アテンド(1)
(催眠効果とは違うのな)
ノルデは星雲のメロディが三人のパイロットに及ぼした影響を分析している。
彼らの様子が変わったのは鉱物粒子が周囲に増えたタイミング。それは磁場ネットサンプラーのデータとも合致している。
(デコードしてるからメロディに聞こえるんな。でも、その元は電波変動にすぎないのな。ラフロたちはそれを生で受け取っただけなんな)
ラムズガルドはもちろん、観測機器を豊富に搭載したラゴラナもセンサー情報の多くをパイロットに伝える。それは外部の空間の危険度を知らせるためであって、今回のように精神的影響を与えるための仕組みではない。
(逆手に取られたんな。これほど明確な影響が出るのを、ただの偶然で片づけるのは間抜けすぎるのな)
つまり、この影響を及ぼしたなにか、あるいは誰かはアームドスキンの構造、正確にいうとσ・ルーンの理論を理解している。それと人類の精神構造までも理解して、相乗的にパイロットに行使したのだ。
(タンタルじゃないのな。あれはこんな遠回しな手段を好まないのな)
彼女の知る相手の性質にそぐわない。
(悪いイメージがないっていうのが理解できないのんなー。デラたちはノルデが電気刺激を与えなかったらそのまま飛んでっちゃってたのな)
たしかに状況に変化はあった。ただし、相手の意図は一向に読めない。
「あれはいったいなんだったのかしら?」
「解析中なんな」
精神的にどこまで影響したのか診断できず、三人は一時的に休養させていた。夜時間帯になってもう一度集まって話している。今後のことも決めねばならない。
「理論はわかったの? 私も考察してみたんだけど全然」
首を振っている。
「センサー情報として電波変動を認識したんな。おそらく、そのリズムが精神に影響を及ぼすものだったのな」
「そこまではわかるのよ。デコードしたメロディと同じ効果。ただ、その方法がわからなくって」
「同じ効果なんな?」
意味を測りかねた。
「あれは子守唄。眠りにいざなうって効果もあるけど、大人にとっては思い出を引きだすものなのよ。記憶と連動しているからだわ」
「一人ひとり曲が違うんじゃないのな?」
「印象は同じよ。ゆったりとしたメロディで、音階の幅もそれほど広くない。精神安定を旨とした曲。だから聞いたことない曲でも子守唄ってわかるわ」
精神的効果を体感することで人類にはそれとわかるらしい。ノルデには理論としてしか理解できなかった。
「問題はその方法」
デラはつづける。
「どうやって星雲内をその電波で満たせるのか。想像もつかないわ。ノルデにはわかるの?」
「正確には無理だったんな。効果範囲から鉱物粒子が影響しているのは確実なんな。でも、同じリズムで一斉に電波発信させる方法なんてノルデにもないのな」
「それよ。こんな光年単位の広い宙域全体に効果を及ぼすエネルギー量とかあり得ないわ」
彼女も同じとこで引っかかっているようだ。
「鉱物粒子が原因だっていう僕ちゃんの予想は当たってたねぇ」
「で、その先は?」
「さっぱり」
おかしな茶々を入れただけの男は耳を引っ張られている。ラフロのほうをうかがうと、彼は透明金属窓の外を無表情に眺めていた。
(なにを思ってるのな?)
星雲の子守唄は心の傷をえぐっただけなのだろうか。
(寂しい子供のまま、ノルデだけを見つめて育ってしまったのな。今さら見捨てるなんて無理なんな)
泣いてばかりいた赤ん坊の頃。初めて直接触れた二歳の子供の柔らかな頬。別れに苦しみ、歯を食いしばって涙を堪える三歳の少年。修練に励みながらも愛情に飢え、アバターにさえ泣きついた四歳の剣士。
(ノルデはなんでわかってやれなかったんな? 生まれが平等でなくとも心は平等なんな。等しく傷つき壊れてしまったのな)
人工知性はサポートシステム。人類により良い道を提案すべきだと思っている。それは間違っていないと思うし今後も変わらない。
しかし、もっと人に近づいてもいいのではないかと思う。知性を持たされたのは、寄り添うように支えてほしいからではないか。そうしなければ、また青年のような悲しい存在を生みだしてしまう。
(ラフロにとってノルデはなんなんな?)
