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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
ささやく雲のララバイ

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星雲シグナル(1)

 ボスコー・ベイグランデは力場盾(リフレクタ)の開発者として名誉を得るとともに莫大な財を得た。妬まれもしたが、彼自身は人格者だったとされている。


「星間管理局の技術開発部門に招聘されたらしいんだけど拒んで、生涯を惑星国家ペドンに属して終えたんだとさ。んで、国の思惑も絡んで没後に研究所は記念館として保存されてた」

 メギソンの説明をデラは傾聴する。

「さすがに限界が来てリニューアルする運びになったんだって。整理してたら意外なものが」

「それが手記?」

「そ、物理メディアにしか残されてない手記。リフレクタ開発に関わるけど、中身的にはほとんど日記に近いもの。名誉に関わるから公表するのはやめてくれって話だけど預かってきてる」


 他のデオジッタ調査隊メンバーは気を利かせて離れてくれている。守秘義務を慮ったノルデがクローズドコンソールを持ちだしてきてコピーのメディアを再生した。


『心苦しさからこの記録を残す。 ボスコー・ベイグランデ』

 そんな書き出しから始まっていた。

『事の起こりは星間宇宙暦1105年7月17日、友人のミハイル・チャタラーが持ってきたシグナルから始まる』


「このミハイル・チャタラーって人物はやっぱりペドンの人間で、国立大学の天文学者さ」

「やっとこっちに近い話になってきたわね」


『ミハイルが示したシグナルはBK56星雲が繰り返し発しているものだという。私にはよくわからないが、妙な規則性が認められるというのだ』


「このBK56星雲ってのは今のホロニタ電波星雲。このあとに名前が付いてる」

「三百四十年近く前の話だものね」

 珍しくもないこと。


『星雲が電波を放散するのは普通のことらしい。特にBK56はそういう性質の星雲だと認められているという。中に含まれる天体がパルスシグナルを生みだすと聞いた』


「ベイグランデ博士は工学博士だから電波星雲のことを詳しく聞いたのは初めてだったんだろうね。中性子星パルサーなんてのは僕ちゃんたちには常識だけどさ」

「私だって絡みがなければ関係しない知識だわ」

 重力崩壊まで達した原子はデラも管轄外だ。


『普通であれば一定のリズムを刻むシグナルのはずだとミハイルは言う。それ以外は単なるノイズレベルのものだと。しかし、このBK56からは定期的にリフレインする、明確な強いシグナルを観測できるらしい』


「中性子星パルサーなら極電波放出の高速自転(ハイスピン)による変動だから単なるパルスだものね」

「正解。人工的に見えるけどただの一定パルスだねぇ。でも、天文学者たろう者が敢えてシグナルって呼んでる点がおかしなところ」

 メギソンも引っ掛かりを覚えたのだそうだ。


『シグナルを見せてもらうと、そこにはたしかに規則性が感じられた。ミハイル曰く、それは通常とは異なる現象。なにかわからないかと私に相談してきた』


「天文よりは機械屋の領分だとか思ったのかねぇ。さして変わらない気もするけどさ」

「交友関係の問題じゃない? この時点だとまだ与太話の域を出ていないもの」

「外れだと恥ずかしいから親しい相手を選んだってやつ?」

 有り得る話だろう。


『暗号解読は私の専門ではないが興味をそそられたので話に乗った。実際のところ、暗号と呼べるものでもなかった』


「このへんでもまだ遊び半分ってとこだもんね」

 フロドもそんな感想を抱いている。

「友達との話のネタって感じだったのかもね。一応振ってみたみたいな」

「ここからが面白くなってくるのさ」


『規則性をシステムに分析させて解読じみたことをしてみた。すると星間公用語(パブリック)に変換できるではないか。我々はその内容に驚かされた』


「なんとなく読めてきたわ」

「僕も」

 彼がどういう人物なのかを考えれば結論は一つしかない。


『複雑なシグナルをデコードすると力場形成理論とその機構を示しているように思える。私は迷った、これを真に受けてよいものかと。一見すれば理に適っていると思えるが、実際に組みあげようとすれば上手くいかないかもしれない。膨大な資金などどこにもないのに失敗すれば身の破滅だ』


