ハイド&シーク(1)
退去を命じられようが従う義理はない。確かに目の前のガス惑星のトリグルや調査対象である衛星ポラボーの権利は惑星国家レーレーンにあるが、それは使用権だけで接近を咎められるものではない。
「どうするのな?」
ノルデにユーザーとしての判断を問われる。
「胡散臭いわね。深入りしたくなかったりする?」
「デラの意見を尊重するのな」
「だったら調べたい。どう見たって隠し事があるみたいよ」
美少女はデラの隣のキャプテンシートを見る。
「システム、防御フィールド展開。ターナ霧を充填せよ」
『ターナ霧、放出します。現時点より電波レーダーは無効。重力場レーダーに注意ください』
「承知」
ラフロが命じると、イグレドのシステムはターナ霧を船体にまとわせる。それで相手の電波レーダーからは消失したはず。彼らの側も観測法を一つ失うことになるが。
「小型艇イグレド、隠密航行を解除してこちらに従え。くり返す、隠密航行を解除せよ」
ターナ霧を使用しての隠密航行を咎められる。
「従えぬ」
「従わないならば強制的に停船させる。これは単なる警告ではない」
「民間船相手にそれをやる? 星間法に抵触する行為だけどかまわないのかしら」
航宙保安事項に挙げられている。
「他国の偵察行動と目されるならば阻止する権限はある」
「大学の調査目的だって言ってるのに?」
「それは拿捕したあとで捜査する」
警備艇には強行する意思が見られる。普通の民間船なら怖れて折れるだろうが、デラの乗っているのは遥かに高性能なイグレド。脅しに屈する義理はない。
(とりあえず足留めをしてから間違いでしたで処理する気ね。時間を稼いで、そのあいだに政治的に解決を図ろうとするんだわ)
手の内が見える。
「ターナ霧を使ったってことはハイド&シークをする気なんでしょ、ノルデ?」
ナビシートを占める人物に尋ねる。
「あとが面倒ならやめるんな。でも、連中をイグレドに入れるつもりは毛頭ないのな」
「なら隠れるか撤収するかの二択なわけね。隠れましょう」
「加速するんな、フロド」
「了解っと」
現在は光学監視も可能な距離。電波レーダーから隠れられても重力場レーダーの観測からは逃れられない。有効範囲の9000kmから外れるか、あるいは重量物の影に入るかなどの手段を講じてからが本格的なハイド&シークになるのだ。
「逃げきれる?」
航宙制限速度で有効範囲外に出るには普通に飛んでも一時間近くを要する。
「不要なんな。もってこいの障害物があるのな」
「障害物って?」
「ガス惑星なー」
縞模様を見せる巨大天体を指で示す。
「あの巨大重力に紛れれば重力場レーダーなんて意味を為さないのな」
「たしかに。ただの民間船なら近づきたくはないでしょうけどイグレドならね」
「軽く潜るんな」
見せかけのプラズマブラスト推進で進路を惑星への降下へ。警備艇は距離を詰める速度を緩める。ガス惑星の大気圏まで追ってくる度胸はない。
トリグルの表層大気はほぼ水素。噴射される水素プラズマに引っ張られて一部がプラズマ化する。イグレドは長い尾を引きながら大気層へと潜っていこうとしていた。
「よせ! やめろ! 脱出できなくなるぞ!」
追っておいて警告してくる。
「退去するなら拿捕はしない! そんな無茶をするな!」
船体が霞んでくるほど高度を下げるのを見て慌てている。ガス惑星で推進や戦闘に用いる資源を採取するときでも表層を舐めるようにしか降下しない。見えなくなるほどの高度まで潜れば推進機に異常をきたす可能性が跳ねあがる。
「お、おい、沈んだんじゃないだろうな? 応答しろ!」
完全に見失ったようだ。
「本当に公務官大学の教授さんだったらどうするんだ? 責任問題だぞ?」
「知るか! 勝手に落ちたのまで面倒見れん! ろくでもないもの積んでたんじゃないのか?」
