ハイド&シーク(2)
いつもなら哨戒みたいな半端な緊張感を強いられる任務など遠慮したいものだ。しかし、今の基地のピリピリした空気にはいたたまれない。
それもこれも想定外に落下を始めてしまったポラボーと、はした金に釣られて落下をもらしてしまった兵士の所為。でなければ、政治家やタレントのゴシップに紛れて秘密裏に軍事費に予算を組み込むのも無理ではなかっただろう。
『左舷、メレスチンが登ってきます』
「はいな」
システムが電波、重力場双方のレーダーに映る反応を告げてくる。
ぎりぎり名前の付いているトリグルの衛星の一つだ。直径にして3000mしかない。定義上は衛星とされているが岩と呼んで差し支えないサイズ。どこからか飛んできて重力に捕まったタイプの衛星で、静水圧平衡による球形でもない。
「まったく、ポーラ4とポーラ8がヘマしなきゃ。グエンとロッティでしょ? 威張りくさってるから、いつもの調子で脅したに決まってる。よりによって管理局絡みの船を沈めるとか」
操舵士の女は不平をもらす。
「そう言うな。皆ににらまれて、いつになくしょぼくれてたろ? いい薬になったんじゃないか」
「はっ、どうせ二週間もすれば元通り。階級を嵩に好き勝手言い始めるに決まってる。処分されればよかったのに」
「停船強要の事実そのものをなかったことにしようとしているのに処分なんてできるわけないさ。それでも内部査定は下がってるから連中の昇進は遅れる。今のうちに追い越して意趣返ししてやれ」
くっきりとした輪郭のまま徐々に視界の中で大きさを増してくる衛星を左舷に置いたままフライパスしようとする。適当に眺めていたゴツゴツした表面に人工物が見えたような気がした。
「え……?」
咄嗟に思考につながらない。
「どうした?」
「なんか見えた気がした」
「なにがあるってんだ。時空間復帰反応はないんだぞ?」
反応観測後に急行するための哨戒任務である。
「でも、なんか光ってたような」
「錯覚だ、錯覚。夜シフトが面白くなくて朝から飲んだくれてたんじゃないか」
「いや……、飲んでたけど。見えたの嘘じゃないから」
真剣に訴えるとサブシートの男もふざけた顔を改める。警備艇を減速反転させてメレスチンに最接近を試みた。すると金色の光がスーッと裏側へと流れる様子が目に映る。
「アンノウン確認! 全機発進!」
「はぁ、なんだってんだ?」
コクピット待機しているパイロットに発進をかける。
「メレスチンの影になにかいる。追って」
「マジか、こんなところで」
「急げって」
搭載している三機のアームドスキンが急発進して航跡を刻む。彼女は回り込む噴射光を目で追いながら反対側も警戒した。しかし、一分後に姿を見せたのは搭載機である。
「なんにもいなかったぞ?」
パイロットは怪訝な様子。
「こっちに来たか?」
「来てない。よく見たの?」
「見たぜ。お前こそ夢でも見たんじゃないのか?」
疑われてしまう。
「もー、システム、ガンカメラ分析掛けて」
『お待ちください。……いかなる機影も確認できません』
「うそ」
彼女の脳裏に一瞬だけ見えた魚影のような形がよぎる。噂に聞いた、トリグルに沈没してしまった小型艇のフォルムがそれだ。
「恨んで出た?」
「おいおい、今どき幽霊船なんて流行らないぜ」
サブシートの男は片眉を上げる。
「じゃあ、さっきのは? あんたも見たでしょ?」
「み、見えた気もするな。映像証拠があれば確実だ。システム、さっきの光映ってるか?」
『光とはなんでしょう? 質問の意味が解せません。明確な質問をお願いします』
「残ってないの!?」
操舵士の女は震えあがった。
◇ ◇ ◇
ワイヤーのキャッチを外すと岩石の板が外れて落ちていく。ラムズガルドが衛星の表面からブレードで斬り取ったものだ。数十枚に及ぶ岩板をすべてガス惑星の重力に食わせてしまうとラフロも船内に戻ってくる。
