仲悪きことは(1)
フェブリエーナ・エーサンが受けた依頼はバナトロニカ星系第一惑星の生物調査であった。とはいっても、その星系に惑星はわずか三つしかない。
小さな惑星系でも六個くらいの惑星がある。大型星系ともなれば二十を超えることもそう珍しくはない。少なさは群を抜いている。
「とゆーのも理由があるんです」
「いや、話聞いてよ!」
探査惑星の説明をはじめたら文句を言ってきた。たしかに別の話をしていたのも本当。しかし、何度聞こうが中身は変わらない説教なので無視しただけ。
「いつまで好き勝手ふらふらしてるつもりなのよ!」
「実は惑星ノニカンはですね……」
大学での立場のこととなると彼女とはいつも噛み合わない。
今回の相棒は恒星進化学ベスラゼミの准教授レチュラ・ドナッティオ。あのジャナンド・ベスラの元生徒で現助手である。二十六歳の同期で分野はかなり違うものの、敬愛する先輩のデラ・プリヴェーラとの関係性もあって修士時代から縁がある。
「整理してから話するんな。頭に入らないのなー」
当然クレームになる。
「ですから、まず探査惑星の話を」
「どっちが主導するか決めてからよ」
「仲悪いのな」
ノルデが辟易している。彼女に改めて説明は不要であろうが、ラフロ・カレサレートや弟のフロドには探査対象の特殊性を事前に知らせておかないわけにはいかない。
「そっちの話を先にすませるのな」
美少女の助け舟は不本意なもの。
「でもぉ……」
「だから聞きなさい! せっかく博士号まで取ったあなたが未だに役職も取れないのはなぜ? お世話になったゼミを飛びだして自由気ままに個人研究なんかしてるからでしょ? 大学での役職をもらわずに研究員ってだけでいつまでいられると思ってるの? クビになっちゃうから」
「ちゃんと研究成果を論文にしてるもん。外部依頼も請けてるから大学の利益にもなってるもん」
居場所がないとは思っていない。
「しがらみがないから使いやすいって思われてるだけなの! そのうち雑に扱われて使い潰されちゃうんだから」
「だってゼミに所属したままだとやりたい研究できないし。チームで課題に挑まないといけないから」
「当たり前でしょ。人手をかけられるから大きな成果につながるの。いいかげん学びなさい」
フェブリエーナにとってはゼミでの研究は退屈極まりないものだった。周りのペースに合わさないといけなく、閃きがあっても自由にはできない。教授の採択を得ねば新しい研究を始めるのも無理。
やりたい研究をするには役職を上げて教授になるしかない。そこまでの過程を我慢して続けるのは耐えられない。だったらゼミ所属をあきらめて研究員として続けるしかなかった。
「博士になれたのは運が良かっただけ。博士論文のネタだって偶然拾ったものが当たりだったからじゃない」
同期は偶然に恵まれただけだと思っている。
「そんなことない。別分野の人だけど、先輩方の指導や情報をもらってきちんと仕上げたから認められたんだもん」
「違う! 自分の分野で味方を作らないと、いつまでも風来坊でしかないの。下手に成果を挙げたら排除されちゃうんだから」
「中央公務官大学じゃそんなことないもん。ちゃんと評価されるはず」
普通の大学とは一線を画す。評価されるのは実務と実績であってコネクションではないと思っている。レチュラの主張のように組織力でキャリアを上げるという考えはなかった。
(別に大きなことしたいってわけじゃないもん)
興味がある研究を続けたい。ただ、それだけのために大学にいるのだ。
フェブリエーナはレチュラのように要領がいいわけではない。彼女と知り合ったのも、デラやメギソンと行動するうちにジャナンドとも知己になり、彼のゼミでレチュラに話しかけられてのこと。
レチュラのほうから年の近そうなフェブリエーナに興味をいだき、話してみると同期だったという感じ。それから大学のキャンパスで見かけると話すようになり親しくなった。
(でも、ゼミを飛びだした頃から言葉がきつくなって、顔を見れば噛み付いてくるようになっちゃった)
奔放にしているところが気に入らないらしい。
たしかに中央公務官大学も学び舎である。大学職員であるなら指導者であることも求められる。ゼミに属し、教員として優秀な専門家を育てていくのも重要。
しかし、研究機関の側面もある。星間管理局は各部門ごとの研究機関も設置しているが、総合的な研究を行っているのは大学がメイン。なので、彼女のような研究員もマイノリティながら在籍している。
「ああ、そう。じゃ、勝手にすれば?」
「勝手にするもん」
呆れたように肩をすくめる。
「わたし、まだ准教授だけど五年のうちには教授になってみせる。ベスラ教授は知識も深くて実績のある方だから認められて推薦をもらえれば確実よ。恒星進化学は裾野も広い学問だから、自分のゼミを持てたらその後十年で大学内で確固たる地位を築いてみせるわ」
「チューリならできるかも」
「その頃のあなたはどうしてる、フェフ? 自分の研究費もままならず、外部依頼の調査に汲々として、時間も取れなくなってるんじゃない? 当然結果は出ず、誰にも認められず研究員のまま」
レチュラはよくある事例を挙げている。管理局も研究の重要性は認識しているにしても、そこに充てる予算には限りがある。分配すれば一部門への配当は少額になってしまう。
「尊敬してるデラ女史はたしかにすごい方よ。今じゃ名実ともに申し分ない地位にいる方」
同期もデラの実績は否定できまい。
「でも、あの方が推薦したってフェフの役職が上がることはないの。地質学と生物学じゃ全く違うんだもの。ついていったって得るものはない」
「そんな理由で先輩と仲良くしてるんじゃないもん」
「事実は事実。天才だって持て囃されているのは今のうちだけよ。手がまわらなくなれば研究は進まず、成果は挙がらず。結果が伴わなくなってきたら、大学だって契約を継続してくれるかどうかわからない。いずれ、どこかのゼミに頭を下げて入れてもらわないといけなくなるなら早いほうがいいんじゃない?」
レチュラの結論はいつもそれなのだ。フェブリエーナが安定した場所に収まることを望んでいる。
それはつまり彼女への忠告であり思いやりであるのは解る。だから、きつい言い方をされても喧嘩別れするところまではいかない。
(でも、身軽でいないと先輩とご一緒したくてもできなくなっちゃうし)
自分に来た調査依頼のことだから自分の権限で協力者を選ぶこともできる。ゼミ所属すれば、依頼内容を選べなければ協力者も選べない。全て教授が決めてしまう。
上司におもねって面白くもない研究をしても結果は出なさそうだ。自分の場合は下積みが下積みのまま終わるタイプのような気がしてならない。
「わたし、やっぱり自由のない研究をつづけても駄目だと思う」
何度考えても結論はそこにたどり着く。
「興味持てないと集中できないし、モチベーションも続かない。人間関係もそう。そもそも好きなタイプの人にしか合わせられないし共感もできない。チューリみたいに器用に誰とも仲良くできないんだもん」
「どうして? わたしが話しかけたときは愛想良く応じてくれたじゃない」
「んん? だってチューリは大丈夫そうだったし。ちょっと騒がれてたの知ってるのに、だから近づいてきたって感じは全然しなかったんだもん」
下心を全く感じさせなかったので普通に接せられた。
「声の感じとか話し方とか好きだから一緒にいたいと思えて」
「そ、そう? それならいいけど。でも、ちゃんと身の振り方は考えてくれないと困るんだから」
照れるレチュラもフェブリエーナは嫌いではなかった。
次回『仲悪きことは(2)』 「我を通すのが正解だなんて言わないよ」




