アテンド(2)
ノルデがモニターしているラフロとデラ、メギソンのバイタルは安定している。問題が生じたときも特に危険を示すような異常が出たわけではない。催眠状態を示す変化を懸念しただけだ。
(イメージが悪くないのは当然なんな。あのときも精神を安定させる効果が追想をさせただけなのな)
それぞれが最も幸せを感じていた頃を。
(理解不能な現象でも危害を加える意図はないのな。その証拠に、慣れた今回の探査巡回では問題が出てないのんなー)
学者組の聞き取りからそこまでは確認できた。しかし、ラフロがなにを思いだしていたのかは聞けていない。無理につらい思い出を掘り返さなくてもいいし、罪の意識もそれを邪魔した。
(どうしてあんな苦しそうな顔をしたんな? 苦痛の記憶しかなかったのな?)
アレサとの内戦は突如として始まったのではない。カレサ王国政府と対立して叛意を募らせた結果として宣戦布告となったのだ。
ラフロが赤ん坊の頃から小競り合いは少なからずあった。ミゲル王はもちろん、母イクシラも内政に腐心していたが結果として失敗。
(それでも、あの頃は笑っていたのな)
なかなか両親と会えない日々が続いても幼児期の彼はけなげに振る舞っていた。寂しさを押し隠して父母を心配させまいと笑う。
(心では泣きじゃくっていたのな。ノルデは気づいてやれなかったんな)
ただ、つらかっただけなのだろうか。それとも、父母とのわずかなひと時の幸せの記憶も感情とともに摩滅してしまったのだろうか。
(償っても償いきれないのな。ラフロを元通りにしてミゲルに返さないとノルデは人工知性失格なんな)
人を豊かにするために生まれた存在が、少年から感情を奪い家族の一人を奪っていいわけがない。本来の形に戻すまで全力を尽くさねばならない。
(人の心まで完全に理解できないからといって許されるものではないのな)
ラフロは彼の望みだと言うが、ノルデが付きっきりになっているのは当然であり義務でもある。贖いの時間なのだ。
(だっていうのに、ラフロがノルデだけを見てると満足感を覚えてしまうのな。他の誰かに興味をいだいてると不満に感じるのな。ノルデは欠陥品なんな)
交友が広まれば広まるほどに回復の可能性も高まるというのに。彼女を見ている時間が少なくなるほどに喜びではない感情が生まれてしまう。
(駄目ダメなんなー)
ラフロの安定したバイタルを眺めながら自戒する。人工知性にもそれなり得意不得意はあるし個性があるのも事実だが、今の状態は逸脱してしまっている。
「一時間経ったんな。戻るのな」
三人に告げる。
「もう? なんだか疲れないのよね」
「僕ちゃんも。不思議とねぇ」
「ビームコートは消耗しているぞ」
青年も落ち着いて事実を指摘する。
「それなのよね。ターナシールド使えば少しはマシかしら?」
「いやいや、全方位から赤外線のシャワー浴びてるようなもんだから焼け石に水さ」
「帰りましょ。焼けちゃう」
紫外線の日焼けではなく熱量的に焼けてしまう。装甲温度も若干の上昇傾向を見せている。
「どうぞ、お嬢様」
メギソンがハッチへの道を譲っている。
「ご丁寧にどうも。サンプルチャンバーを抜いて上がるのを忘れないでね」
「ほいほーい」
「すぐに分析するのか?」
磁場ネットサンプラーの誘引調整はニッケルになっている。どれくらい回収できたのか早く見たいらしい。
「若干少なめ? 超新星残骸ならこんなもんよね」
デラが結果に目を通している。
「暗黒星雲や散光星雲に比べれば少ないのな」
「重めの粒子は早い段階で置いていかれてるみたいね。次は軽めの粒子を狙っていこうかしら」
「それが本題じゃないのな。組成のほうが大事なんな」
肝心なところだ。
「そう言われても普通なのよ。ニッケル鉄の他にケイ素系、銅系、アルミ系合金。特に電波発信を促すような変わった合金っぽいのはないわね」
