近くて遠く(1)
(人間って面白いのなー)
ノルデは今回の乗客二人を眺めながら思う。
対立しながらも遠慮がある。近づき過ぎもしなければ遠ざかりもしない。批判しながらも相手のことを考えている。
身体は心の乗り物であるはずなのに言行が不一致になる。感情と逆の行動をする。それで気まずくなって後悔をする。非合理的なのに、何度でも同じことをくり返す。彼女からみると不自然なことこのうえない。
(感情に司られてるからこんなことになるんな)
養い子には見られない傾向である。
(もしかして楽しんでるんじゃないかって思えてくるんな。それなのに傷つくんだから始末に負えないのな)
議論が物別れに終わったあと、フェブリエーナとレチュラは自室に籠もっている。到着すれば否応なく協力しなければならないのに先延ばしにしている。
「仲悪いね、あの二人」
フロドはどうしていいかわからない様子。
「なんでだろう? 意見が違うのはそうなんだけど、合わないのとは違う気もするし」
「吾にはわからぬ」
「複雑な感じだよね」
この兄弟仲も複雑だが対立することはない。
「額面どおりに受けとれぬようだ」
「うん、言葉の端々には思いやりみたいなのを感じるんだけど、それだけじゃないのかもって思うとこもあるし」
「意地っ張りなのかもしれぬな」
意地というより、その根底にあるものが大事。表の感情、裏の感情、裏腹な思いに伝わらない思い。様々なものが絡み合って妙な関係性を築きあげていた。
「嫌いじゃないのに仲良くできない。こんな矛盾ってある?」
「あるのなー」
「これなら大人の企みのほうがわかりやすいかも」
偏った成長でも、彼の身上を考えると悪くはない。
「仲立ちしたほうがいいのかな?」
「それは駄目なんな。あの二人の間に挟まると各方面から批判が殺到するのな」
「各方面ってどこ!?」
ノルデは慌てて阻止する。それが少年でも許されない場合があるのだ。人の感情というのはままならないものである。
『最終超光速航法が可能です』
「うん、そのまま実行」
フロドが指示するとイグレドは虹色の転移フィールドに包まれる。刹那の間をおいてバナトロニカ星系の内軌道に時空間復帰していた。
「これは大っきいや」
少し距離があるが惑星ノニカンが浮かんでいる。
「惑星五つ分増量してるのな。立派な大型固体惑星なんな」
「あれならば巨大生物も頷けるが」
「今は近日点への中間を超えて加速中なんな。これからは生き物も住めなくなるほど暑くなる一方なのなー」
離心率の高い天体は公転速度が一定ではない。近日点に向けて加速し、遠日点に向けて減速する。
ノニカンの公転周期は銀河標準時で二年八ヶ月。うち二ヶ月をハビタブルゾーンの内側、六ヶ月を外側に位置する。それ以外の二年の半分ずつを温暖期が占めている。
「ハビタブルゾーン内を公転している今がフェフの言ってた微細生物の繁殖期なんだよね?」
一年の間に増殖活動を行っている。
「植物の作る有機物を利用して繁殖してるんな。ある程度は植物サイクルにも影響されるけど、ほとんど腐葉土みたいな堆積物の中で生きてるのな」
「それ以上のサイズの地上生物が生まれるのは無理なのかな?」
「耐久卵みたいな形でなら灼熱期や極寒期を生き抜けるかもしれないのな。でも、そこまで進化する時間が与えられてないのな」
安定期がなければ生物の進化は難度が高い。
「一年ってスパンは短いね」
「変異で多様化するのが精一杯なんな」
「まともな生物が生活できるのは凍らない深海だけかぁ」
定期的に干上がったり凍りついたりする浅海を生活の場にするのは難しい。温暖期に発生する耐久型プランクトンを捕食して成長するくらいが関の山だろう。
「見ている分には普通の惑星なんだけど」
望遠であれば陸と海で彩る模樣くらいは見えるところまで接近してきた。
「今が植物の繁茂のピークなんな。これから暑くなってくると耐久胞子を地上に撒いて焼けて枯れるのな」
「そっか。虫もいないから被子植物に進化もしてないんだ」
「やっぱり厳環境下だと多様性は生まれにくいのな。ただし、それを生き抜いて進化した生物の生命力は比較にならないのなー」
例えば兵器型の素体になったヴァラージ。真空中でも生存可能で、生体ビームのような武器まで備える。力場を操り宇宙空間を飛行し、あまつさえ炭素生命を融合同化する。異常ともいえる生命力を持っている。
「それじゃ、この惑星みたいなところで超生命が生まれる可能性もあるんだね?」
「なのなー。それには数億年の長い長い時間と奇跡みたいな偶然が必要なんな」
「普通の学者さんじゃ観察できないか。ノルデみたいな存在じゃないと」
「不滅ではないかもしれないのな。それはノルデたちにもわからないなー」
構造的な寿命はない。しかし、信号の集積である精神活動にも寿命がないかと問われれば回答はできない。誰も正解を知らないのだ。
「吾がノルデと同じ時間を生きるのは無理か?」
「不死を望むのな?」
ラフロらしくない願望を口にする。
「死を怖れはせぬ。ただ、そなたの無聊を慰められる存在になれればと思った。肉体など捨ててもよい」
「難しいのな。創造主のナルジ人……、先ゼムナ人は不死のために人工知性を作ったんじゃないのな。単純にサポートシステムなんな」
「そうなの?」
少年も目を丸くしている。
器を作ってそこに意識を持つ存在を作りあげる。感情を持つにいたれば、それは生命と同義になるだろう。そういう器を製造できるようになれば、精神を移すことで不死が実現すると考えたのかとラフロたちは思っていたのだそうだ。
「ノルデたち個は仮想存在なんな。生きるために必要な欲求を持ってないのなー」
必要がない。
「人間っぽく見えるけど生命とはかけ離れてるのな。だから、確固たる枠を持たなくとも存在できるんな。でも、この器に人間の精神を入れると自己を確定できなくなるのな。無理して入れると精神崩壊するんな」
「えー、難しくてわかんないや」
「ノルデが見せてるのも仮想的な感情なんな。創造主の真似事でしかないのな。学習で得た極めて複雑なプログラムなんな」
その域を超えていないと思っている。
「果たしてそうか?」
「現実にそうなんな」
「違う。人間の感情が学習で得たものと差があるのか?」
ラフロの指摘に絶句する。青年だからこそ言える台詞であるからだ。感情は、彼が学習できなかったから持ち得なかった。ならばノルデのように後天的に得た感情と、成長とともに得た感情に違いはないと訴えている。
「理屈としては合ってるのな。でも、人間の精神が仮想存在になると耐えられないのは本当なんな」
肉体に沿って発達したものは存在を異とする。
「義体に固定化するのが限界だったんな。膨大な記憶容量を持てる器は精神を希薄にさせるのな。行く先は消滅だったんな」
「精神が同じものならばよい」
「そうそう。ノルデも僕たちと同じ、家族でいいんだ。兄ちゃんはそういうことを言いたいんだよ」
境目がないと言われると困惑する。現人類を見下すわけでも上に置くわけでもない。ただ、彼らの望む主として足るか否かを見極めようとしてきたのだ。横一線では根底から崩れてしまう。
「難しい注文をするのな。ノルデは求められるものであればいいのな」
「吾もそなたに求められるものであろうとしてきた」
「そこを飛びだして成長してくれないと困るんな」
(立場が逆なんな。存在意義を覆されるとやりにくいのなー)
難しいとは感じても、それを心地よいとも思ってしまうノルデなのだった。
次回『近くて遠く(2)』 「今そんなこと言う?」




