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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
ささやく雲のララバイ
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名誉の汚れ(1)

「チチチチチ!」


 超音波ピックの先が岩板を削っていく。地下水で湿った土に覆われているので泥水が顔にも散ってくるが気にしない。それは彼女が地質学者デラ・プリヴェーラだから。


「気を付けてくださいよ、教授」

「大丈夫よ。足場がしっかりしているから全然問題ないわ」


 地下15mの場所で答える。そこまでは惑星探査用アームドスキン『ラゴラナ』で掘った。今は3m近くもある大きな足の上で岩板を削っているので機体自体が支えになって、崩れてくる心配はあまりない。


(この色ツヤ、レンタイトね。酸化してるけど安定同位体レニウムが結構含まれてる。これが露天で掘れると一大産業になるわ)


 非常に硬いが極めて希少なレアメタルである。耐熱合金素材として有用であるが合成コストの所為であまり用いられない。


(惑星考古学調査でメガインパクト、ほぼ同規模の惑星同士が衝突した痕跡があるって結果出てたからもしかしてと思ったけど)


 この惑星デオジッタ自体が大型(メガ)固体惑星(ソリッド)ぎりぎり手前という質量を持っている。強い重力に体力を奪われるが、産業が成り立つなら植民も進むだろうと思われる。


(分析かけて確認しないと。含有量も見たいから大きめに切り出したいわね)

 コクピットに戻ろうとして汚れたままなのに気づく。


「水下ろして」

 応えはない。

「ねえ、水ー」


 仕方ないのでコクピットに戻ろうとする。あとで掃除が大変だが自分でやろうと決めた。大切な相棒なのだから。


(ストリングのマグネットで上がれるかしら)


 勢いで降りたが上がるときのことを考えてなかった。コクピット付近を狙おうと岩板をよじ登る。するとその手が引かれた。軽々と宙に浮いた身体が余裕で横抱きにされている。


「ラフロ!?」

 額から角を生やした青年が腕の持ち主だ。

「ご苦労である」

「ちょ、ちょっと待って。泥だらけだから触らないほうがいいわ」

「そなたの勤めの結果だ。誰が厭おうか」

 下ろしてくれない。

「こんな格好で平気な女なんてどうかしてるでしょ?」

「尊い姿であろう、未来への献身は」

「そんなふうに言ってくれる人はマイノリティよ」


 嬉しくなってつい頬に触れてしまう。ラフロの顔まで泥で汚してしまった。


「どうしてここへ?」

 意外に過ぎる。

「そなたを拾いに来た。仕事が入っている」

「え、聞いてないわ?」

「秘密にして驚かせるとメギソンが言っていた」

 張本人の姿はない。

「あの馬鹿。で、あいつは?」

「上で潰れている」

「ここの重力にやられたんでしょ」


 サプライズを仕掛けておいて本人が動けなくなっているらしい。軽はずみなことをするからだ。


(もっとも、この重力でいつもどおりなラフロのほうが変なんだけど)

 青年の筋肉は重力をものともしない。


 ウインチが再び降りてきて吊るされたタンクを彼が外す。シャワーノズルから出た水で顔を洗いフィットスキンの泥も流した。

 濡らしたタオルでラフロの顔と身体を拭う。ようやく身綺麗になって落ち着いたので改めて上を見た。


「もういーい?」

 フロドが手を振っている。

「いいわ。上げて」

「はーい」


 悠々と片腕でデラを抱きあげた青年はタンクに足を掛けて吊りあげられていく。コクピットの高さで岩肌を蹴ると、アンダーハッチに軽々と飛び降りた。


「飛ぶわね」

「うむ」


 シートに腰掛けて反重力端子(グラビノッツ)出力を重量ゼロにし浮き上がる。ヘッドレストに手をおいた剣士は危なげもなく立っていた。


「仕事って急ぎ?」

「いや、期限は切られていない」

「じゃあ、この調査を一段落させてからでもいい?」

 頷き返してくる。


(ゆっくりと一緒できるわ)