「考えどこだよねぇ」

「ほとんど賭けになるもんね」


『結論を出しかねたミハイルと私は、その日は解散した。しかし、あきらめきれなかったので力場形成理論の検証実験はしてみることにしたのだ。散財することになるが悔やみたくなかったのだ』


「このあたりから公式記録も残ってる。博士が借りた実験施設とかも確認できるんだとさ」

「この手記が創作じゃないのは調べたわけね」

 公的に調査が入ったようだ。


『実験は成功した。模擬装置は弱いものだが電磁波阻害力場を形成できたのだ。本格的に理論を落とし込んだ機構であれば、十分に機能するのを予想させる結果だった』


「本格的な開発が始まってる。でも、記録によるとそこのメンバーにチャタラー博士の名前はないんだよねぇ」

「出元を隠したまま進めたって意味よね?」


『状況を逐一ミハイルに報告する。彼は大変興奮した様子を見せるが、プロジェクトへの参加は遠慮してもらった。基礎理論のことを知られれば疑いの目が生まれるかもしれないからだ。協賛出資者の手前、友人には泣いてもらうしかないが特にこだわりはないようだ。結果だけを求めているのだろう』


「これが今の今までチャタラー博士がリフレクタ開発に関わったという記録が一切ない原因みたいだねぇ」

「物欲の薄い人だったのかもね」

「君のお兄さんほどじゃないにしてもねぇ」


『五年近くの時を費やして力場形成機構は完成した。命名を求められた私は、これだけは強いこだわりをもってミハイルと相談する。彼の発案で「リフレクタ」と名付けた。記録には残せないが彼の貢献をその形に含めたかったのだ』


「このあとベイグランデ博士は、チャタラー博士の研究に莫大な出資をしてるのさ。目に付く結果は残ってないけど彼なりの恩返しだったんだろうねぇ」

「公式記録に残ってる繋がりはそんなものなのね。気がすまなかったのかしら?」


『そんなもので応えられたとは思えない。世間では私を「リフレクタの父」と呼ぶが、そんな大層なものではないのだ。ミハイルの着想を形にしただけなのだから。しかし、彼はなにも求めない。逆に、宇宙の神秘に触れたと喜んでいるほどだ』


「チャタラー博士って無私の人物だったみたい。ラフロとはちょっと違うタイプ」

「うむ」


『権利で得た莫大な財の一部をミハイルに還元したが、それで終わってよいものか? 私は彼が受け取るべき名誉を奪ったのだ。世間的評価はまるで私の名誉を汚しているように思えてならない。なので、経緯を敢えて記した。これは贖罪である』


「博士にとっては長い言い訳なのかもしれぬな」

「そんなふうにも読めるわね」

 青年の感想に笑みがもれてしまう。


『デコードした元のシグナルが、単なる偶然によるものか誰かの意図したものによるのかは私にも計り知れない。いつか、その秘密が暴かれる日が来るとしたら夢のようだ。それは私の罪を多少でも軽くしてくれる。その日を望んでいる』

 手記はそれで閉じられていた。


「なんとも評価しづらい内容ね。リフレクタ開発が成功した以外の結果がなに一つ出てないんですもの」

「だろう? だからペドン政府も扱いに困ったみたいだねぇ。表沙汰にはしたくないけど無視もできない。だってBK56星雲、つまりホロニタ電波星雲が原因でなにか起こったとき、知っていながら対策を打たなかったって汚名を着る羽目になっちゃう」

 手記に触れた人間は少数でも完全に秘密にはできまい。

「だから保険をかけてきた。星間管理局に泣きつく形でね」

「それで、調査に行けと」


 イグレドチームに期待したのだとデラにはわかった。

次回『星雲シグナル(2)』 「僕ちゃんも心当たりは一つしかない」

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[一言] 更新有り難う御座います。 裏話的な?
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