「理屈に合わないのな」
「だとすると、次は炭素系? 一酸化炭素がたんまり掛かりそう」
電波発信を主に考えるとそうなる。しかし、一酸化炭素が発する電波は微弱でノイズレベルにしかならない。直面しているような大規模な現象は起こさないだろう。
「そっちの線かねぇ?」
メギソンが首をひねる。
「最初のシグナルだけならパルサーの一時的な特殊挙動かと思ったんだけど、これほど大規模な安定現象となると……、うーん」
「惑星学的なアクセスと地質学的なアクセスを重ねていくしかないわ。起きる現象が精神安定効果以外にないとなるとね」
「それもいつ変化するか予想できないのな。厄介なんな」
読めなくて警戒が解けない。
「眠りの妖精の棲み家だとか、そっち系ですませられればねぇ」
「それって航宙船を難破させるっていうあれ?」
「また迷信じみたものを。そんなのマシントラブルに決まってるわ」
フロドは面白がっているが迷信は迷信である。生活圏の天体座標とシステム管理の超光速航法が確立されている現代では、失敗するのは人間のほう。遭難は機材の管理や点検が不十分で起こるものである。
「キワモノ扱いされたくなかったら具体的な原因を推定なさい」
「そう言われても、ここは僕ちゃんの知ってる宇宙じゃないみたいだよ」
メギソンの苦言も理解できる。起こるべき現象が起きない阻害原因を探るのに比べ、起きないはずの現象が起こる原因を探るのは非常に難しい。
「暗黒星雲なら純粋に分子雲密度。散光星雲ならできた恒星の卵の規模や質で放射エネルギーが変わる。超新星残骸だと、元の恒星の規模や現在の恒星死骸の種類で全体の状態が決まる」
惑星考古学者はフロドに説明している。
「それなのに、ここはまるでパルサーの影響下にないような現象を起こしてる。この妙な状態を語れと言われてもねぇ」
「だから鉱物がイオン化して電波の乱反射してるって推論を立ててたの?」
「常識的にはそれ以外にないからさ。ところが、この星雲は全体が電波発信源となってる。まるで制御されてるみたいに」
あり得ない状態を示していると主張する。
「何者かに制御されてるささやく星雲ね。表現がロマンチックじゃない」
「ロマンどころじゃない。こういうのは怪現象っていうのさ」
(実際には簡単じゃないのな。もし、誰かの意思でこれが起きてるなら、その誰かは惑星系一つを消し飛ばせるくらいの能力があることになるのんなー)
それくらい影響範囲が広い。
そら恐ろしい推論しか浮かばない。そんな技術は彼らゼムナの遺志でも持ち合わせていない。
「とりあえずランチタイムね。午後は炭素系調整でサンプリング」
デラがスケジュールを決める。
「容赦ないねぇ、女史」
「何日経ったと思ってるの? もう四日よ、四日。それなのに未だなにもつかめず暗中模索。詰めていかないと、いつまでも終わらないわ」
「そうだけどさぁ」
不平含みながらも探査は続く。三機のアームドスキンは通常どおりのフォーメーションで飛び立っていった。
「一酸化炭素がこれだけ? メタンも極端に少ないわね。どういうこと?」
「衝撃波にさらわれてったんじゃないかなぁ?」
軽い部類の分子の検出が通常より少ない。
「それにしても異常値よ。一番多くあるはずの水素や酸素が足りてないってこと? 水素設定にしてもう一度やり直すべき?」
「戻るかい?」
「うーん」
悩みどころである。
「出たばかりだ。もっと広範に探るべきではないか?」
「傾向だけだものね。確証得られるくらいの確認は必要ね」
「時間は……、遠出を……」
(途切れるのな? なんなんな?)
あり得ない現象にノルデは目を丸くした。
次回『アテンド(3)』 「それって大変なことじゃ……。大変なのかしら?」




