凍れる森で(1)
ベニートとユーリヤは大学の調査船で帰っていった。必要なデータは採っているのであとは解析するだけなのだから。
しかし、デラはイグレドチームとともに残っている。彼女のほうは非常に興味深い解析結果が出ている所為で、追加の調査を行わないといけなくなったからだ。
「たしかに、もしかしたらそうなんな」
彼女の推論にノルデも賛同する。
「非常に珍しいケースだけど無くはないわよね?」
「偶然にもほどがあるんな。でも、必然で起こるようなことでもないのなー」
「もう少し証拠を集めないとただの妄想だけど」
オース・ジャレアに衝突した小惑星は岩石質ではなかった。主成分を鉄が占める金属質の天体だったのだ。
そういう固体惑星も存在しなくはないが、系内惑星で生まれたのだとしたら衝突の仕方がおかしい。可住惑星で生態系が安定するほど年経た惑星系で起こる類の現象ではないと考えられるのだ。
「小惑星本体ももう一度確認するわ」
方針を説明する。
「それと、順を追って外側に向けてサンプリングしながら成分分析をします。検出できる重い元素の成分の分布で確認できるんじゃないかしら?」
「たぶんなー。検出だけしてサンプルは最低限にするんな。キリがないのな」
「そうね。基本、地上移動で進めるわ。いちいち戻ってられないもの」
イグレドには上空からのサポートだけ頼んで、アームドスキンで飛行してのサンプリングにする。期間中は寝に戻るくらいのつもりで計画した。
(裏側の粉塵の堆積物からリチウムやベリリウムが多めに検出されてる。これは存在比からすると奇妙な話。衝突した小惑星が普通の組成をしていない証拠になる。例えば、蒸発しにくい原子の沈殿物みたいな)
残っている本体中心部分の組成と、大気との摩擦で溶解飛散した原子の割合が物語っている。
「デラ」
フロドの困惑した声。
「さっきの話、難しすぎてよく解んなかったから、もう少し噛み砕いて説明してもらってもいい? 作業しながらでいいから」
「ええ、もちろんよ。イグレドのシステムに成分データと分布から、並行して解析してもらわないといけないもの」
「ごめんね。できるだけ簡単に」
ノルデとの話は省略した部分が多すぎた。
「あくまで推測の話よ。オース・ジャレアの大気との摩擦で燃え尽きなかった小惑星の中心部がほとんど鉄だったのはいいわよね?」
「うん。そういう分析結果だったね」
「普通に考えればこれは鉄惑星。固体惑星が度重なる大規模隕石衝突でマントル層を剥ぎ取られて中心核だけが残った姿と思いがちだわ」
金属を主成分とする惑星の形成理論として一般的なもの。珍しいものではなく、惑星系には一つ二つくらいはあったりする。
「衝突のせいで軌道が狂ってさらに他の惑星に衝突するなんてこともおかしくない」
事例は無数にある。
「でも、その場合、鉄を中心とした本当に重い金属類で構成されているはずなのよ。リチウムやベリリウムみたいな軽い金属類はほとんど含まれない。ところが、混じり合って飛散した成分の中から軽金属が異常なレベルで検出されてる。その意味を考えてみたの」
「デラの常識から外れてたんだね?」
「ええ。組成から見てなんだったのか想像してみたわ。それはまるでガス惑星や氷惑星で形成された金属核みたいなもの。時間を掛けて沈殿し、内側に重い金属、外側に軽い金属が層をなしている感じ」
対流による撹拌で起こる構成である。
「ガス惑星の核? こんなに小さいの?」
「そう。ガス惑星の核は一般的なサイズの岩石惑星の百倍くらいはあるもの。道理に合わないわ。じゃあ、残るはなに? 氷惑星ね。それならサイズはまちまちだわ」
「氷惑星の露出した核なの?」
デラはそう仮定した。そして、氷惑星がハビタブルゾーン、惑星系でも暖かい領域まで入り込んできたらなにが起こるかを考えた。