「そんな理屈が通用すればいいがな。相手が星間管理局じゃ……」
この期に及んでひと悶着。
イグレドはすでに重力波フィン推進に切り替えている。噴射をしない推進方式なので大気成分など気にする必要がないのだ。防御フィールドの効果で船体に接する大気も半分以下になっている。
「目くらまし完了なー」
美少女がほくそ笑んでいる。
「大慌てね。高圧的な態度を反省すればいいわ」
「これで振りきったんな。ノルデは警備状況をチェックしてみるのな」
「私もちょっと調べてみたいことがあるから」
「早めにお願いなんな」
デラは承知した旨を告げて自室へと向かった。
◇ ◇ ◇
「は、星間管理局のチャーター船を沈めた?」
レーレーン軍のサウズ・チャナルは呆然とする。
「いえ、公務官大学がチャーターしたものだという主張で……」
「同じことだ、馬鹿者!」
「も、申し訳ございません!」
声を荒らげずにいられない。
「なぜそんなことをした?」
「基地からの指示はどんな相手でも近づけるなということでしたので退去を命じましたところ、トリグルへと逃げ込んでいきましたのでやむなく」
「追い込んでしまったか」
(どう釈明する? 相手が操船を誤ったくらいしか言い訳できんぞ)
頭が痛い。
「接触した二隻の記録をコピーしてシステムから消去せよ。物理メディア以外に残すな。物はこちらに提出させろ」
「了解いたしました、基地司令」
サウズは軍本部への報告案を頭の中でひねり回した。
◇ ◇ ◇
(衛星ポラボーのこれまでの軌道は、っと)
デラは参照できる記録を拾い集める。
小さい岩レベルまで合わせると百近い衛星を持つトリドル。その中でも平均的な物とあって観測例は少ない。航宙保安上問題がなければ見向きもされないサイズだからだ。
(データはたったこれだけ?)
パネル三つ分に満たない。
(でも、傾向はつかめる。それほど不安定な感じしないわね)
ガス惑星クラスの巨星になると衛星の落下など珍しい事例ではない。惑星リングは崩壊限界軌道以下まで高度を落とした衛星の残骸や、吹き払われた衛星表層の粉塵などで構成されている。
(離心率は0.1と少し。減衰傾向は見られなくもないけど緩やか。いずれは落ちるとしても、ちょっと急すぎるかしら)
不自然といえば不自然といえる。
(誰が注目していたわけではないけれど、いきなり落下すれば気づかれないほどじゃない。多少の話題にはなる。注目されたくなかった?)
ポレボーが落ちては困る理由があった。しかし、救済するには秘密にしておけないほどの予算が掛かる。ならば資源価値があるとしておくのが順当だった。
(そこを予算監視委員会などという政治団体にツッコまれた。反政府じゃなく反政権と評するべき? バックには野党が付いていても変じゃないわね)
それに便乗したのが星間管理局だろう。レーレーンに不穏な動きがあって、それにポレボーが関与していると思われる。刺激するためにデラとイグレドチームが利用されたと考えていいだろう。
(案の定、過敏な反応を示したのが国軍。出した尻尾は掴まれる運命。私が中途半端に手を出すと巻き込まれそうなのよね。遠慮したい)
だが、調査依頼は受けてしまっている。面倒だからと中止するのは無理だ。管理局が期待するものではなくとも、なんらかの結果を提出しなくてはならない。
(民間にも管理局にも批判されずに上手に逃げる方法を探さないと。なにが必要? 真相を探ってから落としどころを見つけるのが良さそう。ただね、時間掛かっちゃうわよね)
そこがネックになろう。
(うーん……、私が安全に避難するためにラフロたちには泣いてもらう? ちょっとくらいバカンスが短くなってもいいわよね。その分、楽しませてあげる努力をすれば)
デラは計算を巡らせた。
次回『ハイド&シーク(2)』 「なんか見えた気がした」
 




