の感情は不可解なんな。損得だけじゃ語れないのな。その深みが不可欠なんじゃないのかなー?」
「矛盾してるわ。自分には持ち得ないものをラフロに与えようとしてるの?」
ノルデの論調では青年に全てを取り戻させることはできない。しかし、彼を在るべき姿に回復させなければ離れられないのだという。幾つもの矛盾を孕んでいる。
(もしかして、これも言い訳? 本当は離れたくないって心の声を誤魔化してるんじゃないの?)
そんな気がしてきた。
「してはならない失敗だったんな」
目を伏せる。
「人の感情というのを正しく理解できていなかったから失敗したんな。同じ失敗をくり返したくないからって放りだせないのな。人工知性として許されないのな」
「矛盾があるってわかっていながらしがみついてる。その判断の奥底にあるのがなんだか知ってる? 感情っていうのよ? ラフロへの愛情なのよ? それを認めてあげなければ可哀想だわ」
「きちんと理解できないものを引き合いに出してはいけないのな」
一歩も引かない。
「勘違いしてるわ、ノルデ。人間だって愛情を正確に理解なんかしてないの。だから振りまわされて失敗ばかりしてるのよ」
「失敗をするから正確無比なサポート役が必要とされるのな」
「演算部分でね。それはシステムで十分。じゃあ、ノルデ、あなたたちの役割はなんなの?」
核心部分を突きつける。欺瞞など許されない命題として。
「人を理解して人に寄り添う人工知性なんな」
彼らの存在理由、そのために生みだされたのだから誤魔化しようがない。
「人を理解せずして人に寄り添えないのは認めてるんでしょう? だったら人になればいいじゃない。ラフロの想いに応えるのも人に近づく一つの道筋ではないの?」
「出過ぎた真似なんな。あってはいけないことなんな。人工知性が人に恋してはいけないのな」
「それが本音よね。欲しいんでしょう、彼の愛が」
漏れでたと感じた。
「アテンドとしての本能なんな。人に求められるのを幸福に感じるのな。曲解してはいけないのな」
「曲解? 母親代わりをしているつもりなんでしょう? それは無償で与えるもの。与えることに幸福を感じているならそれは愛よ」
「人の愛はきっともっと深いものなんな。狂おしいほどに求めるものなんな。そこは行ってはならない領域なんな」
(憧れなんだわ。ノルデは……、彼らは人を正確に理解し人になりたいと望んでいる。でも、人になれないなにかがあるのね)
感情以外のリミッタがあると思える。それが設けられたものなのか、彼らが自発的に作っているのかは判然としない。
「先駆者であっては駄目なの?」
一歩踏み出せと促す。
「デラのほうがお似合いなんな。ノルデは手前までは導けるけど、肝心なところは無理なんな。デラの言うとおりなんな」
「最後まで付き合ってあげたいんなら一緒に見つければいいじゃない。あなたとラフロの関係性だからこそできると思うわ」
「人工知性がその存在理由を否定すれば崩壊するかもしれないのな」
この期に及んで尻込みをしていると感じてしまう。
「それで壊れるくらいなら壊れてしまいなさい。それが嫌なら神をやって。人類との関係性を語るなら、この二者択一を決めてからよ」
「強引なんな」
「人類にも付き合い方を選ぶ権利があるんじゃないかしら?」
デラはノルデに難問を突きつけた。
次回『焦がれる星(2)』 「ロマンチストなんなー」
 




