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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
光なき星のトロイメライ
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遭難機救出ミッション(1)

 暗闇の第一惑星への降下準備を進める。救出ミッションを行うことを告げたときの反応は様々であった。


「ご無理をなさっているんじゃありませんよね?」

「任せてください。目算があるので実行するだけですので」

 心配げなサキダル主任に二次遭難だけは避けるよう言われる。


「もし成功いたしましたら国を挙げての感謝を送らせていただきます」

「結構です。イグレドチームへの追加依頼料は別途請求させてもらいますから」

「もちろんですわ」

 ケッチュ政務次官の作り笑顔からは後ろめたさも感じられない。


「救出する? 奴らを助けて私を非難をさせる気だな?」

「わけがわからないことを」

「失敗を嘲笑って、自分の成果を誇るためにだ!」

「放っといたら死ぬからです! どこまで独りよがりなの!」

 ゼーニン教授は手に負えない。


(私たち科学者が探究心に身を預けるのは、それがいつか誰かの役に立つかもしれないって思えるからじゃない。ただの名誉欲や知識欲に命なんて懸けられないわよ)

 デラも皆が皆そうではないとわかっているが、思い込まねばやってられない。


 正直怖ろしい。足下に迫る闇はラゴラナに乗る彼女にとっても未知のもの。中でなにが起こるかわからない。全てが推論に過ぎないのだ。


「ラフロ、OK?」

 超音波デジタル通信のテストを兼ねてラムズガルドに声掛けする。

「よい。先に行く。デラは(われ)が呼ぶまで来るな」

「ええ。でも、少しでも危険を感じたら引きあげるからね?」

「うむ」


 今はまだ二機ともイグレドと細いワイヤーで繋がっている。最大で2000mほど離れてまず偵察に突入する予定。本格的な捜索活動に入るときはワイヤーも切り離すことになる。


「データリンク確立確認。超音波通信だとタイムラグ多めだから気を付けて」

「では、行く」


 全機がすでに成層圏下層、ジェット気流手前まで来ている。各種ターナ分子化合物はその層まで巻き上げられており、ターナ(ミスト)はほぼ戦闘濃度。ターナラジエータも黒い雲海を作りあげていた。


(なんて度胸)

 ラフロは躊躇いもなくそこへ突入する。


「超音波センシング開始、風量を演算補正するんなー」

 ノルデが尋常でない演算能力を発揮しはじめる。

「モニターに反映するんな。見間違えないよう色は付けないのな」

「うっわ、地表の様子まで? あ、それほど精度良くないのね」

「この高さと風量じゃ限界があるのな」


 地面と起伏までもが一気に表示される。ただし、時間を追うごとに変化する部分が見られた。演算結果が変動的なのだろう。


「デラ、よいぞ。危険はない」

「え、ええ。こうなったら度胸ぉー!」


 ラゴラナを突っ込ませる。マットブラックの雲海に包まれた途端にほとんどの感覚が閉ざされた。漆黒のモニター球面に超音波レーダーの結果だけが輝いて見える。


「すご……」

 他では味わえない極度の閉塞感。

「こんな中にずっといたら精神が壊れそう」

「探し出してやらねばなるまい」

「そうね。イグレド、観測できてる?」

 フレニオン受容器(レセプタ)を経由したリンクでデータ統合しているはず。

「記録と演算中。そろそろ僕も入るよ」

「結果出たんな。自転速度は18.24時間。落下事故から十時間以上経ってるんな。自転方向に追いかけるよりは逆方向にまわったほうが早いのな」

「もう少し降りるにしても、この風だと距離稼げないものね。高度取ってないと超音波レーダーに掛からないし」


 高い層の風に乗って加速すると到達は早いだろうが観測がままならない。それなら高度を下げて自転を含めて逆方向に加速したほうが地表との相対速度を加減しやすい。捜索に向いているとの判断。


