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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
寄る辺なき星のバラード
139/158

止まった時間(3)

 朽ち果てた森。そう形容するのがふさわしい光景が眼下に広がっている。それもそのはず、そこは森だった場所。

 主星の光を失った森は熱波の余波にあぶられたあとも再生できず、熱も得られずに凍りついた。その上に粉塵も降り積もっていただろうが、今は風に吹き払われたようだ。


(空気も水も循環を始めてる。木々も氷で覆われていたみたいだけど少しずつ溶けてるわね)


 陸上は徐々に熱を取り戻しつつある。海岸線の向こうはまだ凍てついた海。いずれ溶けるだろうが再生の時間は残されていない。


「死んでしまった森ね」

「遺伝子サンプルくらいは採れそうです」

「どうにか、という感じですけど」


 木々は幹の半ばまでがかろうじて残っている。日陰になっている部分ではまだ氷に覆われている状態だが。

 見るも無惨な成れの果ての森にはところどころに動物の骨も転がっていた。まだ気温が下がりきらないうちに微生物によって分解されたのだろう。氷をまとった骨は生前の形を保ったまま。


「落着地点の真裏でもこの状態。千年以上も時が止まったままなんだわ」

「システム、映像記録。採取ポイントを整合チェックできるように記録して」

『承知いたしました』


 ベニートとユーリヤのラゴラナがようやく調査らしい調査に着手する。それぞれの担当の動植物を腰のレールコンテナに収めている。


「私の分野だとあまり得るものなさそうだけど」

 デラも着地してセンサーロッドを大地に突き刺す。

「マイナス80℃。放射性鉱物のお陰で多少の地熱はあるみたいだけど焼け石に水程度。完全に凍土だわ。微生物も活動できない」

「死滅しているか?」

「多少は耐久できてたかもしれないけど、これだけ時間が経つとね。復活は難しいでしょう」


 地面はカチカチに凍っている。降り積もって硬化した粉塵の層の下には腐葉土らしきものも残っているが形を保っているだけ。溶ければぐずぐずになってしまう。


「面影があるだけ悲惨な感じがするわね」

「かもしれぬ」

「こうしてみると可住惑星って恵まれた環境にあるんだわ。ただの宇宙空間を漂えばなにもかもが止まってしまう」


 ラムズガルドの後ろを歩くが、どこまでも変わらない景色。気温も低く、主星の光で蒸発した水分は霧となって風で流れていく。その風さえ久方ぶりのものだろう。わずかな地熱だけでは空気もほとんど動かない。


「自由浮遊惑星っていえば、なんだか解放された響きがあるわね。でも、実情はこんなもの」

 まだ、名残があるだけマシなほうかもしれない。

固体惑星(ソリッド)はもちろんガス惑星(ジャイアント)でも惑星系を離れれば変化は止まる」

「終わりなき停止なのだな」

「ええ。まだ惑星円盤を持つガス惑星(ジャイアント)なら希望はあるわ。将来、恒星として輝くときが来るかもしれないんだもの。そして、寿命も」


 惑星系にも寿命はある。それが百億年とかそういう単位であるがゆえに永遠の存在に思えるだけ。しかし、浮遊化した惑星にはそれさえもない。


「どう、サンプルは十分かしら?」

「一応は……」


 デラの機体と違い、まだカスタマイズされていない地味なラゴラナが戻ってくる。パイロットの声にも覇気がないが、それは風景に当てられたものではないだろう。


「どうしたの?」

 わざと訊く。

「このサンプルにはそんなに価値は。ただ、この地域の植生が判明しただけです」

「動物相もです。このあたりに分布していた種がここで死滅したとしかわかりません」

「そうね。わかりきっていたことだわ」


 提示していたテーマに沿う結果は出ない。彼らはオース・ジャレアが浮遊惑星化する過程でなにが起こったのか想定できていなかった時点で間違っている。赴く前から調査は失敗していたのだ。


