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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
ささやく雲のララバイ

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歌う星雲(1)

 時空間復帰(タッチダウン)したイグレドの前にはなにもない。星雲とは呼ぶが、空の雲のようにハッキリとは見えないもの。それは単に各種分子などの星間物質が濃いだけの宙域だから。

 密度が高ければ暗黒星雲のように向こうを見通せない形で観測可能。ホロニタ電波星雲のように超新星爆発(スーパーノヴァ)の残骸である場合は高いエネルギーを得た分子が若干の発光を見せることでわずかに視認できる程度。


(普通に目で見ただけではね)


 なので普通ではない方法で見るしかない。可視光というのは、ごく限られた領域の電磁波でほんの一部。それ以外を利用すればいいのだ。

 電波をはじめとして、赤外線、紫外線、X線、γ(ガンマ)線など様々な電磁波を検出し、それぞれに色付けすれば全容を把握できる。それらを反映した3Dモデルがデラの前に表示されていた。


「やっぱり電波が一番強いかしら」

 黄色く色付けされている所為で輝いているように見えなくもない。

「そんなに若くもない超新星残骸だからさ。一酸化炭素もずいぶん多い」

「温度は下がってきてるわね」

「衝撃波がとっくに抜けた部分の残滓だと冷めてくるのも早いねぇ。もっと分子結合が進むと暗黒星雲に還りそうだ」

 星のゆりかごに戻る。


 初期には高温ガスの塊である超新星残骸に一酸化炭素が多いのは珍しいことではない。電気的に安定化したい分子が周囲の膨大なエネルギーを消費して起こるのだとされている。

 一酸化炭素はその名のとおり酸素と炭素でできている。この二つがクルクル回ってエネルギーを放出しているのだ。熱エネルギーを電波や赤外線にすることで分子雲を冷ましていく。冷めるとともにより高分子な塵が増える。


「燃え盛ってるように見えるんだけど」

「色付けがあれだからさ、フロドくん」

 電波の黄色に赤外線の赤が混じってオレンジ色に揺らめくさまは燃えているかのごとく。

「といっても、この電波は微弱なものだからノイズレベルに没してしまう。最も強い発生源はこいつだねぇ」

「これってパルサーだよね?」

「そう。近づくととんでもない羽目になるあいつだ」

 彼らが逃げまわったのは聞いている。


 3Dモデルの中心付近に座して黄色く脈動する存在。スーパーノヴァを起こした恒星がクラスチェンジした姿である。遠く離れているからといって、近くに時空間復帰(タッチダウン)するとパルサーを動かしてしまう。


「追いかけっこはこりごりなんな」

 ノルデは辟易した様子。

「あら、あなたでも嫌なもの?」

「リスクが高すぎなんな。余程のことがないとしないのな」

「まあ、今回の主役はパルサー本体だけじゃないからさ」

 触れる必要もない。

「星雲にどんな鉱物分子イオンが浮遊してて、どのくらいの反響現象を起こしてるかを調べたいんでしょう?」

「僕ちゃんの推測を裏付けるにはねぇ」

「結局は中性子星パルサーの電波のアレンジなんだから、ある程度はシミュレーションできるんじゃない? いきなりサンプル採取しようとしても、捕獲磁場をどれに調整しないといけないかわからないわ」


 鉱物イオンといっても種類は様々。ラゴラナに搭載されている磁場捕獲ネットを使えば採取可能だが、それぞれに電荷などの性質が違う。専用に調整しなければ正確な密度を算出できない。


「女史の言うことはもっとも。ただし、一箇所の観測だけじゃシミュレーションは無理だろうねぇ、ノルデちゃんでも」

 ツールは準備できても、演算処理では彼女に敵わないとあきらめている。

「やったところで信頼度の低い結果しか出ないのな。観測ポイントを増やすほど信憑性を上げられるのは一緒なんな」

「ということで、まずはジャンプ大会開催ってとこ」

「跳ぶのはイグレドなんな。メギソンはなんにもしてないのなー」


 美少女にジト目で見られておどける考古学者。どうにも締まらない空気のままで調査を開始する。


(なにかがいるなんて誰も思ってないから仕方ないわね。仮に例のシグナルを発信した何者かがいたとしても、四百年も悠長に待っててはくれないでしょうし)

