止まった時間(1)
足下はどこまでも続く灰色の大地。かなり埃っぽく、風に煽られ地表は霞んで見える。遮るものもないので、波打つ粉塵の雲海に覆われているかの如きだ。
「足元は怪しい可能性が高いわ。勝手に着地しないこと」
「はい」
珍しい光景に誘われるように降下していたベニートとユーリヤのラゴラナが速度を緩める。デラも減速して先行するラムズガルドの様子を見る。ラフロも事前の警告に従って不用意に足をつけたりしない。
「やはり密度が薄い。待て」
「ええ、気を付けて」
ここは落着地点からそう離れていない場所。小惑星の衝突時は、限界軌道を超えて崩れた破片が降り注いでいたであろう。その後の衝撃波に薙ぎ払われた大地も、今は降り積もった粉塵にコーティングされた凹凸のない平原になっている。
「埋まるな」
「歩けたものではなさそうね」
小惑星の運動エネルギーは衝突で熱に変換され周囲を焼いている。熱せられつつ粉砕された大地は、一時は溶けて衝撃で巻き上げられる。
小惑星の破片と入り混じりながら落下し、炎に包まれた大地もいずれ冷える。そこに蒸散した水と撹拌された粉塵が混ざった雨が降り、灰色の泥で覆っていく。
(その頃にはオース・ジャレアは主星からかなり離れてたはず。急激に冷えた泥は水を含んだまま凍って灰色の凍土になった)
その凍土の地平は新しい主星エカジラに熱せられて止まっていた時間が流れはじめている。水分が蒸発して抜け表層は粉塵に戻る。しかし、下の層は土が含んでいたケイ酸で固まっていた。そこがスポンジのようになっているのだろう。
「たぶんアームドスキンの重量には耐えられないわ。小さくでいいから切り出して渡して」
「承知」
ラムズガルドがブレードを数回振る。1mのキューブになったサンプルが空中のデラ機に渡された。
「このあたりはどこも似たようなもの。次は落着場所に行きましょう」
「了解した」
飛び上がったラムズガルドに二機のラゴラナを従えて伴走する。
「驚かされました。デラ女史のおっしゃったとおりの状態なんですね?」
「どんな状態だったのか想像も交えてシステムにシミュレーションさせてあるの。大方の予想はつくものよ、ベニート」
「それほどの知識と洞察力がお有りでしたら、フィールドワークに出なくとも大体のケースが予想できるのでは?」
持ち上げるのが彼の処世術か。
「思わないことが起きるのが現実なの。予想が覆されることなんてざら。実際、これから行くところの地質はほとんどわからないわ」
「あなたでもですか」
「小惑星のほうの組成が不明なんだもの。サンプルがないと、クレーターの規模だけからでは直径さえ算出できないわ」
直径の想定に幅があるのはその所為。岩石質だったとは考えられているが、組成によっては大きくも小さくも変わってくる。
「黒みが増してきたわね。そろそろかしら?」
「ポイントまでは少しあるが」
ラムズガルドはまだ減速しない。
「まだ300kmはあるのな。そのへんで拾ってもゴチャ混ぜなんな」
「でしょうね。必要なら次の機会にするわ」
「組成がわかってからでも遅くはないのなー」
上空から俯瞰でイグレドがフォローしてくれる。サポート体制に不安はない。リアルタイムの画像さえ別ウインドウでモニターに表示されているのだ。
(上から見たときとはやっぱり色味が違って見えるものね。これだと、もしかしたらもしかするかも)
想定されたものより高比重の小惑星だったかもしれない。それならば想定以下の直径になる。
「まさかと思ったけど本当に丘になってるわ」
デラは感嘆する。
「これが落下地点なんですか?」
「小惑星の痕跡? というより小惑星そのもの?」
「その可能性が出てきたわね」
突拍子もない話である。
通常、宇宙塵レベルを超える、直径で数km以上の微惑星などの落下があっても残っていないもの。衝突時の熱で燃え尽きている場合がほとんどだ。
ところがオース・ジャレアに落下した小惑星はその形を残しているかもしれない。彼らが見ている丘はそれかもしれないのだ。
「そういうものなんですか?」
ベニートも怪訝な声音。
「いいえ、あり得ないわ。普通はね」
「じゃあ、なんで?」
「一つはベクトルが相似状態だった点。極めて深い角度で落下したものの、相対速度がそれほどでもなかった。小惑星はオース・ジャレアへの落下で地殻まで破壊したわ。でも、衝突そのものは柔らかかった」
運動エネルギーをかなりの割合で惑星に与えるほどに。
「これに関しては予想できていたの。小惑星の質量からすると双方が一度砕けていて当然のレベル。それくらいの運動エネルギーでないと惑星を公転軌道から弾きだせない。それなのにクレーターらしきものが観測できてる」
「砕けてないってことですか」
「そう。完全に砕けてないから動植物層の痕跡も残ってるかもしれないって考えられたの」
事前の観測でそこまでがシミュレーションされてから調査が決まっている。しかし、来るまでは小惑星のほうまで残っているとは考えられていなかった。ところが落着地点あたりに丘があったので彼女は残存の可能性を見て取った。
「もう一つは小惑星が異常に硬質だった可能性。大気圏への突入程度ではびくともしない金属質だったら、衝突時の破壊的な熱量にも耐えたかもしれないから」
最低この二つの条件が重ならないと今の状態にはならない。
「それを今から確認するわ」
「わかりました」
「お手伝いします」
二人はデラの推測に圧倒されている。
「確認はラフロと二人でも十分よ。作業は手伝ってもらうかもしれないけど」
「そうですか」
今度はデラのラゴラナも着地する。乾いた粉塵に足首まで埋まった。しゃがんで超音波センサーを直接突き刺して調べる。
「堆積物は5mもないわ。そこから急激に高密度になってる」
結果から読み取る。
「掘るまでもない」
「任せても?」
「うむ」
全長15mのブレードが縦横に振るわれる。舞った粉塵は風にさらわれ、硬化層もスライスされて除かれた。黒く酸化した表面が露わになる。
「どれくらいの厚さが必要か?」
「とりあえず10mくらいかしら」
力場刃が隕石をバターのように斬り裂いていく。ラムズガルドは細断された、一片が20cmの四角柱のサンプルを抜き取って小脇に抱えた。
「丁寧な仕事をありがとう」
「かまわぬ」
いくらブレードでも抵抗はあるので正確には斬れないものだ。それをなんでもないようにこなして見せる青年に感服する。あとの二人は呆然と眺めているだけだった。
(彼のすごさはこの子たちは一生わからなそうね)
アームドスキンでの戦闘に接することもないだろう。
降下してきたイグレドにサンプルを収める。操縦席横のハンマーヘッドに手をかけて下を見つめる。
「超音波センサーを広域で……」
「もう打ったんな。露出部だけで2kmはあるのな」
ノルデには先回りされている。
「どのくらい埋まってるかしら?」
「そこまでは届かないのな。でも、湾曲率から全体を試算すると直径で5〜600kmというところなんな」
「かなり小さい?」
球形のまま残っているとしたらの話。
「試料の組成を調べてみないとわからないのな。でも、ある程度は溶けて拡散していると思うんな」
「思ったより広域にサンプリングしたほうが良さそうね。まずは解析しないと」
「一度入るのな。裏側まで飛ぶんなー」
(二人の分のサンプル採取もしてあげないとね。落着地点の反対側まで行かなきゃ)
そちらも手伝ってやらねばならないとデラは考えを巡らせた。
次回『止まった時間(2)』 (この二人には別の課題もありそうだし)




