浮遊惑星(2)
「いちいち細かすぎるのよ、ベニートは! いつもいつも!」
「君がいいかげんすぎるんだ、ユーリヤ。目上の方に対してだな?」
すでに口喧嘩。
(知人友人って感じじゃないわ。犬猿の仲とかそういうんでもない。もっと親しい。でも、喧嘩が多い。もしかして……)
デラは察する。
「子供だとでも思ってるの? もう大人なんだから!」
「実際に子供だったじゃないか! 出会った頃の君は本当に危なっかしかったよ」
ほぼ確定だろう。
「やめてよ! いつの話してんの」
「ほんの二年前の話だ」
「はいはい、今がいつでどこだかも思い出して」
手を叩いて注意を引く。
「あ!」
「すみません……」
「あんたたち、付き合ってるのね?」
古植物学のベニートが二十六歳、古生物学のユーリヤが二十四歳。分野も近く交流も深いだろう。早くに出会ってそんな関係になっててもおかしな話ではない。
「……はい」
男のほうが答える。
「別に悪いとは言わない。プライベートに差し出口はしないわ。でも、場はわきまえてちょうだい」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
二人とも萎れている。
「みんなで仲良く探査をしましょうなんて考えてない。仕事として取り組みなさい。それ以上は求めないから」
「もちろんです」
「任せてください」
(大丈夫な気がしない。二人とも結構感情的なタイプっぽいし)
まったく繕えていない点からうかがえる。
艇長シートの剣士みたいに泰然としてくれとも言わない。彼は彼として問題を抱えている。が、それが仕事においてトラブルの元にはならない。
「調査のポイントは決めてきたわね?」
「はい、プリヴェーラ教授」
予め決定してくるよう伝えてある。
「デラで結構。まずは私から」
「お願いします」
「オース・ジャレアに衝突した小惑星は約1,000〜1,500kmくらいの直径だったと予想されているわ。それが小さい角度差の同方向のベクトルで後ろから衝撃してる。なので衝突の規模はそれほどでもなかったと考えられます」
公転方向とほぼ同じベクトル、やや速い相対速度で後方から衝撃したと思われる。しかし、小惑星のサイズが隕石のレベルを遥かに超えていたため公転を加速させてオース・ジャレアを弾きだしてしまった。
「だからオース・ジャレア本体が完全に破砕されることなく衝突以前の大部分が相応に残っていると思ってるわ。私はクレーターの規模や地質の状態から小惑星の正確なサイズや相対速度、小惑星がどこから来たものかを調査する予定。二人は?」
明確な目的意識は必要。
「降りれば新事実が判明するかもしれないわ。新たな研究テーマを課されるのは別として、まずはなにから手を付けるか教えてちょうだい」
「では、古生物から」
「どうぞ、ユーリヤ」
まだ対抗意識が感じられる。
「生物に関しては、星間宇宙暦251年の探査チームが一部のデータを持ち帰っています。それと照合して、衝突当時の生物の分布がどのくらい変化していたが調査します」
「なるほど。衝突時は完全破砕まで至らなかったと考えてるけど、地形がどの程度変わっているかまでは判然としていないわ。どうやって比較するつもりなのかしら?」
「あ……」
やはり彼らの力量を測る意味合いも含まれているらしい。担当教授は調査目的に問題があることを指摘しないで送りだしている。失敗も糧となると考えているのだろう。
(私でも似たようなことするときあるし)
ゼミの生徒の習熟度を確認し、どれだけ状況判断ができるか試すために。
「いいわ。それは降下後に現在の状態を確認してから考えてちょうだい」
あまり負荷を掛けるのも良くない。
「ベニート、あなたは?」
「古植物学としましては……」
「構わないから準備してきたものを出して」
重大な問題を指摘されたユーリヤを見て腰が引けている。