「泡食ってたわね?」
デラはお腹を抱えて笑っていた。
「いると匂わせて焦りを誘うのもハイド&シークのテクニックなんな」
「相手のシステムに干渉して記録を消す電子戦まで絡めたらビビるに決まってるじゃない」
「プレッシャーで混乱させられればこっちのもんだね」
フロドも意地の悪い笑みを浮かべている。
再びターナ霧をまとって隠密航行に移行したイグレドは小さな衛星から離れた。彼らの接近阻止から始まる混乱が収まりつつあった軍側の情勢を意図的に掻きまぜにかかっている。
「ポラボーの警備が一番厚いのはわかりきってるけどこんな搦め手必要?」
振り切ったのだからそのまま接近してもよさそうなもの。
「いきなりは刺激が強すぎるんな。反動が強硬な攻撃になるのは避けたいのな」
「まあ、驚かせすぎてしまうのはね」
「でも、時間掛かるんな。この一手だけじゃ足りないのな」
タイムリミットを匂わせる。
「私も軍事的衝突は本意じゃないわ。ラフロ一人だと限界あるだろうし、恐慌起こしてたら星間管理局の名前もどこまで効くかわからないしね」
「ラフロのほうは大丈夫なんな、特にこの時期は」
「そうなの」
(表には出さないけど、彼なりにバカンスを楽しみにしているのかしら。付き合いの長いノルデにはそれがわかるのね)
青年の意外に微笑ましい一面を感じる。
「そこは任せておきなさい」
伊達にフィールドワークで星間銀河圏中を駆け巡っているのではない。美味しいものから珍味まで知っているし、色んな楽しみ方ができる場所も心得ている。決して有名ではない穴場的スポットも。
「本気なんな?」
「え? ええ、びっくりさせてあげる」
「大胆なんなー」
予想外の反応を怪訝に思いつつも胸を叩いたデラだった。
◇ ◇ ◇
警備艇ポーラ7はガス惑星の大気圏のすぐ上を飛んでいる。正確にいうと曖昧なあたり。周囲の水素イオンはかなり濃く、薄紫のプラズマブラストがオレンジの粒子をまとっている。
頭上にアンモニアの雲が流れる背面飛行の姿勢。隠密航行で電波レーダーから逃れ、惑星の大質量を利用して重力場レーダーからも逃れようとしている相手を見つけるために。
「隠れてるんならこのあたりだ。低軌道に紛れるしかない」
操舵レバーを握る兵士はうそぶく。
「騒いでるのはポーラ11の奴だろ? まったく幽霊船とか、どこの古典文学から引っ張ってきたんだ。検知能力の発達した現代でそんな代物存在できるか。すぐに暴いてやる」
「でもなぁ、本気で震えあがってたろ?」
「度胸がないから変なもんを錯覚するんだよ。やましいと思ってるからそうなっちまう。管理局がなんだってんだ? 偉そうにしたって、俺らの税金が巡り巡って加盟拠出金になってる。負い目なんてないんだぜ」
彼は怖れる必要などなにもないと思っている。向こうはサービスを提供する側でこちらは受ける側。対価は支払っているのだから、相手を上に置いて考えたりしなくていい。
「だがよ、経済が回ってるのは管理局が間で取り仕切ってくれてるからじゃん。実際に星間法で守られてる部分もある。ないがしろにはできないんじゃね?」
「そう見せかけてるだけだって。詰まるところ国と国の付き合い。昔は当たり前にやってたんだから、通信の発達した今できない道理がどこにある?」
「そうなんかもしれないがな、やっぱ利益を言い張るばかりじゃぶつかるだけになりそうな気がするぜ? 中立の存在って重要だと思うんだがな」
今日はサブシートに収まっている男の弱腰意見を聞きながらなんとなく上方カメラのパネルを見る。そこでステアラーの男は目を剥いた。
「なに?」
「どうした?」
彼に見えていたのはアンモニアの雲に霞む魚影のような影だった。
次回『ハイド&シーク(3)』 「冗談じゃない! 呪われて堪るか!」
 




