名誉の汚れ(2)
肉の脂が直接火に落ちると香ばしい匂いがあたりに漂う。高級店の演出として用いられることはあるが、デラの鼻をくすぐるのはそういう類のものではない。もっとワイルドなものだ。
「危険度レベルは中程度だったけど気にしてなかったわ」
「ラフロにかかればあんなもんなー」
発掘現場を襲撃した肉食獣の群れを青年は文字どおり一刀両断してしまった。もったいないから食べるとノルデが言うので付き合っているが意外なご馳走である。
「肉食獣だからまあまあなんな」
「草食だったらもっと美味しいんだよ」
「そうなのね、フロド」
ワイルドなのはメンバーのほうだった。
「私は十分美味しいと思うけど」
「雰囲気の所為でしょ。食べるぞーって感じするから」
「かもねぇ」
メギソンを始め、簡易コンロを囲む調査隊メンバーも賛同している。
デラは惑星デオジッタ調査に最初から参加していたのではない。当初のコンセプトは違ったのだが、地質調査をしたところ有望だとわかったので改めて招聘されたのだ。
「コンセプトって?」
フロドは気になったようだ。
「練習場とか訓練場とかそっち方面。呼吸可能な空気があって重力が強い。そういう場所を求めているのはスポーツ選手や軍なのよ」
「あー、なるほど」
「誘致するために施設や設備が必要。管理者もね。定住する人は少なめな感じ。そういう場所になるはずだったわ」
ところがレニウム鉱石が見つかってしまった。コンセプト以外の産業も見込める以上、住民は増えるかもしれない。危険な獣は棲み家を減らすことになるだろう。
「人工的な高重力施設はコストがかかっちゃうもんね」
「こういう常時荷重が掛かっているほうが効果的なのだそうよ」
それが天然で使えるなら、移動コストの安上がりな近隣では十分採算の取れるトレーニング惑星。今後は違う側面も持つ惑星に変わっていく。
「これほど広範囲にレニウム鉱床が見つかるなら、プレート構造からして全土に分布してそう」
「真偽を確認するために呼ばれたデラは一応依頼を終えたんだよね?」
メギソンのラゴラナはもちろん、フロドのアスガルドまで動員して広範囲の掘削調査もした。ラフロのラムズガルドが切り出した岩盤は豊富な埋蔵量を示している。
「だったらこっちの仕事に掛かれるのな?」
美少女が小首をかしげている。
「ええ、いいわ。どんな話?」
「電波星雲なんな」
「……それって私、関係あるやつ?」
疑問符がつく。
電波星雲とは、文字どおり電波やその他を発する星間物質の濃い塊のこと。典型的なそれは、超新星爆発を起こした恒星が周囲に放散させたもの。なので彼女の専門とする固体惑星を含まない。
「今回のは電波星雲の考古学的調査じゃないんだよねぇ」
専門のメギソンが説明を引き継ぐ。
「注目されているのは現在の状態のほう。そこになにかいるんじゃないかって考えられてるのさ」
「まさか……」
「トジャラ宙区のあれを思いだしちゃうよね」
この顔ぶれで出向き、ヴァラージと遭遇した暗黒星雲遭難事故調査。なにかいると言われれば、ついあの怪物じみたフォルムを連想してしまう。
「調査に至る経緯がぜんぜん違うからさ」
惑星考古学者は大丈夫とばかりに親指を立てる。
「調べるのはおそらく星雲に含まれる鉱物イオンなんかも対象になる。そこで女史の出番になるわけ」
「惑星系の残骸なら結構含まれてるでしょうね」
「だろう?」
ウインクを手で払う。
「でも、電波星雲ってことは中心にパルサー、たぶん中性子星が陣取ってるんじゃないの? それはあんたの領分よ」
「わからなくもない。ただし、今回の件はそれだけじゃ説明できなくてね」
「説明できない?」
煮えきらない話である。
聞くかぎりではメギソンや恒星進化学者のジャナンドあたりの専門。それなのにデラの協力を必要とするとは妙である。