「正直、予備調査では十分なサンプルが認められませんでした。改めてオース・ジャレアに分布していた植物相の特質などを調べていきたいと思っています」
「半分以上の地域で植物は炭化している可能性が高いわ。遺伝子の抽出は難しいでしょうし、化石化も望めないでしょう。そのあたりの調査方法は?」
「う……」
意外だったのか口ごもる。
「降下してから慌てずにすむよう調べておいてちょうだい。他には?」
「ありません、デラ女史」
「二人とも、もう少し衝突当時の状況を深く考察しておいて」
両者ともに方法はある。専門家でもないデラでも提案はできる。しかし、敢えてはしない。彼ら自身が考えついたほうが身になるからだ。意識的に放置する。
「さあ、喧嘩している暇なんてないわよ。この位置からでも見て取れる状態も重要な要素。お互いに知識を総動員して事に当たってちょうだい」
「……すみません」
「……頑張ります」
自信を喪失した模様。
本件のような特殊ケースを任され、力を認められたと勘違いして意気揚々と乗り込んできたのだろう。実際のところ、当時の動植物相の状態などさほど重要ではない。彼女が求められている固体惑星の浮遊惑星化条件などとは違う。
(しっかり学んで帰ってもらおうかしら。この先、フィールドワークで頼れる同僚になってもらうために)
研究者でなく教授としても働くつもりになった。
いがみ合っている暇はなくなったはず。集中して職務に当たってもらう。デラもそれほど暇なわけでわない。
「ぷぷ」
「なによ」
美少女が含み笑いをしている。
「ノルデといるときとは違う一面を見せてもらったんな」
「職責としては当然でしょ。教授なんだもの」
「ラフロに甘えてる顔とは違うってなー」
痛いところを突かれて「う!」とうなる。
「仕方ないでしょ、頼りないんだもの。あれで彼より年上なのよ。甘ったれてるったら」
「無理なんな。ラフロとは置かれてる環境の厳しさが違いすぎるのな。本当はもっとゆっくり成長しても良かったんな」
「そうね。払った代償が大きすぎるもの」
瞳に必要以上の情熱がこもっていないか気になる。だが、見返してくる青年の黒い瞳にはなんの色もない。そこから読み取るのは無理だった。
(駄目ね、自分の感情に振りまわされてるようじゃ)
他人のことはいえない。
(ラフロの感情を取り戻すには、私はきちんとした隣人であるべきだと思ってた。でも、今は情熱をぶつけてみてもいいかと思ってる。自分の希望を含めた判断じゃなければいいけど)
わからなくなっている。これまで変化が認められなかったのは刺激が足りなかったのか? 恋愛感情という強い刺激を与えてみてもいいのか? それが自分の感情に引っ張られた判断だとしたら? 悪い刺激になってしまうかもしれない。
「あなたはいつもどおりね、ラフロ。問題ない?」
気持ちを隠して話しかける。
「そも危険が感じられぬ。吾はノルデの目にしかなれぬかもしれぬ」
「そうね。相手は固体惑星。呼吸可能な大気が残っているかもしれないくらい。いつもの難しい環境に比べたら雲泥の差」
「油断は禁物であろう」
彼はいつもフラットである。
「ええ、なにが起こるかわからないもの。頼りにしているわ」
「斬れるものであればよい。それ以外はノルデとフロドを頼れ」
「そう言わずに意見をちょうだい」
苦笑する。
精神安定剤であるとともに彼女の心をかき乱す存在にもなっている。不思議な青年はどっしりと構えて揺るがない。揺るがしてみたいと思うが、現状それができるのはノルデのみだろう。
「かなり見えてきたわね。クレーターの外輪山かしら?」
自転して地表の様子も変わっている。
「摩滅してるのな。空気の動きが出てきてるんな」
「温められるほどに変わっていくわ。時間はあまりないわね」
調査対象を分析しつつデラは今後の計画を立てていった。
次回『止まった時間(1)』 「その可能性が出てきたわね」




