深海の覇者(2)
「とにかく、星間平和維持軍に救助要請を出すわ」
イグレドチームでは埒が明かない。
「すぐに来てフェフを救出してもらわないと」
「止める権利はないのな。でも、軍が来てどうなるんな?」
「あの怪物を殺して体内からラゴラナを取りだしてもらうの!」
ラゴラナの装甲が簡単に溶けるとも思えないし、操縦核となればさらに強度が高い。レチュラは望みがあると思っている。
「あの水圧だとビームランチャーも使えないのな。数を頼んでも通用しない気がするんな」
彼女の知らない事情が突きつけられる。
「じゃあ他になにができるって言うの? あなたたちもフェフを見捨てる気なんでしょ! すごいって言われてるけどとんだ役立たずじゃない。拡散してやるんだから」
「勝手にするんな。ちゃんと考えられないみたいだからノルデたちで対処に動くのな」
「はいはい、好きにしてちょうだい!」
腹立ち紛れにヘルメットをメッシュフロアに叩きつけて機体格納庫をあとにする。言い訳と時間稼ぎに付き合う気はない。彼女だけでもどうにかしたいがラゴラナ一機でなにができるわけもない。
(どうしよう。どうすれば……?)
考えがまとまらない。
(通報する? こんな場所じゃGPFだってすぐには来てくれない。他に頼りになるのって?)
「あ!」
思いついて部屋に備え付けのコンソールに食らいつく。
「もしかして通信できなくされてるかも。使える?」
意外にも連絡先への通信表示が出る。しばらく待つと応答表示に変わった。
「どうした、チューリ? なんかトラブルか?」
投影パネルには中年男の顔。
「助けてください、教授!」
「俺にできることはなんでもしてやる。まずはその涙でべとべとの顔をどうにかしたらどうだ?」
「あ、その……」
教授のジャナンド・ベスラを相手にするのに、完全に頭から抜けていた。
「すみません。どうすればいいかわからなくって」
「落ち着け。な? 順を追ってちゃんと説明しろ」
「はい」
探索開始からフェブリエーナが連れ去られるまで一部始終を話す。ラゴラナからの映像データも転送してしっかりと説明した。
「おー……、そうか。大変だな」
顎をこすっている。
「早くなんとかしないと。でも、わたし一人ではどうにもできなくて」
「だがな、お前、いくらなんでも役立たずは言いすぎだ。イグレドは探査チームとしては間違いなく優秀で、おそらく星間銀河圏有数の対処能力があるぞ?」
「でも、なにもできてないじゃないですか!」
制するように手の平を向けてくる。
「今からやるんだ。いいか? 聞いた限り未曾有の事態だ。なにがどう作用するかわからない」
「あの人たちで対処できないんだったらGPFに頼むしかないです」
「まあ、待て。彼らが匙を投げたなら俺から救援要請をする。だが、対処すると言ってるならなんとかしてくれるはずだ。そんなに興奮せずに話を聞いて協力しろ」
説得される。ベスラ教授も当てにはなりそうにない。
(失敗したかもしれない。相談してしまったから勝手ができなくなっちゃった。ここで通報したら教授の意見に逆らったことになってしまう)
歯噛みする。
「フェフが今どうなっているかはまだわかってない。とりあえずは、それを確認するよう打診してみたらどうだ? 状況を確認して動かないとマズいぞ。ましてや巨大なやつを怒らせてしまうと手が出せなくなるかもしれない」
「そうですけど」
「不安かもしれんが信じてみろ。少なくとも邪魔はせんほうがいいぞ」
(釘を差されてしまった。もう、なにもできない)
レチュラは泣きたくなった。
ゼミの和を乱すわけにはいかない。それは彼女が最も避けるべきだと考えている点。友人に豪語しておいて自分が放りだされるようでは話にならない。
「動きがあったら連絡しろ。いいな?」
「……はい」
それ以外に返事のしようがない。自縄自縛に陥ってしまった。これでは助けに行くことも叶わない。
(なんてこと。わたしまで見捨てることになっちゃった。大切なフェフを……)
ベッドに身体を投げだして顔を覆う。
(同期の友人だなんて誤魔化していられない。フェフは大切な人。異性を含めて人間関係に苦しんでいた頃のわたしに屈託のない笑顔で接してくれた唯一の……)
キャリアのために我慢を重ねていたレチュラの心の救いだった。好きだという感情は認めている。それが社会的にはマイノリティに属する感情でも止められるものではなかった。
彼女と恋人同士になれるのを夢見ている。世間的に非難されたり蔑視の対象になることはないともわかっている。そんな風潮ははるか過去のもの。
(ただ、フェフに拒まれるのが怖かった。打ち明けて、もし怯えられるようなことになったら耐えられない)
それだけは避けたかった。
(恋人になれなくても今の関係が途切れるのは嫌。ましてや想い半ばに失うなんて。教授が言うみたいに協力するのが正解なの?)
