星雲シグナル(2)
手記の登場人物は二名。両者とも故人である。三百年以上も経って内容が問題になるのは、その事実を両者の遺族さえ知らないということ。
内容が真実なのか確認する方法はない。確かめられるのはホロニタ電波星雲に問題があるかどうかだけ。それを求められているのはわかる。
(星雲シグナルを送るような存在がいるなら、その捜索。いないのなら、その原因究明ってところ?)
イグレドチームに求められているのは、どちらにせよハッキリさせることだろう。
「もし星雲シグナルを送るような存在がいるなら星間銀河人類を超える技術を保有してることになるわね」
「僕ちゃんも心当たりは一つしかない」
デラはメギソンと該当する存在をうかがう。
「違うんなー。人類にリフレクタ技術を伝えた個はいないと確認されてるのな。ノルデたちも急に力場盾を発明したのを不思議に思ってたんな」
「完全否定するところを見ると本当みたいね。匂わせはしても嘘はつかないもの」
「付き合いの長い女史がそう言うんなら信じましょうかねぇ」
ゼムナの遺志もバランスに苦慮したという。星間銀河圏にリフレクタは存在したがゴート人類圏には伝えていなかった。加盟前にそれとなく搭載アームドスキンを投入していったという。
「得体の知れない相手となるとあっち側の可能性は?」
ヴァラージを使っている誰かもいる。
「低いのな。あれは人類に仇なすことはあっても助けることはしないのな。ましてやリフレクタを渡して有利にする理由がなー」
「ないわね。混乱を求める愉快犯なら、むしろ渡さず脅威を助長したいでしょうから」
「そんな可愛らしいもんじゃないのな」
そちらに関して口が重いのはあいかわらず。つまびらかにするつもりはまったくなさそうである。
「ノルデたちじゃなく、あっち側でもなく人類を超えるなにかを想像するのは難しいわね」
「断言はできないけど、ノルデちゃんが把握してないってのが確率をグンと下げてるねぇ」
メギソンも同意する。
「となれば偶然の可能性を検討しないといけないわけだけど有り得る話?」
「正直、そっちの線も確率でいえばゼロを幾つ並べなければいけないかな? 絶対にないとはいえないレベルの話になるじゃん」
「そうよね。科学的見地では?」
理屈では極めて低い確率。
「デコードできてしまうほどのシグナルをパルサーが発信できるかといえば否定するしかないねぇ。可能にするには複数のパルサーの複合電波って手もあるけど、そいつは惑星考古学上不可能。同時多発的に超新星爆発が起きないと道理に合わない」
「隣接する惑星系でスーパーノヴァが起きて、もう片方にも影響して重力崩壊を起こした痕跡は確認されてるんな。それでも十年単位のズレは生じるのな」
「非常に興味深い話だねぇ。可能性の一つではあるかも」
メギソンの口振りは微妙である。なにか含みがあるように思えた。
「僕ちゃんが最も可能性が高いと思ってるのは金属イオンによる電波散乱」
得意げに述べる。
「パルサーの発するパルスは単純でも、それが反響していれば複雑なシグナルになることもあるんだよねぇ」
「それが観測されたシグナルができた理由? デコードできるほどだと偶然が過ぎない?」
「普通に起こるならそこら中に転がってる話。偶然に偶然が重なってるから秘密めいた話になってるって筋書きはどう?」
面白おかしな話に持っていこうとしている節がある。
「ホロニタ電波星雲は超新星爆発の衝撃波外殻の余韻みたいな星雲。そこには結構な量の金属イオンも含まれてるんじゃないかな?」
「そこのところが私に関係してくるって言いたいのね?」
「イオンを調べて、性質とか反射の度合いとか専門家の意見は不可欠だねぇ」
鉱物特性だけならメギソン一人でも調べられなくはない。しかし、スピーディーなチェックと分析まで加味すると専門家の意見を容れたほうが早いという判断。
「わかったわよ。で、今の状態は? デコードできるような電波を発信してるの?」
重要な点である。
「近在の惑星系で観測されているのはノイズレベルだねぇ。それでも二〜三十年前のものだけどさ。注目して観測してなきゃ抽出できないくらいのシグナルだったかもしれないし」
「生データも残ってないんだものね。チャタラー博士が拾ったのも偶然なんでしょうから」
「予想に難くないね。ペドンからホロニタ電波星雲でも63光年。発信されたのは四百年近く前って計算になる」
光の速さと同等なのでそのまま計算できる。
「今、四百光年離れた場所になら到達してるだろうけどさ、電波星雲に焦点合わせてもノイズからの抽出は不可能だろうねぇ」
「離れ過ぎだわ。他の影響を排除できなきゃシグナルとして捉えるなんて無理だもの」
「ペドン方面にある百光年以内の惑星系の観測データを洗ってみたけど有為なものは拾えなくてさ。こりゃもう現地に行ってみるしかないってわけでね」
事前準備として色々と試行錯誤はしたようだ。しかし、彼の出した結論は「現在の状態しかわからない」だった。
「じゃあ、出発する?」
どうせホロニタ電波星雲まで一週間程度は掛かるので休養は取れる。
「待つなー。レニウム鉱石をそのまま積んでいけるほどのスペースはないのな。必要分を精製するのに二日は掛かるんな」
「あとでいいじゃない」
「報酬はしっかりもらうんな。それにアームドスキンもちゃんと洗わないと積み込ませないのな」
たしかに泥だらけである。
「はいはい、洗いますよ。大事な相棒だもの」
「近くに水場あったかなー」
「まだ働かせるの? 僕ちゃん、これ以上ここにいたらムキムキになっちゃうよ」
伊達男気取りの学者はスタイルも気にするらしい。ただし、彼の場合は筋肉が付く前にダウンするだろう。
(なんにしても明日ね)
結局、午後いっぱいをバーベキューに費やし夕暮れが近い。
(今夜も雑魚寝か。慣れてるはずなのに)
あれ以来、ラフロを意識してしまう。昨夜も青年はいつもの調子で彼女の近くで番をしている。寝顔を見られるのもなんだか気恥ずかしくて、なかなか寝付けないでいた。
(なんとも思ってないわよね、彼は)
うかがうまでもない事実。
(私の心の問題でしかない。どこかで決着付けなきゃ引きずったままになってしまうわ)
簡単ではない。普通の男が相手なら自分に気があるかくらいはそれとなく察せられるもの。最低でも、異性として意識しているかはすぐにわかる。
ところがラフロとなると、まったく読めない。好意に知人や友人、異性というクラスが存在するのかさえ怪しい。
(気持ちがノルデに向いてるのは間違いないわ。ただし、本人がそれを恋心と認識しているかは別問題。ただパートナーとして求めている可能性も捨てられない)
もっと深いなにかが彼女の勘に触れる。青年のそれは一般的な恋情、ときに冷めてしまうものとは全然違うものに感じられてならない。
彼にとって全てなのだから当たり前といえば当たり前なのに、それだけでは語れないもの。刷り込みとかそんな単純ではない心の動きがありそうだった。
「どうした?」
いつの間にか彼をじっと見つめてしまっていた。
「なんでもないわ。ただ、ここに長居したら、あなたはどんなふうになってしまうんだろうとか考えてみたの」
「絞れすぎてしまうだろう。体温の維持にカロリー消費が多くなるのは良くない」
「フィットスキンの稼働時間が短くなってしまうものね。それはパイロットとして困るでしょう」
青年は表情を動かさず頷くのみ。
上手に誤魔化せてしまう自分がデラは恨めしくもあった。
次回『歌う星雲(1)』 「追いかけっこはこりごりなんな」