 そんなことで嬉しくなる自分が単純だと思う。


 ラゴラナを発掘場所から離れた場所に着地させる。目を白黒させた宙区担当コーディネーターが彼らチームを迎えていた。イグレドも少し離れた場所にランディングしている。


「メギソン?」

 突っ伏している惑星考古学者をにらむ。

「今はよしてちょ。僕ちゃん、女性のパンチにも耐えられない」

「だらしない」

「デラ女史が普通に立ってられるほうが不思議なんだよねぇ」

 腰に手を当てて見下ろしている。

「慣れよ、慣れ。フィールドワークで楽ばかりしてるから」

「そんなことないつもりなんだけどさぁ。こんなとこに長居したら筋肉隆々になっちゃうじゃん」

「う……」


 たしかに筋肉痛は感じている。引き締まるだけならよいが、お世辞にも女性らしくない体つきにも近づいてしまいそうだ。


「そうかな? いい感じの鍛錬になりそうだよ」

 フロドは嬉々として身体を動かしている。

「気合が足りないのなー」

「気合いの問題じゃないさ。そもそもノルデちゃんはどうして平気なんだい? ラフロっちはわかるんだけど」

「女の子の秘密なんな」


 生体端末といっても構造が人類種(サピエンテクス)と同じとは限らない。とんでもない筋組織の持ち主かもしれないのだ。


「っと、岩盤切り出すの忘れちゃった」

 置いてけぼりのコーディネーターに向けて舌を出す。

「とりあえず良い方向の結果が出そうですよ」

「それはなによりです、教授」

「確認しますね。あー、レンタイトだったらレーザーカッターじゃ切れないわ」


 ポーチからサンプルの欠片を取りだすと表面はすでに酸化している。反射分析機での正確な結果が見られない。


「吾が斬ろう」

 ラフロが背中の柄に手を伸ばす。

「さすがにあなたでも無理よ。レニウム鉱物だもの」

「斬れるのな。ラフロの剣はレニウム合金製なんな」

「へ?」


 冗談じみた内容に耳を疑う。しかし、彼の大剣がハイパワーガンのレーザーさえも弾いていた事実を思いだす。


(高出力物理レーザーでも溶けないとしたら本当かもしれない)

 耐熱性の高い素材を鏡面レベルまで磨いているからできる芸当か。

(でも、希少価値からすると法外な値段がつく代物になるわね)


「いやいや、そんなわけ……」

「斬って」


 デラは欠片を地面に置く。青年は上段に置いた刃をストンと落としただけ。欠片が微動だにせず二つに割れたのは、無駄な力が一切掛からず刃が立っていたからだ。すさまじい技巧である。


「嘘でしょ」

 メギソンは目を剥く。

「ありがと。えーっと、組成分析は?」

「0.6%超えてるのな。異常なんなー」

「値崩れしかねないレベルね。でも、精製コストと酸化還元コストを考えたらそんなでもないか」

 この惑星(ほし)だけの埋蔵量ではそこまで影響しない。

「とりあえずは実験室レベル。でも、コストで尻込みしてた大型(メガ)固体惑星(ソリッド)の探査が進むでしょうから、アームドスキンの装甲がレニウム合金になる日も遠くないかしら」

「高望みが過ぎるんな。対消滅炉(エンジン)殻内蒸着程度に負けとくのな」

「耐久性はグンと伸びるわね」


 可能性は多岐に及ぶ。だが、美少女の挙げた例は最も現実的なものだろう。彼らは実用しているのかもしれない。


「ラムズガルドで岩盤切り出ししてくれる? 含有ムラも確認しておきたいわ」

「承知」

 快く引き受けてくれる。

「お手伝い分のギャラはレニウム鉱石でいいのな」

「ふっかけてくれるわね?」

「ターナシールドに表面蒸着したいのな。盛大に掘るのなー」

 ノルデはすでにその気だ。

「それ、私のにもやってよ」

「別料金なんな」

「寄港地でパフェかしら」

「お安い御用なんな」


 言葉遊びである。そんな安くはできないし技術的困難もあるはず。それを遊びですませる関係性が心地よい。


(仕事仲間より家族に近くなってる。以前の結果にがっついていた頃の私が嘘みたい。心の余裕が生まれたのはラフロたちのお陰よね。どうすれば恩返しできるかしら)


 デラは笑いながらそんなことを考えていた。

次回『名誉の汚れ(2)』 「……それって私、関係あるやつ?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 パフェに負けた(?)技術提供? 誤字? フィールドワーク>デスクワーク でしょうか?
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