「もし、氷惑星がオース・ジャレアのあった公転軌道まで進入してきたら? 主星の熱で氷は溶け蒸散をはじめるわ。薄い大気は気体を保持できずに恒星風で吹き飛ばされる」
徐々に構成物を失っていく。
「小さくなっていくね」
「例えば、ガス惑星の近くを通ろうものなら、強力な重力にざっくりと吸い取られてしまうでしょうね。そんなことも起こったかもしれない」
「で、蒸発しにくい金属の核だけが露出してしまった?」
彼女はそう推理した。
「でも、どっちかといえば惑星系外軌道にある氷惑星が内軌道まで入ってくるもの? なにかに衝突された?」
「なくもないでしょうけど考えにくいわね、そこまでの軌道偏位は」
「遠すぎるもんね」
ガス惑星のゾーンを超えて固体惑星のゾーンまで入ってくるとすれば、それに必要な運動エネルギーは桁外れである。想定しにくい事象だ。
「でも、その氷惑星が公転してなかったら? もし、異なるベクトルを持つ天体だったとしたら?」
仮定を提示する。
「浮遊惑星!? 氷惑星の?」
「迷い込んできた氷惑星だったとしたら? そのベクトルによっては恒星の重力に引かれて擬似的な公転をはじめるかもね。その過程でガス惑星をかすめたりもするかも」
「それで、金属核が露出してしまったってこと?」
そう時間は掛かるまいと考えられる。
「軽くなって軌道を下げていった。そこにあったのがオース・ジャレア」
「衝突しちゃったんだ。で、弾きだした」
「浮遊惑星が浮遊惑星を生みだすっていう皮肉で奇妙な出来事が起きたのではないかと思ってるわ。飛散した成分を距離ごとにまとめれば氷惑星の金属核だった証拠は集められるの」
様々な奇跡的な偶然が重ならなければ起こらない事象。だが、それが起こってしまうのも宇宙というものなのである。
「鉄かニッケルとの合金ね」
「幾つか切り出してみたが似たような組成であるな?」
話す間もラフロは移動しては切り出し作業をしてくれている。デラは追いかけ分析をしていた。
「予想どおりの組成。やっぱり金属核の中心部分の可能性が高いわ」
「では、少しずつ離れていくか?」
「ええ、そうしましょ」
小惑星の埋まっている丘を降りる。デラはラゴラナをラムズガルドと並んで歩かせた。
「地味な作業になるけど付き合ってね」
「気にするな。吾はそなたを守るのが務めである」
「危険はないってわかってるんだけど」
なにが起こるかわからないのも事実だが、一人で淡々とするのも寂しい作業。青年は手伝い兼話し相手みたいになる。
「わからぬことがある」
珍しく彼のほうから話しかけてくる。
「相手を知らぬでも恋うるものか?」
「ベニートとユーリヤのこと? そんなに珍しい関係でもないかしら」
「知らぬのに親密になるから諍いも起きると思えるが。欲望だけが先にくる関係というのが吾にはわからぬ」
あまりにも露骨な意見につい吹きだす。
「そこまで生々しく考えてるわけじゃないわ。最初はなんとなくいいなってとこから始まるの。それが恋に変わるまでの時間に個人差はかなりあるけど」
「怖ろしくなないのか。失ったときに苦しむのは自分だと思わぬか?」
「ああ、やっぱり?」
(自分に置き換えて考えたのね)
そんな気はしていた。
(ラフロは愛する両親と引き離されざるを得なかったもの。それはどうしようもなく必然だった。だから耐えることしかできなかったんだわ。それなのに自分から進んで近づき、また離れていく関係もある。それで苦しんでる。彼から見れば、ひどく馬鹿げたことをしているみたいに映ってるのかもしれないわね)
自分から苦しみを生んでどうするのか、と。自虐的な行為だと感じていても変ではない。
デラはどう答えるべきか迷った。
次回『凍れる森で(2)』 「意識した時点で罹っている病気ね」
 