「とんでもないね。ほんとになにも見えないや」

 イグレドも雲海に入ったもよう。

「レーダーに映ってる地表とラムズガルドにラゴラナだけ。ワイヤーをもっと解放するから絡まないようにしてね」

「相対距離を範囲(バンド)指定でロックするからその範囲で動くんな」

「承知。降りる」


 ラムズガルドに合わせて強風の中を降下する。いつもより相対距離表示に神経を割かねばならない。直感的にわかりにくいのは非常につらい。


(風が機体を叩く音しか聞こえない。暑いだの寒いだの圧力がすごいだのってわけじゃないのに、こんなに厳しい環境もあるのね)


 こうしてみると人間とは精神の生き物なのだ。本能的な恐怖よりそちらの圧力のほうが堪える。


「最初の降下ポイントに着くまで一時間ちょっとあるんな。今のうちに休息しとくのな」

 待機高度を定めてノルデが言う。

「そうしよ。お腹減った」

「そうね。私たちがへばって遭難者を見逃しちゃいけないし」

「うむ」


 コクピットに持ち込んでいたミールパックを開ける。高性能容器内に収められていた料理はまだ湯気を上げている。こういった普通が精神安定に一番効果的である。


「ふぅ、身体が温まる」

 緊張で末端が冷えていたのに改めて気づく。

「あまり動かないでいてくれてると思う? 遭難者の鉄則なんだけど」

「難しかろう。吾でさえ長居したいと思わぬ」

「散っちゃってるかもね。そう考えると、これ以上高度下げられないや」


 低いほうが確認精度は上がるが範囲が狭まる。今の高度では岩石などの異物と遭難機を見間違う可能性が少しながらあった。


「ワイヤー外したら単独行動は禁止なんな。二次遭難は絶対に許さないのな」

 それだけは美少女に厳命されている。

「はいはい、そこまで命知らずじゃないから。無理しなくても、頑張れば二週間くらいは生き延びられるサバイバルキットが積んであるんだもの」

「軍人みたいだから、それなりにメンタル強いはずだよ」

「昼の面で対流圏より上に出るのも禁止な。ダメージのリカバリに時間を取ってしまうんな」


 判明した自転速度から算定されたマップも共有している。正確な移動距離の観測も困難なので誤差は大きいものの目処くらいにはなる。


「よし、お腹いっぱい! そろそろ?」

 ヘルメットを被りなおす。

「可能性は上がってきてるんな。こっちでキャッチするから確認は任せるのな」

「了解。準備はいい、ラフロ?」

「ああ、相対距離ロックは切ってはならぬぞ?」

 義理堅い青年に「大丈夫」と返す。


 監視はシステムに合わせてノルデやフロドも並行している。デラもまずは超音波レーダーの3D表示を注視した。


「発見。ポイント送るんな」

 人型と思える表示に重なって照星(レティクル)が表れる。

「ワイヤーカット、いい?」

「吾につづけ」


 ラムズガルドにラゴラナを追随させる。操縦は彼女がしなければならないが、ロックをしてるので設定以上に離れれば警報が鳴る。


「当たり」


 近づくと、確実にアームドスキンだとわかる。腰を下ろして仰向けに見上げるポーズ。途方に暮れているという風情であった。


「反応がないわね」

重力波(グラビティ)フィンの推進音くらいでは風に紛れよう」

 接近しても変化がない。傍に着地してようやく機体が震えた。

「なんだ! なんだよ! 岩でも転がったのか?」

「聞こえるか? 救助に来た」

「くそ。幻聴まで聞こえるようになっちまった」


 外部マイクが拾った音をちゃんと理解できていない。かなり精神をやられていそうだ。憐れになってラゴラナで触れる。


「ひっ、なんだ! 死ぬならもっと一思いに死なせてくれ! 嫌だ、母さん!」

「こら、大人しくしなさい!」

 暴れるアームドスキンに弾かれる。

「錯乱してるな。接触回線で制御を奪えるか?」

「状況が悪いのな」

「仕方あるまい」


 ラフロがトップハッチの上から思いきり殴る。すさまじい衝撃音がして遭難機は静かになった。


(うん、緊急避難……)


 致し方ないこととデラもあきらめた。

次回『遭難機救出ミッション(2)』 「もう一つ言っておく」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……まぁ、錯乱するよね?
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