遭難機救出ミッション(2)
「何度も何度も逃げだそうとしたんだよ! 何回飛び上がってもいつの間にか落ちちゃってるんだ! もう絶対に助からないって思って……!」
救出したパイロットが騒ぎ立てる。
「わかったから静かにしてて」
「そんな! 早くこの地獄から連れ出してくれよ!」
「お仲間も助けてあげなきゃいけないでしょ?」
目覚めた男の機体をワイヤーでイグレドに吊り下げる。船内に収容して暴れられても困るし、なにより、これほど濃密なターナ分子が入り込むと精密機器にどんな影響が出るか計り知れない。
「そうだった! あいつらどこ行ったんだ? 最初は声が聞こえてたのにだんだん聞こえなくなって、いつの間にか一人に」
パニックで動きまわって孤立した様子。
「あなたみたいなのがいるから纏めて救助できないんでしょ。どこにいるかわかるわけないわよね? せめてどっちかくらいは?」
「わからないんだ。なにも見えないし、システムに航跡データも残ってないから合流できないし」
「はいはい、もう落ち着いて腹ごしらえでもしてなさい。数時間のうちには一回離脱するから」
いずれは精神も安定も取り戻すだろう。治療を受けなければ完璧には無理だと思われるが。
「次が見えたんなー」
「忙しいわね!」
ラムズガルドの肩に掴まって地表へと降りる。もう、そのほうが早いと思うようになっていた。一機発見救出できたことで心の余裕ができてきている。
「うがあー!」
完全に精神に異常を来たしているパイロットがブレードを振りまわしている。正確にはそうだと思われた。手の先に超音波レーダーに映らないなにかがある。
「制圧する」
「近づいたら危ないわよ?」
「問題ない」
ラフロはエコー画面だけで接近して光剣を使う。すぐにグリップを飛ばされたアームドスキンは抵抗できず、腹に膝蹴りをもらって沈黙した。
「思ったより手間がかかるな」
「それより、あなたの腕前のほうがどうかしてるわよ。見えてないのに間合いまでわかるわけ?」
「わからぬか?」
「わからいでか!」
(呆れを通り越して笑いが出てくるわ。こんな人、他にいない)
異常事態にも冷静沈着。情感をどこかに置いてきてしまった青年と一緒にいると、怖ろしいと思う気持ちが飛んでいってしまう。
「次は三機いるのな」
「やっと複数?」
遭難時は動かないという鉄則をいくらか守れた三人だろう。音声のみだが会話が成立していたお陰か精神的にはいくぶん落ち着いている。が、呼びかけるとかなり興奮した様子になってきたので宥めるのに苦労した。
「複数いるんな。でも、埋まりかけてて何機いるのかわからないのな」
「見えないのに穴掘りはきついわね」
地形が複雑でないのは救いである。山岳や渓谷が折り重なるような地形だった場合、超音波エコーの死角だらけで捜索は難航したことだろう。
その代わり、地表は砂漠化が著しい。細かい粒となった金属分子が強風で巻き上げられてジェット気流まで流れ、そこで主星からの熱で気化しターナ分子になっている。なので、地表付近もかなりの風が吹いていた。
「助けに来たわよ」
「救助か」
冷静な反応がある。
「何機いるか把握してる?」
「十一機だ。どうにか纏めて留めている。こちらを探知できているのか?」
「なんとかね。変に動かない。いいわね?」
風に声をかき消されながらもどうにか確認する。イグレドからワイヤーを引っ張ってきて括っていく。ラフロが砂漠から引き抜き、デラが巻くという作業で全員を救出した。
「口振りからして隊長?」
「そうだ」
多少は肝が座っていると感じた。
「一回離脱するから、抱き合ってできるだけ固まるよう皆に言いなさい」
「あのジェット気流を抜けねばならないのなら当然か」
「もう一つ言っておく」
珍しくラフロが率先して発言する。
「どんな命令を受けているかは知らぬ。だが、余計な企みはするな」