もう一人の母親のつもり。
(でも、世の母親とは違うのな。傍にいて助け、指針を示し、そのための準備をする。人工知性の域を出てないのんな)
寄る辺なき少年は彼女を拠り所として成長した。拠り所を守るために役に立つ存在になることを望んだ。依存したからではない。そこに自身の存在意味を見出したからだ。
(自らを剣とし、ノルデを主と定めたんな。それが在り方として一番しっくりくると思ったんなー、きっと。でも、意味はあっても意思はないのな)
なにかを成そうというものではない。
(このままだといつまで経っても自立を促せないのな。ラフロは剣のままで終わっていいと思ってるのかなー?)
それも違うような気がするのだ。彼女を見つめるときの瞳だけには感情の色がかすかに浮かんでいるように思える。驕りだろうか。だが、情欲をぶつけてくるときの青年の瞳にはより強いなにかを感じるときがある。
(ラフロにどう見られたいのな?)
視点を変えて考えてみる。
(母親そのものじゃないのんなー。イクシラに悪いから一歩引いてるつもりなんな。主人というのは本末転倒なんな。パートナーともちょっと違うのな)
後見者というのが近いだろうか。彼の力を最も引きだせる自負はある。
(ノルデは見られていたいのな?)
ふと気がついた。
(寂しさを紛らわせるために求められたんな。そのポジションでいいと思ったんな。でも、見られていないといけなくなってるのかなー?)
青年は透明金属窓の外に目を奪われている。そこで見たなにかを思いだしているのだろうか。それは彼にとってつらいだけの記憶であるはずなのに、振り切れない親愛の情を感じているのかもしれない。
(もしかして寂しいのはラフロだけじゃないのな?)
視線を持っていかれたのを面白くないと感じている。
(必要とされることに慣れきってたんな。ラフロがなにもかも取り戻したとき、もう要らないって言われるのが嫌なんじゃないのかなー? 今のままでもいいと思ってるのな。人工知性として失格なんな)
責任感で傍にいるのではない。求められたのが嬉しかったのだ。今になって実感する。彼ら、アテンドも求められないと満たされない存在なのだ。
「帰りたくなったんな?」
つい訊いてしまう。
「帰れぬ。ノルデが吾という剣を求めているうちは帰らぬ。要らぬとは言うまい?」
「必要なんな。ノルデたちの事情に巻き込んでいるのは申し訳ないのな。でも、必要なんな、星間銀河にとってもノルデにとっても」
「ならば我が身を捧げよう。いずれ折れるとも、今は斬れる剣で在れるのだから」
両者の時の流れは違う。
「それで満足なんな?」
「ノルデ以外に吾を満たすものはない」
「それは愛のささやきなんな」
彼はただ見つめてくる。意味の違い、その差を理解していないからだろう。彼女を満たすには十分すぎる言葉であるとも知らずに。
「怖れずに覗けばいいのな。その不思議の向こうでラフロが落としてきたものを拾えるかもしれないなー」
この不可解な現象は彼の情感にも多大な影響を与えるようだ。
「うむ」
「見ててもはじまらないわ。議論に加わりなさいよ」
「不毛なんな。学者は本当に推論をこねくりまわすのが好きなんなー」
「なんですって!? 受けて立つわよ?」
「面白いこと言うのな。相手を間違えてると思い知らせてやるんな」
ノルデは芽生えた思いを絶対に忘れまいとメモリーに強く刻んだ。
次回『アテンド(2)』 (償っても償いきれないのな)
 