(まあ、聞いてあげましょ。どうせ、イグレドチームとの仲立ち役がメインって話になるんでしょうけど)
半分諦めモードで耳を傾ける。
「ボスコー・ベイグランデなる人物をご存知?」
「知らないわ」
記憶に引っ掛からない名前だ。
「僕ちゃんたちの専門とは遠いからね。巷じゃ『力場盾の父』って呼ばれてる工学博士なんだけど」
「リフレクタ? 私よりラフロたちのほうが縁があるほどじゃない」
「たしかにねぇ。使ってるって意味では」
メギソン曰く、当時は画期的と言われた発明だったそうだ。すでに粒子噴射型ビームが一般的だった戦場。艦船の防御フィールドを除けば、放熱ジェルを仕込んだ装甲だけが頼り。遮蔽物のない場所では機動力を活かしての回避以外になかった。
それがゆえに機動兵器は推進機に出力を割く戦闘機型など、地形環境に即した形状に特化。膨大な種類が存在していたという。
ところが力場でビームを完全に防げるリフレクタの登場は戦場を一変させた。展開面積に限界はあるものの、機動兵器サイズでも搭載できる。これをいかに上手に運用できるかが大きな意味を持つ。
淘汰の末、最終的に残ったのが人型機動兵器だった。パイロットは自身と同じ四肢を持つ形を感覚的に操りやすく、腕に装備されたリフレクタを効果的に運用できる。汎用性も高かったため、戦場の主役はアストロウォーカーに変わった。
「兵器開発者っていうのは世間的に尊敬は受けにくいじゃん? やっぱ、一般人からすると、人殺しの道具を血肉を注いで作るってのが風聞が良くない」
考古学者は渋い顔でつづける。
「ところが、このボスコー・ベイグランデの世間的評価は高いねぇ。なぜなら戦場での死者を劇的に減らしたから」
「そうでしょうね。当たれば破壊できるという絶対的優位にあったビームの射手側を不利な状態にしたんだもの。普通に狙っただけじゃ当たらなくした?」
「御名答。不意を突かなきゃ遠距離の狙撃なんて効果がない。近距離でさえ隙間を狙わなきゃ当たらない。パイロットの技量より物量や戦術が勝敗を左右する時代が来た」
それが前時代まで。今や、アームドスキンの吹き込んだ風がパイロットの技量を重視させる旧時代に逆戻りさせつつある。
近接戦闘を得意とする新機軸機動兵器は以前の戦い方を駆逐していく。泥臭い格闘戦を戦場に持ち込んでしまったのだ。
「たしかに。ラゴラナでも短期間の訓練で満足できるレベルで動かせるもの。アームドスキンは機動兵器を身近にして、そして難しくした」
デラの言葉は矛盾している。
「パイロット個人の格闘術が強く反映されるんだもの。それを象徴するような人がここにもいるでしょ?」
「ラフロっちね。剣術一本でこんなに強くなるもんかって実感させられたねぇ。僕ちゃんもヴァラージの一件から生きて帰れたのはそのお陰だって思ってるよん。ただ、そこでもリフレクタは存在感あったよね? 生体ビームは防げなくとも、他の武器は防げた」
「きっと勝負にならなかったわね。私でもリフレクタが戦闘を難しくしてるように見えたもの」
互いに通用する武器は限られていた。隙を突かねば相手に届かない。それが戦闘に駆け引きを持ち込む。開発当時も似たような現象が起こったのは容易に想像できた。
「そのリフレクタを発明したのがボスコー・ベイグランデなる人物。もっとも、故人さけどさ」
問題の名前が再登場する。
「リフレクタが発表されたのはもう三百年以上前の星間宇宙暦1132年」
「そんな前なの? じゃあ、どうして今になって調査依頼が、しかも電波星雲に絡む形でなんて来たのかしら?」
「ベイグランデ博士の手記が発見されちゃってねぇ。それも、内容が摩訶不思議で、もしかしたら博士の名誉を汚しかねないものだったのさ」
メギソンの話にデラは片眉を上げた。
次回『星雲シグナル(1)』 「やっとこっちに近い話になってきたわね」
 