「チャンスがあれば電子戦をしてでもデータを抜けと言われている。しかし、この状況で仕掛けるほど恩知らずではないつもりだ」
「それでよい。要らぬことをすればワイヤーを切ると徹底しておけ」
有線で接触している今の状態はハッキングに最適でもある。大気圏を抜けて阻害効果がなくなればそれが可能。ノルデを煩わせるのを危惧した青年は強く警告した。
(彼女に危害が及びそうだと神経質になるのね)
少しうらやましくもある。
「上がるぞ、デラ」
「うん、ありがとう」
デラはラフロに手を引かれてジェット気流を抜けた。
◇ ◇ ◇
救出には成功したが、ほぼ全員が精神に失調を来たしていると診断された。翌日にずれ込んだ者など程度が重く、ベッドから動けないような状態。本国に戻ってから本格的な治療が施される。
「犠牲を出さないですんだから良しとしましょうか」
「事故処理としては上々なんな」
デラとしては十分な結果でも、それだけではすまないのが現実。事故処理がすんだら事後処理が待っている。
「我が国民の救出にご尽力いただき、心から感謝いたします」
ヘルミ・ケッチュ外務政務次官の表情は明るい。
「つきましてはオイロニカ勲章の授与を検討しておりますので後ほど」
「謹んでご辞退させていただきます」
これ以上関わりたくない。変に関係を持てば利用しようとしてくるに違いない。
「そうですか? 残念です。では、中央公務官大学のほうに寄付という形でお礼させていただきますわ」
どうにか繋げようとしてくる。
「結構です。それでなくても、本件での損失は小さくないはずですから無理なさらなくとも」
「とんでもございませんわ。プリヴェーラ教授の寄与はオイロニカ発展の歴史に強く刻まれるものですから」
(なんか勘違いしてそう)
彼らの利益になることをしたつもりは露ほどもない。
「話はまた改めて」
ヘルミは相手を変える。
「では、サキダル主任、オイロニカの第三惑星への入植申請手続きを早急に進めてくださるようお取り計らいを。第一惑星での資源採取許可もお早めにお願いいたしますわ」
「第三惑星への入植は申請どおり許可されるでしょう。有料となりますが、環境改善作業に関してもアシストいたします。お断りしておきますが、第一惑星の資源採取権はオイロニカに移譲はされませんがよろしいですね?」
「は?」
「星間法第一条第六項、戦略物資条項に該当しますので」
星間法第一条第六項には『公宙もしくは国家管轄外惑星系で発見された戦略的価値の認められる物質に関しては、権利の一部を発見者のものとする。また、第一交渉権は星間管理局が保有する。』とある。
「本件の場合、権利者はプリヴェーラ教授であり、第一交渉権は星間管理局にあります」
ヘルミは目を丸くする。
「それは違いますわ。発見者はゼーニン教授ですもの」
「いいえ、彼は第一惑星を炭素惑星と強調しておられました。それは会議記録に明確に残っております。ターナ分子惑星だと確認したのはプリヴェーラ教授が最初です」
「そ、そんな……」
絶句する。
「違えようのない事実です。プリヴェーラ教授、オイロニカの交渉権をお認めになりますか?」
「いえ、全権を管理局にお譲りします」
「あああ、馬鹿なぁ……」
女性議員は責任の所在を求めて横の官僚を凝視している。だか、彼も知らぬ振りを決め込んでそっぽを向いていた。
(こんな業突く張りどもにターナ分子の泉を渡せるものですか)
危険極まりない。
(しょーもない夢想曲を奏でた挙げ句に破滅するのがお似合いよ)
「いいのんな? これで大学に降りる予算はまた増額されるのなー」
「ああー、やめて! 私を宝探し扱いしないで!」
残念ながらデラの希望は星間管理局へは届かなかった。
次のエピソードは『深き海のエレジー』『仲悪きことは(1)』 「どっちが主導するか決めてからよ」