「デラ女史にはわかっていたんですね?」

 ベニートが少し不服そうに言う。

「ええ」

「失敗を経験させる気だったんですか」

「それもある。でも、それだけじゃないわ。あなたたちのラボの担当教授もね?」

 言われてもピンとこない様子。

「わからない? この地域の動植物相は調べればわかるわね?」

「はい、それは」

「クレーター付近の炭素イオンスペクトル分析もできるでしょ? あのあたりの相の分布も」


 しっかりとデータは取らせてある。デラは最初から予想していたのだから。


「でも、あれだけでは形態くらいしか判明しません」

 たしかに遺伝子の検出もできない。

「こことの違いはわかるじゃない。植生の違いから動物がどんなふうに分化していたか予想できない?」

「できるかも……」

「それがわかれば落着地点の相も想像くらいはできるわよね?」

 二人して目を丸くしている。

「それが考古学ってものじゃない? すべてのデータが揃わなきゃ結果が出ないわけじゃない。足りないピースを知識で埋めていくのがあなた達の役目じゃないの? それができるから専門家って胸が張れるんだと私は思うわ」

「そうでした!」

「そこまで頑張って補えば論文の一本くらいは書けるはずよ。失われたものがどれだけ貴重だったかって結論でね」


 顔を見合わせて頷きあっている。しかし、肝心な意味にはまだ気づいていなさそうだ。


「暖かくなってきたわ。見てみなさい」

「え、なんです?」


 芯まで凍って残っていた木の幹の先端が溶ける。しかし、そこに現れたのは元の幹ではない。氷結して組織が破壊された所為でもろくなって折れる。乾燥を経ずに凍結した樹木はこうなってしまうのだ。


「止まった時間が流れはじめたの。でも、森は元通りにはならない」

 落ちて粉々に崩れた幹を示す。

「そんなの当たり前じゃないですか」

「いや、待って、ユーリヤ」

「気がついた? 時間を止めても先送りしたことにはならないの」

 彼女のほうも「あ!」と気づく。

「緩やかに死んでいくだけ。本当に時間が止まったわけじゃないから。ねえ、ユーリヤ? ベニートも。一時の感情だけじゃなく、あなたたちの気持ちも少しずつ冷めていっているんじゃないの? 冷却期間はそれを止めてはくれないのよ?」

「は……い」

「少しでもお互いを想う気持ちが残っているならきちんと向き合ってみるべきだと思うわ。気持ちが完全に死んでしまう前に」


 朽ちた森になぞらえて二人の関係を省みる。おせっかいだとは思うが、言わずにはいられなかった。


「二人がどういう結論を出すかは関知しないわ。でも、そのまま放置して後悔するよりマシな結論を出せるんじゃないかと思うの」

 言い聞かせると、ウインドウの中の二人も視線を落として思いに沈む。

「好きあってたんでしょ?」

「……そうです」

「だったら、終わらせるにしても、もう一度はじめるにしても、ちゃんと形にしたほうがいい。心配しなくてもあなたたちにはまだまだ時間があるんだから」

 大人としての忠告。

「おっしゃるとおりです」

「いい機会じゃない。だって、論文に仕上げるには協力は不可欠よ? 植物相があって動物相がある。動物相の影響で植物相もある。ベニートがいるから今のユーリヤもあるんじゃない?」

「はい!」


 悪くない結果が出そうだ、学術的にも二人の関係にしても。それならおせっかいをしたのも価値がある。


「自分たちで出せる結果を出しなさい。変な気遣いは無用よ」

「ありがとうございました」


 二人は今後の進め方を話し合っている。これ以上の差し出口は必要ないだろう。


(らしくないことしちゃったわ)

 面倒見が良いと言われるが、それほど親密でない相手となると珍しい。

(それもこれもね、結局彼の影響なのよね)


 並ぶウインドウの一つ。無表情のままの青年の顔をデラは見つめた。

次回『凍れる森で(1)』 「あくまで推測の話よ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 仲直り(?)に使われたフィールドワーク。
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