歌う星雲(3)
一度宇宙に出て体感してみたいと言ったのもラフロである。σ・ルーンを通してセンサー情報を受けとれば、その意味を感じられるかもしれないと説いた。
(理屈はわからなくもないんだけど……)
場所が場所である。
ホロニタ星雲は自由膨張期を終えて重い粒子の本体を残している超新星残骸。膨張速度は弱まっているし冷めつつある。しかし、かなりの量の赤外線に満ちているのは言うまでもない。
「ビームコートの赤外線変調分子が機体を守ってくれるけど稼働時間は限られるわ」
「防御フィールドの外は二時間に制限するのな」
短波長電磁波からも船体を守ってくれるフィールドがアームドスキンにはない。
「その間に、とりあえず鉄粒子の採取をします。全機、磁場ネットサンプラーを装着して発進。等距離を守って巡回すること。いいわね?」
「承知」
「こんなとこで迷子になったら生きて帰れないから無茶しないよん」
無駄な宇宙遊泳などできない。データ収集も並行して効率よく調査を進める。そうしないと時間は際限なく失われていく。
「気を引き締めて実行します。全ての事態に対処できる心積もりでいること」
それくらい危険なチャレンジになる。
「吾が右に付く。緊急時対応は任せよ」
「右手を空けておかなきゃね。それでよろしく」
「僕ちゃん、左でOK」
メインゲストが尻込みしている。
「あなたね?」
「怖がってるんじゃないよん。専門的知識がある人が自由に動けて、全体を俯瞰して見られる人が真ん中にいるべきじゃん」
「言い訳ではなさそうね。わかったわ」
フォーメーションが定まっていく。役割分担という意味でメギソンの主張は正しい。
「使ってるデコードプロセスはアームドスキンにもダウンロードしておくのんな」
感性を働かせるのに必要な措置だろう。
「今回ばかりは全員のバイタルチェックもさせてもらうのなー」
「そうね。よろしく」
「いやん。覗かれちゃう」
余計な茶々を入れる男の頬をつねる。
本格的な戦闘部隊であれば当たり前のようにしている措置だ。しかし、それ以外では心理状態ももれかねないので機体システムに一任されているもの。
(思ったより警戒してる。本当にこの現象が理解できてないんだわ)
ノルデらしくない反応だ。
「じゃあ、始めます」
青年は黙って頷き、同僚は敬礼っぽいジェスチャー。デラはヘルメットを持って踵を返した。機体格納庫へと向かう。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
パイロットシートに座ってヘルメットを被る。
「ハイ、ラゴラナ。調子はどう?」
『オールグリーン。デラの要望にフルに応えられます』
「バイタルアラートをセンシティブに設定してちょうだい。神経質なくらいでいいわ」
『了解いたしました』
準備を進めていく。整備アームが降りてきて、保持していたサンプラーを腰のラッチに噛ませた。万が一のビームランチャーを装備しているラムズガルドは肩にラッチしている。
「データリンク確認」
「ラフロ、よし」
「メギソン、おっけー」
最終確認を終える。
「ラムズガルドから発進」
「出る」
赤銅色のアームドスキンが滑り出ていく。デラのラゴラナも続いて発進スロットをくぐった。ラムズガルドの左に付くと、メギソン機がさらに彼女の左へ。
「磁場ネットサンプラー展開」
「システム、サンプラーを展開せよ」
素子が∨字に立ち上がって不可視の磁場を展開する。電荷性質を調整された磁場は目的の粒子を誘引し、本体のチャンバー内に格納していく。このとき、誘引された粒子密度も記録される装置である。
「移動開始」
等距離を保って横並びに移動を始める。モニターには実視映像とともに各種電磁波を色付けしたモデル画像も二重に映されている。
(焼かれそう)
電波と赤外線が際立ち、オレンジ色の炎の中へ突入していく感覚。わかりやすいが、恐怖も想起させる演出はやりすぎ感がある。
(以前の自分なら覚悟だけで飛び込めた。でも、今の私は安心感を背負って飛び込んでいける)
右隣の青年のお陰。困難も恐怖も剣一本で打ち払ってくれる心強いラフロという存在が彼女の探究心を支えていた。
「む?」
当の青年の声。
「あ……! え?」
「こ……れはちょっとぉ……」
電磁波の炎が濃くなったと思った瞬間、メロディに包まれる。デコードされて細く奏でられていた旋律がダイレクトに頭に流れ込んできたかのごとく。
(そんな……。これは……?)
