浮遊惑星(1)
宇宙空間を静かに進む惑星。惑星系内軌道、ハビタブルゾーンと呼ばれる生物発生が望めるだけの主星の光を浴びながら、ひどく硬質な灰色の姿をさらしている。
恒星を背に昼の面を見ても緑の一欠片もない。見るからに不毛の地とわかる。それもそのはず、その惑星が強い光を浴びるのは実に千年以上ぶりなのだった。
(浮遊惑星。しかも固体惑星)
中央公務官大学地質学教授デラ・プリヴェーラは無味乾燥な大地を眺める。
惑星オース・ジャレア、彼女の言うとおり浮遊惑星である。惑星でありながら恒星を周回しておらず宇宙空間を漂う存在。そういう天体も星間銀河にはある。
「弾きだされたんだっけ?」
「そうよ」
尋ねたのはフロド・カレサレート。彼女の乗る小型艇イグレドの操舵士である。十三歳になった少年は「初めて見た」と感想を述べた。
「歴史は古いわ。星間銀河圏黎明期よ。発見されたのは星間宇宙暦251年」
「200年代ってすごく昔だね」
千二百年近く前のことになる。
「当時は移民に積極的で、宇宙探査がとても盛んな時期だったらしいわ」
「聞いたことある。いっぱい可住惑星が見つかった時期だって。その分事故も多かったみたいだけど」
「フロンティア精神にあふれた頃ね。それが礎となって様々なルールが制定されたってのもあるけど」
星間銀河圏が成立して二百五十年余り。しかも、銀河座標の確定域が広がり超光速航法技術がようやく安定してきた頃となれば惑星探査も加熱していた。様々な事故を経験しながらも、人類はこぞって移住可能な惑星を探し求めていたのだ。
「見つかった当時は移住可能な惑星の一つに挙げられていたの。記録には緑豊かで呼吸可能な大気を持つトップクラスの可住惑星。少し距離が遠かっただけ」
欠点といえばそれだけだった。
「人類圏近くにも他に幾つも有望な惑星が発見されてた。だからちょっとだけ後回しにされた。それが計算違いだったわ」
「『いよいよ本格的な予備探査を始めようとしたら、その姿は忽然と消えていた』って書いてあるや」
「そう、なくなっていたの。オース・ジャレアはいつの間にか浮遊惑星になってしまっていたわ」
探査チームは目を疑ったらしい。
「原因は?」
「小惑星の衝突だったとされているわ。それがオース・ジャレアの重心をほぼ貫き、一部を砕くとともに自転と公転を加速させて周回軌道を離脱させたっていうのが定説」
「確認されてないんだ」
その頃の人類に使えなくなった惑星をさらに調べるほどのゆとりはなかった。他にも未探査領域がいくらでもあるからだ。航宙保安のために浮遊惑星のベクトルだけが調査され放置されたのだった。
「その浮遊惑星オース・ジャレアが注目されたのは六年前ね。そのままだと恒星エカジラに落下すると解ったから」
「ちょっとしたニュースになってる」
エカジラ星系には惑星国家があり、そんな場所に浮遊惑星が進入するという奇跡的出来事が話題になったのだ。広い銀河でそんなことが起こる偶然のほうが注目される。
「そもそも浮遊惑星の大部分がガス惑星なのよ」
デラはフロドに教授する。
「惑星系の中に複数のガス惑星ができると弾きだされる可能性が高いのは知っていて?」
「うん。巨大な引力の影響で公転軌道がズレてきて飛びだしちゃうんだっけ?」
「ええ、公転軌道の近さとか数とか複雑な要素が絡むけど大まかにはそのとおり」
この生徒はよく勉強をしている。
「その他は、星間雲で生まれたガス惑星が材料が足らなくて十分な圧力に達さずに恒星化しないまま浮遊を始めたケース。だから、浮遊惑星の多くはガス惑星」
「そうなんだね」
「固体惑星が浮遊惑星化するにはもっと複雑な条件が整わないといけないから少なめ。しかも、それが他の惑星系に進入するなんて奇跡的な確率なわけ」