感情的に許せない。最初から素っ気なさを覚えていたのだ。ラフロの事情は聞いてはいても、絆を感じられない以上ただの打算でしか動いてくれないと思ってしまう。それでは困るのだ。
(どうすれば、もっと熱心にフェフを救出してくれようとしてくれる?)
まとまらない考えにレチュラは身悶えした。
◇ ◇ ◇
ふわーり。ゆらーり。体が揺れる。まるで母親の胎内にいたときのようだとフェブリエーナは思った。そんな記憶はないのだが、水に漂う感じが似ていると。
「あ、わたし!」
思いだす。レチュラやラフロと別れてしまったのだ。あのあと、急激に高まる外部の水圧と加速、それに伴うセンサー情報の流入で恐怖を抱き失神していたらしい。
「センサーと相性いいのも考えものだねー」
体感しているものと脳が錯覚してしまい、過剰反応を起こしてしまった。自発的機動による変化であれば補正が掛かるのだろうが、外力によるものだったので頭のほうの処理が追いつかなかったのだ。
(んーっと、補正は生きてるから)
設定値関連を確認する。
(深度1200m。駆動限界深度、超えちゃってる。まあ、超えたからって急に動かなくなるものじゃないって話だし。駆動力がちょっと落ちる程度かな)
操縦核の生命維持機能に問題はない。ラゴラナの装甲にも支障は出てない模樣。すぐに圧潰しかねないような状況ではない。
「水温は……、あれ? 非接触? 測定値に概算マーク? 外は、っと」
最前から気になってはいたのだが、モニターに映されているのは外の様子ではない。なにかが押し当てられて、わずかに乳白色に見える。暗視補正による仮想着色の表示が出ていた。
「あの大っきいののお腹の中かな」
消化されようとしているのだろうか。アームドスキンの装甲を溶かせるほどの酸性の消化液を持っているとも思えない。そんな強い酸だと自身も溶かしてしまう。
「脱出しないと。心配かけちゃう」
駆動は落ちても端子突起は正常に作動するはず。逃れさえすれば浮上はそう難しくないと思われる。フィットバーに腕を添えて押し広げようとする。
「動かなーい。そんなに強いの、胃袋」
モーションフィードバックがかなりの抵抗を示している。彼女の力では動きそうもない。兵士のように操縦のために鍛えてはいないから。操縦技術さえ危うげである。
「自力でなんとかー」
精一杯気張るものの全く抵抗は緩まない。そう思っていたら急にすとんと抜けた。ラゴラナの腕が一気に広がる。
「あっちゃー」
胃袋の中ではなかった。触手に巻かれていただけだった。先ほどからの揺れは、単に揺すられていたかららしい。
「今から食べようとするとこだったのかー」
フェブリエーナは巨大な胴体を前にどうしようか迷ってしまった。
次回『深海の覇者(3)』 「じゃあ、どうすればいいかな」




