アテンド(3)
起こるはずのない現象が起こった。イグレドとラムズガルドの超光速通信がわずかな時間とはいえ途切れたのだ。
フレニオン受容器を搭載したアームドスキンとの通信は理論上途切れない。時空外媒質を用いているので距離も時間も関係なく接続されて当然。
(なのに途切れたんな)
ハッキリと記録されているのがノルデにはわかっている。
つまり超光速通信を途切れさせる原因が周囲の空間にあるということ。超小型化通信機であるフレニオン受容器では時空界面アクセス量には限界があり通信密度は小さい。
それでも途切れるのは異常。逆にいえば、途切れる原因がこの大規模かつ特殊な現象の原因にもつながると考えられる。
「ラフロ」
「なんだ?」
確認にかかる。
「さっきは少し離れたんな?」
「機動データで相対距離は出ぬか?」
「確認しただけなんな。もっと離れてみるのな」
相対位置を詳細に調べている。
「加速し……、なにか問だ……」
「わかったんな。戻るのな」
「……き取れぬ。帰……令か?」
不安定になったのでレーザー通信で帰投を指示する。そちらには影響はなく、ラムズガルドはラゴラナ二機を従えて戻ってくる。
すぐに操縦室に上がるよう伝えて、ノルデは分析をはじめた。確認方法は幾つか思いつく。
「すぐ戻れってどういうこと? なにか異常があった?」
デラが怪訝な顔で飛び込んでくる。
「原因がわかったかもしれないのな」
「ほんと?」
「広域で電波発信をする方法も判明したっぽいのな」
彼女はメギソンと顔を見合わせている。ラフロは管轄外とばかりに、大人しくキャプテンシートに収まる。
「どんな仕組み?」
学者二人は興味津々である。
「その前に実験するのな。手っ取り早く超光速通信でハイパーネットにアクセスするのんなー」
「なに? 調べ物?」
「内容はどうでもいいのな。手段のほうが大事なんな」
デラになにか検索するように言う。
「普通に結果出るわよ。繋がってるんだもの」
「じゃあ、次は条件を変えてやるんな。なんでもいいのな」
「……? 問題ないわね」
なぜかは知らないが、最新超音波掘削機の性能比較データを見ている。デラらしいといえばそうだが。
「一回目の重力端子出力なんな」
数値を見せる。
「は、どういうこと? 重力端子って超光速通信に使う? そんなの一定に決まってるわ」
「変えてるのな。二回目がこれなんな」
「出力が半分?」
数値上では確認できる。
「アクセスが不安定になる出力なんな」
「普通だったけど」
「通信エラーが出てもおかしくないのな。でも、出なかったんな」
普通の艦船では簡単に変動させられない重力端子出力に手を加えるのも彼女なら簡単なこと。この場合、手を加えていい部分ではないだけ。
「出力を下げても影響しない。それって?」
「時空界面強度が下がってるってことじゃん」
メギソンが先に結論に達する。
「そういうことなー。周囲の時空界面が活性化して強度が一様に低くなってるのな」
「それって大変なことじゃ……。大変なのかしら?」
「影響がないのな。対消滅炉クラスの微小穿孔では変化しないのな。ハイパーネットにも影響ないのな。時空界面突入するのにパワーマージンを使わないですむと思うけど、目に見えない部分なんな。何一つ影響ないから気づけなかったんなー」
影響範囲を挙げる。
「でも、それが電波発信の原因だって言うんでしょう?」
「機器には影響ないのな。でも、空間には影響大なんな」
「そうよね。重力子を集中しすぎると超光速航法しかねないわ、無作為に」
危うい影響とすればそれくらいだが、通常の重力波フィン出力では時空界面突入まではいかないだろう。
「界面強度が下がってるってことは?」
「時空外媒質がもれてきてるのな」
メギソンが頬を引きつらせている。
