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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
深き海のエレジー
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仲悪きことは(3)

 ノニカンの生物調査が行われたのは六ヶ月前、銀河標準時で180日前である。一年が十ヶ月なので半年以上前ということになる。

 ちょうどラゴラナが導入されて有用性が認められてきた頃。その一環の意味があって、改めての生物調査だった。


「というのも、ノニカンにはとても深い海があるんです」

 生物学者のフェブリエーナとしては非常に興味深い点なので熱が入る。

「地上は一年のうちに灼熱から極寒を経験します。それこそ普通の生物にはまず耐えられない温度差で。なので防御をします、形態を変化させることで気温に耐えようとして」

「どんなふうに? 気温推移データからすると普通じゃ無理だよね」

「はい、木の実みたいに硬い殻を作って暑さと乾燥に耐え、地中にひそんで寒さに耐えます。すごく強力な殻で、宇宙空間に長期保存しても条件が整えば再び本来の生態に戻れるほどのものでした」

 少年は感心するが彼女の感想は違う。

「生物学者にとってそれほど珍しい種ではないんです。どこの惑星(ほし)にも少なからず厳環境に耐える生物がいるものなので」

「そうなの? 知らなかった」

「だって、それらのほぼ全てが肉眼では見えないような種ですから。ノニカンの耐用種も、複数細胞を作られていても小さな小さな生物ばかりでした。それは以前に発見されてたので研究も進んでます」


 環境に耐えることのみを主眼に置いて進化をした生物たちだ。非常に窮屈な状態でも生まれて繁殖しようとするのは、生命の頑強さを示しているようで面白くもある。


「前回の調査は別のところに視点が置かれていました。さっきも言ったみたいにノニカンには深い海があるんです」

 フロドもなにかに気づいたようだ。

「海の深いところだと気温の影響を受けにくい?」

「そうです」

「そこになら、他の惑星で見られるような魚類がいるかもしれないって考えた? で、ラゴラナならその深海探査にも耐えられると」

 少年の洞察力には驚かされる。

「そのとおりです。深海探査機で原始的な魚類の仲間は発見されてたんですけど、あまり珍しい種は認められなくて放置されてきました。でも、活動範囲、時間ともに伸びた探査専用機があれば新たな発見があるのではないかって」

「それで潜ってみたわけなんだね。そこで事故?」

「ええ。しかも、なにが起きたのかわからない状態の事故だったんで、本格的な調査をすることになったんです」


 生物学関連はとくにフィールドワークが多い。当然として手がまわらず、外部スタッフを入れることが当たり前になっている。

 そんな状況だと外注事業者が進出する余地もある。本件もそんな外注事業者の調査中のこと。ラゴラナを貸与されたパイロットスタッフは突然の事態にパニックを起こして逃げ帰ってきたのだった。


「なにがいたのな?」

 ノルデが首をかしげている。

パイロット(ほんにん)曰く、急に現れた巨大生物に襲われかけたのだと。身の危険を感じて調査を中止したとの言い分でした」

「巨大生物なー。痕跡はあるんな?」

「いえ、これまでの調査ではそういったものは見つかってなくて」

 なので外注調査で十分だと判断されたのだ。

「安いとこ使ったんでしょ。惑星探査の危険性もわかってない、腰の座ってないとこを」

「それなりに信用があるところですよ? ラゴラナを貸与するくらいですから」

「本当にそう?」

 疑惑の視線を向けてくる。


 レチュラは民間調査会社を信用していないらしく辛辣である。恒星進化学ではあまりに広範な知識を必要とするため、ほぼ民間は使わないと聞いた憶えがある。

 一般社会では実用性に乏しい学問なのも確か。それゆえに、いささか敷居の高い分野なのでプライドの高さを感じさせる人物も多い。


(ベスラゼミってジャンさんが人当たり良いほうだから、そういう傾向低いけど多少はね)