意識を持っていかれる。
気づけば柔らかい暖かな日差しの中。忙しいはずなのに、ちゃんと時間を作ってくれた両親の姿。芝生に座る少女のデラを見つめている。
(父さん。母さん)
はしゃぐ彼女を優しく見守ってくれている。髪を撫でる大きくて温かい父親の手。包み込むように抱きかかえてくれる母親の腕。守られ愛情に包まれていた頃の記憶。
「私、父さんや母さんみたいな学者になりたい」
「大変よ。それでもいいの?」
「うん!」
「じゃあ、いっぱい勉強もしなくてはな」
夢だけを抱くことを許されていた時代。実現のためには絶え間ない努力を要するとは思ってもみなかった頃。父母の間というゆりかごに揺られていた子供のデラ。母の唇からメロディが紡がれる。
(子守唄……?)
微睡みに沈んでいく。心地よいときをずっと味わっていたい。その最良のときを。
「デラ! デラ! 起きてよ、デラ!」
少年の声が遠く聞こえる。ピリリという刺激が覚醒を促してきた。
(目覚める? 私、眠っていたの?)
ハッと思い立つ。
「フロド!? 私は?」
どう説明すべきか。
「よかった。起きてくれた」
「いい加減にするのなー。探査中に寝るとは何事なんな」
「う、ごめんなさい」
状態は変わっていない。二機とは相対距離を保った速度でそのまま進んでいただけの様子。機体にも異常はなかった。
「ごめんよ、マム。僕ちゃん、あんまり正直な大人になれなかったよ……」
メギソンがこぼしている。彼も過去、両親に守られていた子供時代を追体験していたのだろう。
(じゃあ、彼は?)
孤独しか知らない青年を思う。
(どうして?)
「一度戻るのな」
「うん、なんだか危うい感じだったよ」
帰投を促される。
デラはウインドウ内のラフロの面持ちが少し険しいのが不思議でならなかった。
◇ ◇ ◇
「いったいなにがあったんな?」
三人を前に腰に手を当てた美少女。
「いや、ダッドとマムが不誠実に育った僕ちゃんを叱りに来たのかと……」
「なんなんな」
「真正直に生きなさいってあんなに言われてたのに」
メギソンは悔いているようだ。
「デラもなんな?」
「んー、ちょっと違うわ。あれは優しい記憶。とても大切な」
「訳がわからないのな」
起こった現象は同じく子供時代の追体験のようだが三者三様に反応が異なる。それが原因を探る邪魔をしていた。
「眠らせて事故を誘発させる企みなんな?」
彼女が電気刺激を与えなければ覚醒しなかったであろう。
「それは違うと思うわ。ただ、思い出しただけ。誘導するような感じはなかったの」
「眠らされてたのは事実なー」
「なんて説明すればいいのかしら? 悪いイメージがまったくないの。胸の奥に仕舞ってあった大事ななにかをもう一度見せてくれた感じ」
要領を得ない。
「うん、そうそう。悪いのは自分で、別に咎めるような印象じゃなかったねぇ」
「そうでしょ?」
「むしろ、よく思いださせてくれたって言いたいかもね」
(デラたちはいいのな。でも、ラフロには酷な体験なんな。悪意がなければいいって問題じゃないのな)
苦痛に眉根を歪ませた青年の表情がノルデを苛立たせていた。
次回『アテンド(1)』 「それで満足なんな?」
 