「じゃあ、ここは対消滅炉の中と変わらない状態ではございませんか?」
「そうなるのな」
「ヤバくない?」
顔色を変える。
「対消滅炉内とまだ若い超新星残骸本体とどっちが危険なんな?」
「あ、大して変わらないかも」
「理解したのなー?」
慌てるまでもない。つまりは、そういう場所だからこそ気づくのに遅れてしまった。
しかし、時空界面活性化状態は小さい通信密度の二局間通信に異常を生じさせる。漏出フレニオンが干渉して途切れさせたのでひらめいた。
「じゃあ、電波っていうのは?」
デラも結論に至っているはず。
「時空外媒質が軽い粒子と対消滅を起こしてるのな。それで発生する電磁波の一部なんな」
「なるほど。それ以外に発生したものも、ここでは紛れてしまうものね」
「区別できないのな。わずかに軽めの粒子が少なめなのが長年の対消滅を物語ってるのんなー」
シグナルはそうやって生みだされているのだ。
「仕組みはわかったわよ。そんな複雑でもないわ。でもね、どうやれば対消滅で発生する電波成分をシグナルだったり曲だったりに変調できるのよ?」
「漏出するフレニオン量を制御すればできるんな」
「だから、どうやれば時空界面を活性化したり漏出フレニオンを制御できたりするっていうの?」
気づいてしまったらしい。ノルデは半目でデラをじっと見つめた。
「お手上げなんな」
「だぁっ!」
彼女はずっこける。
「結論は!?」
「わからないのな。少なくともノルデには無理なんな」
「あなたにできないもの、人類にできるとでも?」
「だから、お手上げなんな」
明らかに上位の存在が介在している。おそらく彼らでは観測さえできない存在。手出しどころか抵抗するのも無駄である。
「どう始末を?」
「デラが感じたままなんな。これは危険な現象ではないのな」
「そうだけど! あー、もう!」
学者は頭を掻きむしっている。それでなんとかなるものではない。
(害意があったら、とうにみんな死んでるんな。ノルデだって本体まで干渉されて消滅させられてるかもしれないのな)
そう考察したノルデはこの現象に危険性はないと結論づけた。
◇ ◇ ◇
「帰っちゃったの。つまんないの」
彼女は文句を言う。
「仕方ありませんよ。電波星雲の状態を究明できただけでも立派なものだと思いましょう」
「賢いの。褒めてあげたいの」
「そのうち、またなにか贈り物でもしてあげましょう」
優しく諭すと彼女は満足したようだ。気持ちが流れ込んでくる。
「レリの時空干渉力が高くて嬉しいの。色んなことができちゃうの。さすがはレリなの」
楽しげに言う。
「ぼくだけではなにもできません。蓄えたギナの知識を使っているだけなんですから。子守唄だって君の作曲ですよ?」
「下手っぴなの。でも、通じたみたいだから嬉しいの」
「わかりますよ、彼女たちなら」
昇華して高次存在になった彼らからの贈り物なのだ。現人類には末永く発展してもらいたい。いつか彼らのところへやってくるまで。
「ぼくたちのいた世界なんですから、そっと育んでいきましょう」
「それがいいの。賛成なの」
喜びを示してくる。
「あの子たちも今の人類と仲良くできてて偉いの。撫で撫でしてあげたくなっちゃったの」
「そうですね。彼ら人工知性もぼくたちの仲間になるときが来るのでしょうか?」
「きっとなの。ちゃんと成長してるの」
慈しむような気持ちになっている。ギナにとっても大事な子供なのだろう。彼女のパートナーも眠りから目覚めるときが来るだろうか。
「時間はいくらでもあります。この宇宙が平和になるまで子守唄を歌っていてあげましょうね?」
「それがいいの」
レリとギナの二人は去りゆく魚影のような小型艇を見つめつづけていた。
次話『寄る辺なき星のバラード』『浮遊惑星(1)』 「あっちがデラの縄張りなんな」




