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第8話

【閲覧注意】


死体の描写があります。

 

『♪みなさんさようなら~みなさんさようなら~みなさんさようなら~……』


 僕が幼稚園のときに歌っていた歌が、なぜかラジオから流れている。しかも最後の「♪みなさんさようなら~」のフレーズがずっとループしていた。


 そして今、僕の目の前には……人間の死体がある。




 ――首吊り死体だ。




 ただ、それは僕が想像する首吊り死体とは大きくかけ離れたものだった。


 死体は木の枝からぶら下がっていない。この樹海には、ロープが掛けられる横枝のある木がほとんど見当たらないのだ。

 木の幹の少し高い位置に掛けらたロープは、そこから斜め下に向かってピンと張られていた。そしてその先には……首にロープを巻き付けた人が、膝立ちした状態で硬直したまま死んでいる。


 死んでから相当な日数が経ったのか……腕は青黒く変色していて、とても人とは思えない。そしてカーキ色のズボンには、何かが流れ落ちたように黒いシミが大量に付着している。

 そういえば以前、人は首吊りで死ぬと肛門などの筋肉が緩み糞尿を垂れ流すという話をどこかで聞いた……射精もするそうだ。じゃあ、このシミって……。


「うっ」


 だが糞臭以上に漂ってきたのは腐敗臭だ。まるで金魚鉢に浮かんだ金魚の死体のような悪臭だが、それとは比べ物にならないほど臭いが強烈だ。


「う゛っ……げぼっ!」


 その腐敗臭が鼻腔に入った途端、耐え切れず嘔吐してしまった。僕は「最後の晩餐」が出来ず空腹だ……そのせいか半透明の液体が少しだけ出た。


 ――こっ……怖い。


 僕はこの死体に恐怖を感じていた。でも本当に怖いのは、青黒い肌でもズボンに染み付いた糞尿でも腐敗臭でもなかった。

 すでにボロボロの状態にはなっているが、この服……このズボン……傍らに置かれたリュック……。




 ――今、僕が身につけている物と全く一緒だ。




 ――この首吊り死体は僕……なのか?



 ドッペルゲンガー? いや、考え過ぎだろ。


 これはきっと偶然……この死体と僕の服装が被っただけだ!


 今まで僕に起きた不思議な出来事は、全てラジオの音声やスマホの映像だ。スマホから液体(涙?)が染み出したトリックはわからないが、それ以外は全て人の手で作り出すことが可能だ。

 だが、この死体はついさっきまで存在していなかった。これはきっと、特殊メイクの人形を誰かがこっそり持ち込……まぁそんなことは常識的に考えてありえないとわかっている。でも僕は目の前で起こった現象を認めたくない一心で、これはイタズラやドッキリなのだと自分に言い聞かせていた。


 よく見るとこの死体、左手に何か握っている。指の間から紐のような物が見えているのだが……何だろう? 僕はなぜか、この死体が握っている物が気になって仕方がなかった。

 僕は恐る恐る死体に手を伸ばし、左手の指の間から出ている紐のような物をつまもうとした。すると……


 〝ボロッ〟


「うわっ!」


 〝ベチョッ〟


 左手が腐っていて、手首からちぎれて地面に落ちた。落ちた左手首から先の部分は、腐ったトマトのように中身が潰れて骨が見えた。


 〝カランッ〟


 そして、腐った手の中から握っていた物が飛び出したとき……僕は絶句した。


 死体が握っていたのは「鈴」だ。しかも、クマの模型やラインストーンなどで飾り付けがしてある。これは、樹海に入ったときしばらく一緒にいた女子大生からもらった「熊よけの鈴」だ!


 僕はポケットから鈴を取り出して確認した……間違いない、同じものだ。どうやら死神が来たようだ。





 ――僕は、自分の死体を見た。





 僕は、自分の「結末」を見てしまった。


 今の僕は、この姿になるしか方法がない……そう、





 ――僕にはもう、道がない。





 あるのは……「絶望」という壁だけだ。




 僕は「自分の死体」をじっくり見た……何週間、何ヶ月か後の自分の姿だ。


 青黒い肌、垂れ流した糞尿、ちぎれた左手、そして強烈な腐敗臭……そういえば顔を見ていなかった。僕は、下を向いた「自分の顔」をのぞき込んだ。



 ――!?