 デラでなくとも予想できること。


 要は仕組みだけ解明すればいい。奇跡のような偶然という結論を出せばベイグランデ博士の名誉は守られる。それが最善なのだ。

 私財を投じてまで生みだした発明品。着想は奇妙だったとしても、彼の努力まで否定されるべきではないと彼女は思っている。


「とりあえず詳細電波観測から始めましょうかねぇ」

 ノルデをうながす。

「波長を電波に限定して可視化なんな。色分けは変わるから気を付けるのな」

「波長区分にするんだねぇ。りょーかい」

「ちょっと大きく表示するのなー」


 波長の長い黄色から短い青の領域まで区分される。歪な形をした電波星雲が3Dモデルとして浮びあがった。

 超新星残骸の場合、きれいな球形ではなく不定形となる。方向によって衝撃波に吹き飛ばされる分子の重さが違うためだ。


「まあまあのサイズだねぇ」

「重めの分子イオンだけでこれだけあるものね。水素イオンとか軽いのはまだ衝撃波に乗って拡散中よ」


 残っている本体ともいえるものを見ている。モヤのような全体像は黄色から緑、青やその中間色に彩られて揺らめいていた。


「ねえ、なんか脈動してるっぽくない?」

「そりゃパルサーだからねぇ」

「そうじゃなくて全体に」

 フロドの指摘に学者二人は視点を変える。

「そう言われれば。つい部分ごとの違いに目が行ってたわ」

「妙だね。パルサーの電波にしても反射する距離が違うんだから統一感は出ないはずなんだけどさ」

「一定じゃないよ。なにかリズムを刻んでるみたいに」


 強いとき弱いとき。波長さえも変化しているように見える。なんらかの法則性があるような気がして背中がゾクリとした。


「ま、まあ一面的な観測なんだからさぁ、こんな現象が起きても変じゃない。反射電波と、そのものの放射電波と区別もつかないわけだしねぇ」

 専門家の口調にも動揺が見られる。

「デコードしてみぬか、ノルデ?」

「面白半分になるんな。複雑な要素が絡んでくるからなー」

「ものは試しだよ」


 法則性を解析し、傾向を見つけようと演算が進んでいる。しかし、言語といえる法則性は見られないという結果が出た。メギソンは露骨に胸をなでおろしている。


「驚かさないでくれよ。偶然さ、偶然。冗談にならないよん?」

 まだ表情は硬い。

『一定の傾向は認められます。解析を進めますか?』

「やってみるかなー?」

「少しくらいはいいよね?」


 少年の意見は遊び心だっただろう。しかし、システムはそんな意図は解さず、暗号解読のごとく解析を進めていく。


「んー?」

 フロドが反応したのはシステムが奏でた一音にだ。

「ふむ、音階か」

「妙なとこに着目したんな」

「あなた、システムにどんな教育を施しているのよ、ノルデ」

 まだ笑っていられた。


 音が連ねられていく。段々と曲と呼べるものに近づいていっているような気がしてきた。徐々に笑いは収まっていく。


「ま、まさかね」

 メギソンの声が震えはじめる。

「ほら、曲なんて音階の積み重ねじゃん? ある程度のセオリーがあるにしても、音階が連続すれば曲っぽい物になっていっても変じゃなくない?」

「理論的にはね。ただ、私の感性はこれを音楽……、曲? うーん、メロディとして受け取ってるんだけど」

「いやいや、穿ち過ぎでしょ。膨大なデータベースを参照すれば、どんな法則性だってなにかと合致するもんだって」

 体温が上がってきたのか彼のフィットスキンの調整機能がうなる。

「否めないわ。とりあえず、色んな側面からの分析の一例ってことでいいわね?」

「うんうん、そういうことで」


 デラは星雲が歌っているように感じていた。

次回『歌う星雲(2)』 「今度はポップなビートを所望したいもんだねぇ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……成る程、[恋唄]がココに繋がったのか……。
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