 若干鼻につくところはある。


「大型の熱水噴出孔かなにかを見間違えたんじゃないの? あるいは、そういうことにしたかったとか」

 疑いの言葉は続く。

「大丈夫なの? ラゴラナの技術盗まれてない?」

「そういう目で見るの失礼でしょ? そんな簡単に盗めるようなものでもないし」

「まあ、ね」

 反論できまい。

「イグレドだから要らないですんでるけど、行き先にそれなりの設備と人員がいないと運用もできないアームドスキンなんだもん」

「うちも専用スタッフ連れていくくらいだけど」

解体(バラ)したら戻せなくなるだろうし、警報も出るからわかるよ。透過検査で解明できるような構造じゃないもん」


 どの分野にも応用できる汎用性の高いラゴラナではあるが、それだけに整備に難があるのは事実である。その点、イグレドを利用すれば悩む必要はない。


「大学はもちろん、どこの研究所も活気づくほどの革命的な機材なのは本当」

 メルケーシン(ちゅうおう)学会では話題持ちきりなのはレチュラも認める。

「本件みたいな深海調査でも、潜水艇を母船にして探査機を送りださなくていいんだもん。自分で行って、臨機応変な観察や採取行動だってできる。チューリだって普段は近づけないくらいの場所まで恒星に接近できたりするって興奮してなかった?」

「蒸し返さないでよ。恥ずかしいから」

「今の感じで研究が活発になったらそれだけ役に立つって認められる、ラゴラナも学問も。それが重要……、って先輩も言ってたの」

 受け売りなのが恥ずかしくなって付け加える。

「人手があればそれだけ調査が進むっていうのは確かよ。でも、今回みたいに失敗するケースも増えてくるんじゃない?」

「そうかも」

「今回もエンギットゼミが外注に出した調査だったんでしょ? その尻拭いをどうしてフェフがやらないといけないの? 体よく使われてるって証明よ」


 話が振り出しに戻りそうな気配。失敗したと思ったが軌道修正する暇もなかった。


「身軽なあなたならすぐ動けるって思われたから。それでいいわけ?」

 追及は厳しい。

「いいもん。ノニカンの生態系には前から興味あったし」

「だからって駆りだされて平気? イグレド(ここ)にも縁があるからちょうどいいって思われてんのよ? このままじゃフィールドワーク要員みたいな扱いになっていって、いつまでもキャリアを積めないから」

「大丈夫。頑張ればいいんだもん」

 時間を上手に使えばなんとかなるはずだ。

「あっという間に時間は過ぎていくわ。そのうち無理も利かなくなる。そのとき使ってもらえる? 実績もなしで身軽さも見劣りしてきた頃に後悔するのは他でもないフェフじゃない?」

「……それまでには結果を残すもん」

海翼人(ロレンチノ)みたいなの? あんなケース、幸運がないとそうそう出会えないから。偶然に頼るなんて不安定だわ」


 そうはいうが、研究で結果を残すのは宝探しとそう変わらないと思っている。努力だけで常に新しいなにかを見つけるなど不可能。磨くべきは着目点と観察力。それを集団でやれば視界が広がるのは否めないが。


「チューリだって……、チューリだって今すごい発見したって半分以上はゼミとか教授の手柄になっちゃうんだもん。それってキャリアになる?」

 どうにか反撃する。

「ベスラ教授はそんなことなさらない方よ。そういう方が指導するゼミを選ぶのも処世術。心得て動かないと上手くいかないのをわたしが理解してないとでも思ってる?」

「うう……」

「自由気ままにしてたら置いていかれるの。それは間違いようのない事実。フェフのは大人のやり方じゃないって言ってあげてるのがわからない?」


(また上から目線で子供扱い。チューリには拙く見えてるかもしれないけど、わたしにはわたしのやり方があるんだから)


 フェブリエーナはくすぶる不満を胸の中に閉じ込めた。

次回『近くて遠く(1)』 「各方面ってどこ!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 いや、何かを新発見出来るのなんて、 全ての分野でも一握りだけよ?
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