それが天文関連のみならず一般でも話題になった原因である。しかし、話題になったからといってどうなるわけでもなく、すでに忘れ去られつつある。
「直径で10,000kmを超える固体惑星。ベクトルを操作するなんてどだい無理な話。恒星に落下するっていう天文ショーくらいしか残ってないわ」
一般人はニュースに事欠かない。
「今現在注目しているとすれば学者くらいなもの。それと星間管理局ね」
「気にしてたんだ」
「保安上、どんな規模の衝突が起これば固体惑星が浮遊惑星になるのか? ついでに当時、オース・ジャレアがどんな状態だったのか? そのあたりを調べることになったの」
今回の依頼内容である。
「それで、あれ?」
「ええ。私以外に専門家が二名同行するわ。古生物学者と古植物学者。私の担当は小惑星衝突の規模の推定のほう」
後方には大学の小型調査船が伴走している。200m級とイグレドの二倍もあるが、船舶としては小型な部類。
「あっちがデラの縄張りなんな」
美少女に指摘される。
「嫌よ。私の解析機器はイグレドのほうが充実してるんだもの。移動するだけ手間だわ」
「同乗分の依頼料ももらっているから文句はないのな」
「諸々充実してるのはあなたが一番知ってるでしょ?」
他の設備も申し分ない。
「わざわざ教えてあげるつもりもないけど」
「大勢乗られても困るんなー。どうせあと一機しか積めないしな」
イグレドにはラフロのラムズガルドの他にフロドのアスガルドと二機のアームドスキンが搭載されている。残りは二枠しかない。
「資金に困らないうちはお邪魔するわ」
「ノルデにも原因があるから負けとくのな」
ホロニタ電波星雲の探査では十分な結果が出せなかった。探査の打ち切りを決めたのはノルデ。デラの評価が落ちて資金繰りに困るようなことになっても当面は気が咎めるので配慮してもらえそうだ。
「どのくらいの調査をする気なんな?」
疑問に感じている様子。
「打ち出されるほどの小惑星が衝突してたら地表は大惨事なんな。衝突前の痕跡はろくに残ってないと思うのなー」
「わからないわ。可能な限りとは聞いてるけど、二人とも博士課程の修士らしいの。どうも、腕試しくらいのつもりで派遣されてるかもしれなくて」
「えー、でもプロフィールの年齢だとフェフと同年代だよ?」
フロドがパネルを覗いて言う。
「性質的な部分を除けば、あの子が飛び抜けて優秀なだけ。普通はこんなもの」
「あれくらいのほうが面白みがあっていいのな」
「世話するほうの身にもなってちょうだい。普通でいいの、普通で」
後輩の暴走を気にしながらでは調査に身が入らない。しかし、結果を求めれば非常に役に立つ人材であるし気も合う。一緒するなら仕事以外の部分にしたいというジレンマがある。
「出発前に軽く打ち合わせただけだから、あまり面識ないんだけど紹介するわ」
大学の調査船ヴェーテレンテに通信をつなげる。
「ベニートとユーリヤで良かったわよね? 彼らがイグレドチームよ」
「古生物学修士のユーリヤ・ハンダロテといいます。今回はよろしくお願いします、プリヴェーラ教授」
「古植物学修士でベニート・グシュマンです。優秀なチームだと聞いています。どうかよろしく」
通信パネルの向こうのゲストシートの二人が自己紹介する。
「ユーリヤの無礼は侘びますので、現地での護衛はお願いしますね」
「え、なに?」
「たしかに教授は有名な方だけど、チームの方にも敬意を持たないといけないだろう?」
「あなたに咎められる筋合いはないです。順番に挨拶する気だったんだから」
(あれ、この二人? もしかして仲悪い? そういうのとはちょっと違うような空気もあるんだけど)
デラは雲行きの悪さに困惑した。
次回『浮遊惑星(2)』 「ノルデといるときとは違う一面を見せてもらったんな」




