美女の正体
(おそらく接触を避けるのが最善の対処法。なのにわざわざ顔を合わせて話したいっていうのも変ね)
デラは戸惑いながら操縦室へ。
(つまり対策されているってこと? そうとしか思えない)
おずおずとパネルに触れてドアをスライドさせる。操縦室には三人とも揃っていた。入るのを躊躇う。
「デラはナナンマを知らなかったんだね」
フロドが申し訳なさそうに言う。
「こっちから打ち明けておけばよかったんだろうけど、僕たちにとってもあまり吹聴したい事柄じゃないんだ。なにせこの季節は獣に近くなっちゃうからね」
少年の言うことも理解できる。理性あるのが人であると考えるならば、発情期の行動を恥じ、そして隠したくなるのも不思議ではない。
「でも、君はそれほど変わって見えないわ」
彼は理性的に感じる。
「僕くらいの頃はまだ軽いんだ。薬でかなり抑えられる」
「ああ、薬があるのね。そうなのかもって思ってた」
「うん。でも、兄ちゃんみたいに男盛りの年代だと薬はあまり効かない。限界があってね」
十代後半から三十代前半にかけてが最も強く影響すると説明された。
「大丈夫、ラフロ? 無理してない?」
「昨日のこと、すまぬと思っている」
「それは気にしなくていいわ」
青年は怯えさせたと認識している様子。誠実な人柄が自身の問題より彼女の心を気遣うほうに働いている。とても理性を失う期間の反応とは思えない。
「バレちゃったから仕方ないのな。もう、真っ盛りの時期に突入してしまったんな」
ノルデはあっけらかんと言う。
「薬はあるけど、あまり効きは良くないのな。強い薬にするとホルモンバランスが狂って悪影響があるんな。使うのは最低限にしときたいのなー」
「それだとラフロはつらいんじゃないの? こうして同席しないほうがまだマシって思えるけど」
「大して変わらないのな。デラは女の匂いをプンプンさせているのな。姿が見えなくたってカレサの男は感じ取ってしまうのなー」
「な!」
改めて言われるとひどい表現である。ただし、人類種の男が意識して感じられるそれではないそうだ。ナナンマのカレサニアンだから嗅ぎ分けられるものらしい。
「それじゃ、仕事を中止して降りるしかないじゃない」
ちょっと膨れる。
「対策はしてるから続行なんな。乗りかかった船なのな」
「え、対策って?」
「要は性欲が暴走してるから危ないのな。それが満たされていれば自制できる程度に抑えられるんなー」
話は危うげな雲行きに。
「性欲を解消って……、男性には色んな方法があるのは知らなくもないけど?」
「もっとダイレクトじゃないとそれほど効果ないのな。普通に満たしているんな。デラとは昨夜会ったのな」
「会った……?」
一瞬なんのことかわからなかった。しかし、昨夜と言われれば一つしか思い浮かばない。
(まさかあの人、ラフロのナナンマ対策用に雇った女性ってこと?)
つまりはそういう生業の人物が隠れていたのか。
「えーっと……、彼女が?」
どうにも言いづらい。
「ラフロの相手するときの義体なんな」
「ぎた……! じゃあ、あれ、ノルデだったの!?」
「動かすのは一体だけって決めてるから、夕べはあれに乗ってたのなー」
自我の話だろう。
「これと違って大人に作ってあるのな。この時期のカレサニアンは激しいからタフにもしてあるんな」
「言っといてよ。びっくりするじゃない」
「どうしてな? あんな絶世の美女はノルデしかいないのなー」
いけしゃあしゃあと言う。そう言われれば面影はあるが、常識的に捉えてあまりにサイズが違いすぎるので同一人物とは思えない。
「人が眠れなくなるほど悩んだってのに」
不平をもらす。
「突然会うとびっくりするから教えてよ。子供バージョンと大人バージョンの他にどんな義体を準備してるの? 男バージョンとか?」
「それはないのな。もし、デラがノルデに抱かれたいなら作ってもいいのな」
「いらない」
タチの悪い冗談だ。
「今のところは二体しか置いてないのな」
「船尾の立入禁止エリアって、そういう見られたくない物が置いてあるからロックしてるわけね」
「なんなー。機関部に細工したり破壊しようとしたりを許すほどノルデは迂闊じゃないのな」
どうやって保管しているのかまでは知らないが、意識がなければただの死体にしか思えないはず。見て気持ちのいいものではないだろう。それを使う理屈はわかるのだが……。
(これはどう受け取るべきなのかしら? ナナンマの時期の事故防止策なのは確か。間違って女性に危害を加えるのを止められる)
必要な措置と思える。
(それはノルデの考え。ラフロはどう思ってる? そのときは我を忘れるくらい夢中なの? それとも彼女の慈悲にすがってるだけ?)