 目のところが動いている……生きているのか!?


 いや違う! 目を凝らしてよく見ると、これは……虫?



 ――あっ!?



 死体の目の周りにたくさんの黒い虫が集まっている……どうやら死肉を漁っているようだ。あれ? この虫どこかで見たような……



「あっ……あああっ!」



 ――昼間、僕が……足と胴体をむしり取って殺したのと同じ虫だ!!


 今、僕は「自分が殺した虫」に食べられているんだ! よく見ると他にも、口元や傷口と思われる場所からウジがうようよと這い出している。目の周りは虫だらけで顔がよくわからない……そういえば目は?



 ――!?



 地面に丸い玉のような物が落ちていた……眼球だ! しかも黒目の部分がこっちを向いている……眼球だけでは表情などわからないが、何となく無念で……泣いているようにも見えた。




 ――なんてことだ!



 ――なんて……なんて……







 ――なんて無様な『死に方』なんだ!?







 自分の死んだ姿は、こんな無様で哀れで情けなくて恥ずかしいものなのか!


 僕は……こんな姿になるために生まれてきたのか!?


 〝ビュゥゥゥッ!〟

 〝ミシミシッ……ミシミシッ〟


 突然強い風が吹き、ロープが巻かれた木の幹からきしむ音がした。そして……



 〝ブチッ〟


 という音とともに、僕の死体の……


 〝ボトッ〟


 ……首が取れて地面に落ち、


 〝ブゥウウウウンッ!〟


 驚いた虫たちが一斉に飛び立った。すると、


 〝ドシーンッ!〟


 首を切り離され、ロープだけで支えられていた胴体が前方に倒れた。そして倒れた衝撃で跳ね返った、腐敗し液体のように柔らかくなった肉片が……


 〝ベチョッ〟


 僕の顔と体にべっとり付着した。否応なしに腐敗臭が鼻に入り込んでくる。


「イ……イヤだ……」


 こんな姿になりたくない! 僕は消えるように死ぬため、この青木ヶ原樹海に足を踏み入れた……でも結局、こんな「醜態」を晒すことになるんだ!


 そのうち警察とかが捜索して、この醜態を見られるんだ。それか、死体マニアの物好きな連中に写真を撮られるんだ。


 死ぬんだからどうでもいい? そんなことはない! 僕はイジメられて、社会から見捨てられて……情けない人生を送ってきたんだ。死んでからもこんな情けない姿を晒すなんてまっぴらだ!


 だいたい……何で僕は死ぬんだ? 僕はこんな死に方をするため()()に生まれてきたのか? だったら初めから生まれてくる必要ないだろ!?


 イヤだ……


 イヤだ……


 イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……




 ――イヤだぁああああああああっ!!




 ――死にたくない!!



 ――生きていたい!!



 生きていたいけど……もう遅い。



 ここは『青木ヶ原樹海』の中……迷宮だ、もう出られない。



 辺りはすっかり暗闇で覆われた。僕の絶望感と同じ色だ。


「ぐすっ……うぅ……」


 僕は悔しくて泣いた。絶望感と、自分の浅はかさに……。


 だけど、このままじっとしていても仕方ない!


 ――ここから抜け出そう!



 とりあえず、周りが見えないからスマホのライトを使おう。バッテリーが無くなりそうだが……。すると、


『……くん! 明くーん!』


 ラジオからDJのショウさんが声を掛けてきた。


『今、キミは樹海の中で迷っているよね? 後悔しているよね?』


 うん、後悔している。でも何で僕のことがわかるの?


『明くんは……ここから脱出したいよね? 生き延びたいよね?』



 ――出たい! そして生きたい!! でも……どうやったら?



『だったらさぁー……』


 ラジオの向こうから、ショウさんは僕に言った。






『キミが【ここだっ!】って決めた方へ進んでごらん!』




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