第9話
『キミが【ここだっ!】って決めた方へ進んでごらん!』
――えっ?
僕が……決めた方向?
何だよそれ? そんなのムリだよ……決められないよ!
ここは青木ヶ原樹海の奥深く……しかも真っ暗闇だ。方向を間違えたら……完全に終わりじゃないか。僕は怖くなって足がすくんでしまった。さっきまで自殺を考えていたのに、今は死ぬことを恐れている。
『明くーん! キミはイジメられたとき周りに助けを求めたけど、ちゃんと相手してもらえなかったんだよねー?』
何でそのことを……しかも何でラジオの向こうにいるDJ・ショウさんが僕の心の中と会話できるの? と聞きたかったが、これだけ異常なことが起こっている状態でそれは愚問だ。そうだよ……クラスメイトは見て見ぬふり、教師は無関心、親は気付いてくれなかった!
『それはね、キミ自身が何も考えていないからだよ』
何だって? 失礼な、僕だって考えているよ。
『人はさぁ、他人の死や不幸に対してキミが思っているほど実は関心が無いんだよねー! 昼間、女優が自殺したってニュースを聞いたでしょ? あれ聞いてキミは今、どう思っている?』
そっ、そりゃ可哀想だと思ったし、残された家族や友人は悲しんで……
いや、違う! そうじゃない! 僕が今どう思っているかという話だ。 そっそれは……正直その女優さんのこと、よく知らないし……それに……
――そんな話……すっかり忘れていた!
『でしょ? 他人の不幸なんて自分には結局どうでもいいことなんだよ! だからキミがイジメられてるって訴えたところで、具体的な中身がなければ何も伝わらないんだよ』
具体的な……中身?
『そう! まずキミ自身が考えなくちゃダメ……まず自分がどうしてイジメられているのか、イジメている相手に対してどういう対応を取ってきたか……』
どうしてイジメられたか? そっ……そんなことわかるワケないじゃん!
『あははっ、あきらめるの早いね? もうちょっと考えてごらん』
考えて……あっ、そういえば!
僕は休み時間にひとりで本を読むのが好きだから、できるだけ教室で目立たないように過ごしていた。ある日、宇郷たち不良グループに「目羽谷くーん、ひとりで何やってんのー?」って机の周りを囲まれたんだっけ。
『ふーん……で、明くんはどういう反応したの?』
正直あいつら怖かったし、関わり合いたくないから無視した。
『うん、それはいい対応だと思うけど……本当にそれだけ?』
えっ? あ……そういえば、あいつらが余りにもしつこかったから思わず睨み返してやったんだった。そしたら放課後に校舎裏で暴行を受けて、それ以降イジメがエスカレートしていった……。
『よく思い出せたねぇー、グッジョブ! そこからはイジメられたときに何かリアクションした?』
したよ! そりゃするでしょ? クラスから無視されたら不安な顔になるし、私物を壊されたら怒るし、殴られれば痛い表情するに決まってんじゃん!
『明くんはさぁ、テレビで……いわゆるリアクション芸人って見たことある?』
……あるけど?
『彼らはさぁ、過剰反応するからウケるんだよね! もし彼らがザリガニを鼻に入れられて無反応だったら面白くないでしょ? 人は面白いときや楽しいときにドーパミンっていう快楽物質が出るんだよ。つまりイジメたときのキミの反応が面白くてドーパミンが出るからそれが【快感】でイジメがやめられないんだ』
何それ? ひどい! 僕をイジメたことであいつら快感になっているんだ! 罪の意識はないのか?
『無いだろうね。だってキミ……今日、同じことを経験したからわかるでしょ?』
――え?
『今日、虫を殺したよね? しかもかなり残酷な方法で……どうだった?』
そっそうだ! 僕は「最後の晩餐」の邪魔をした黒い虫を殺したんだった。最初は恨みから復讐の気持ちで懲らしめてやろうと思った。
ところが僕に胴体を掴まれ逃げ場を失い、なす術もなく脚をバタバタさせてもがいている虫の哀れな姿を見たとき……
――僕の心の中に、ワクワク感に似た不思議な感情が芽生えた。
初めは普通に殺すつもりだった。でも死んだらそれで終わり、生きたまま苦しめた方が面白いと思って脚を1本、そしてまた1本ともぎ取ってやった。
脚をもがれるたびに虫は、残った脚をさらにバタバタさせて抵抗した。その抵抗する姿を見れば見るほどさらに楽しくなっていった……あっ!
――そうか、僕もイジメをして……それを楽しんでいたんだ。
『これでわかったでしょ? 宇郷君たちはキミの反応が見たくてイジメていたんだよ。キミに恨みがあるワケじゃない……そして一度イジメという快感を覚えるとなかなか止められないから、キミがいなくなったところで矛先を変えて同じことをするだけ。さらにイジメられたキミも同じように虫をイジメる……そう、イジメはウイルスみたいに伝染するんだよ! 連鎖するんだよ』
えぇっ、そんな絶望的なことを……イジメは無くならないの?
『人間が群れを成して生活する動物である限り無くならないね! 本能的なものだから……』
だっ……だったらどうすれば?
『キミがその連鎖を止めればいい! その連鎖から抜け出せばいいんだよ!』
そんな……このイジメの連鎖から抜け出す方法なんてあるの?
『簡単だよ、イジメには関わらない! 近づかない!』
えっ、いやいや……簡単じゃないでしょ!
『そうかなぁ? いろんな方法があるよ……基本は無視すること! だからキミが最初に取った行動は正解……でも中には反応するまでしつこくイジメてくる人もいるから一概に正しいとは言えないけど』
でもそれは最初の話じゃん。今の僕にはもうムリ……。
『あとは物理的に離れることだね……転校する、学校に行かない』
えっ転校? 不登校? ムリだよ、そんなことしたら両親に迷惑が……
『自殺する方がよっぽど迷惑だと思うけど?』
――う゛っ!
『大丈夫! そんな行きにくい場所に無理して行く必要なんかないよ! 学校は本来キミたち子どもが将来のために勉強するためだけの場所だ! 勉強して進学するんだったら通信教育でも塾でもフリースクールでもオンライン家庭教師でも……いくらでも方法はある! そう! キミが進む道はいくらでもある! 1+1=2だけじゃないんだよ! 1+1は1.5+0.5も正解だし2×1も正解なんだよ! 答えはいくらでもあるんだよ! 決められた道なんて初めから存在しないよ……
キミが【ここだっ!】って決めた方……それがキミの進むべき道なんだよ!
でもね明くん、ひとつだけ絶対にやってはいけないことがあるんだ。それは死ぬこと! だって死んだらそれでゲームオーバー……コンティニューはないよ』
進むべき道……どうやって決める?
『とりあえずさぁー、何か夢中になってできること、あるいは将来なりたい目標を決めてごらん! そしたらその目標に向かってがむしゃらに進んでいけばイジメとかマジでどうでもよくなるから……逆にイジメてきたやつらを哀れな生き物だと思うようになってくるよ』
僕が……将来なりたいこと?
――あっ!
――ひとつ見つけた!!
『じゃあその目標に向かって最良の道を選んで行けばいい! それって……今の生活じゃないよね?』
そうだ、今の生活じゃない! 僕は自分の生き方を……自分で決めるんだ!
『でも明くーん、今の状態だとキミの決めた目標にたどり着けないよ! とりあえず今の目標は?』
うん、今の目標は……
――青木ヶ原樹海から脱出すること!!
『OK! 明くんの未来に向かって~、Here we go!!』
まだ続きます。