青年の心持ちがわからない。依存の一端なのかもしれない。しかし、彼女の剣を自称するなら面倒をかけるのは不本意なはず。それでも、頼らねば二週間は使い物にならない。ジレンマである。
「カレサ人が銀河圏進出に熱心でないのはナナンマの所為もあるのかしら?」
そんな疑問が口をつく。
「あるかもしれないのな」
「だったら現代薬学の力に頼るのもありじゃない? 悪影響の少ない抑制薬を作れるかもしれないわ」
「ノルデもあまり熱心に作ろうとしてないのには理由があるのな」
当然、美少女も同じ考えを持ったらしい。
「理由?」
「ナナンマは彼らの生理現象みたいなものなんなー。それを強く抑制するのは、身体的な負担以上に社会的問題を孕んでいる可能性もあるのな。進化の過程で捨てなかったものには深い意味があったりもするんな」
「わかるわ。……その、人口が減少に転じるかもって思ってるのよね」
彼らにとって子作りの時期。問題を薬で解消するのは一般社会的にプラスでも、彼らの社会ではマイナスの可能性がある。精神的にもマイナスがあるかもしれない。生理現象を曲げるのは影響範囲が計り知れないとノルデは思っているようだ。
「角が退化してないのと似ているのかもしれないわ」
そう思えてきた。
「祖先の時代みたいに角をぶつけ合って女の人を争ったりしないもんね」
「でしょう、フロド?」
「でも、角が立派なのを魅力的に感じたりもするんだって。男にとっても誇りなんだ。そういう精神的な部分が肉体的にも表れるのが霊長類なのかも」
少年が代弁してくれる。
「不可欠でなくとも必要、ね」
「でもまあ不便だよね。普通の社会では仕事に影響しちゃう」
「要は恋人がいれば解消できる問題。広く知られれば大丈夫な人も多いと思う。でも、あまり知られたくない。矛盾してしまうわ」
彼らの感性でも獣欲のように捉えてしまう。恥じる気持ちは当たり前だ。
「悩ましいわね」
バランスの取りづらい問題である。
「意味があると思うのな。こういうのは自然な流れに任せるのが肝要なんな」
「そうねぇ」
「いつか釣り合うときが来るのな。そのときが本当にカレサニアンが社会進出して問題のない時期なんな。無理をすると、どこかに歪みが生じてしまうのな」
似たような問題は星間銀河人類も孕んでいる。精神的性別問題がそれだ。今は広く知られ受け入れられていても、過渡期を経るまでは白眼視の対象だった頃もある。それは今でも完全に解消されたとはいえない。
(悪いばかりじゃないっていうのが難しいところなのよね)
データを見れば、カレサニアンの婚姻率は星間銀河圏で群を抜いている。それがナナンマの効果なのだ。彼らの繁殖力の源だといえる。
(相手にとっても悪い気分じゃないっていうのもね)
今もラフロの視線に熱情を感じるのがデラの女のプライドを満足させているのも事実なのだった。
次回『ポレボーの正体(1)』 「逃げだしてきたら即座に拿捕せよ」
 




