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第7話

 

『明くーん、ちょっとだけでいいから……スマホの画面を見てごらん!』


 番組DJ・ショウさんがラジオから僕に話しかけてきた。僕は訳がわからなかったが、ショウさんに言われたとおりスマホの画面を見た。


「うわっ……何だこれは!?」


 映っていたのは、右手に()()()()()を持ったパジャマ姿の子どもの画像だ。下を向いているので顔はわからないが、水色のパジャマ……男の子だろうか?

 手に持っているのは……ウサギのぬいぐるみ? こちらも下を向いていた。ぐったりと疲れているようにも見える。

 画像は全体的に青みがかっていて暗く感じる……とても不気味な色だ。



 ――それにしても……何でこんな画像が?



 ラジオの方は、さっきまで話しかけてきたショウさんの声は途絶え、代わりに音楽が流れてきた……ん? どこかで聞き覚えがあるような……?


『♪カラスがないた~らぁ~おうちにかえろう~あしたがあるか~らぁ~せんせいさようなら~』


 あっ……これ、僕が幼稚園のときに帰りのあいさつで歌っていたやつだ! 懐かしいなぁー。でもこれって幼稚園の先生が作ったオリジナルの歌だよな? 何でラジオで流れているんだ?


『♪コウモリとんだ~らぁ~おうちにかえろう~……』


 2番だ……確か最後は「♪みなさんさようなら~」だったよな? それにしても改めて聞くと変な歌詞だ。


 ……だが、変なのは歌詞だけではなかった。


『♪あしたがあるか~らぁ~……あしたがあるか~ら……あしたがあるか~……あしたがあ……あしたが……あしたが……あしたがあしたがあしたがあしたが』


 何だこれは!? まるでクラブDJのループのように同じフレーズが繰り返されている! そして途切れなく繰り返し再生されているフレーズの中から、かすかにノイズのようなものが聞こえてきた。





  〝……ボ……クニ……ハ……アシ……タガ……ナイ……ヨ……〟





 ――何だ今のは!? 空耳か?


 そのノイズ音は高音で子どもの声のようだったが、どこか暗く悲しんで泣いているようにも聞こえた。

 僕はその音が気になり、音量を大きくしようともう一度スマホの画面を見た。すると、さっきから映っていた不気味な画像が……


「うっ、うわぁっ!!」


 僕が勝手に静止画だと思い込んでいた画像が少しずつ動き出していた。下を向いていた子どもがゆっくり……そしてゆっくりと顔を上げてきたのだ。


 顔を上げた子どもの目……鼻……口が徐々に見えてきた……あれ?


 ――この顔、この画像……何か見覚えがある。ネットかな?


 すると……




『…………ネェ……』




「ひぃいいっ!」


 突然スマホから音声が……いや、画像の男の子が話しかけてきた。


『ネェ……オニイチャン……』


 ――お兄ちゃん? なっ、何だ……僕のことか?


『オニイ……チャン……ナンデ……ナンデ……







           ……ボクヲ殺スノ?』







 ――思い出した!!


 ――これは……僕だ。



 ――幼稚園に通っていたときの……僕だ!


 このパジャマ、このぬいぐるみ……間違いない! これは僕が幼稚園に通っていた時期に撮られた写真だ。

 この大きなウサギのぬいぐるみは、当時のお気に入りだった。だが僕の知っている写真はこんなに暗いバックではなく、そもそも動画でもない。




 ――僕を…………殺す?




「……ひぃっ!」


 画像をもう一度確認した僕は思わずのけぞった。ウサギのぬいぐるみは、小さいときの僕が手で持っているものと初めは思っていた。だがよく見ると、首のところにロープのような物が巻き付いているのが見える。


 ――このぬいぐるみ……もしかして首を吊られている!?


 さらによく見ると……小さいときの僕が手で握っていたのも、ぬいぐるみではなくロープだった。まるで、このウサギのぬいぐるみにロープを巻き付けて絞め殺しているようにも見える。



『ボク……死ニタクナイヨ……死ニタクナイヨ』



 スマホ画面を見ると、小さいときの僕が今にも泣きそうな顔をしている。そしてその子の目から涙が流れだしたとき、さらに奇怪な現象が起きた。


「うわぁああああああああっ!」


 スマホの表面から水のような液体が染み出してきたのだ。液体は雨粒のように、画面上で表面張力によって留まっていたが……やがて崩れて流れだし、



 〝ポタッ……ポタッ〟



 と、青木ヶ原樹海の大地に滴り落ちていった。小さいときの僕はボロボロと涙を流しながら、さらに話し続けた。


『ボク……マダ生キテイタイヨ……ガッコウニモイキタイヨ……オトモダチトアソビタイヨ……オトナニモナリタイヨ……ケッコンモ、コドモモ、マゴモ……マダ生キテイタイヨ……ネェ……オニイチャンハ……ナンデ……』


 ――や……やめろっ!




『……ナンデ……ボクヲ殺ソウトスルノ?』




 ――やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!



 ――そうか! そういうことか!



 当時の僕は、毎日が楽しかった……もちろん楽しくない日もあったかもしれないが、楽しくない日々は美化された記憶にかき消されるくらい毎日が楽しかった。

 将来の夢は宇宙飛行士だった。スペースシャトルに乗って国際宇宙ステーションに滞在するのが夢だと大人たちに話していた。

 でも大きくなるにしたがって……そんな希望に満ち溢れたバラ色の日々は、現実という色によって少しずつ塗りつぶされていった。そして、今の僕の色は……



 イジメ、そして自殺……真っ黒な「闇の色」に染まっていた。



 僕にも、希望に満ち溢れた時代があったんだ!



 そんな時代の自分も……僕は殺そうとしている。




 そうか……僕は『殺人犯』だ。


 死にたくない()()()()()()()()()()殺そうとしている……殺人犯だ!!




 僕はもう一度、岩の上に座って考えた。


 僕にも楽しい時間はあった。死にたくない自分もいた。



 ――できればそんな時間、そんな自分は殺したくない。



 でも、今さらどうやって?



 〝ザザザザァーッ〟


 ほぼ無風状態だった樹海の中に、少し強めの風が吹いた。枝が揺れ、木の葉が怪しげな音を立てる。


『♪~♪』


 オルガンの音だ! またあの歌がラジオから流れてきた。


 〝グアァァァッ! グアァァァッ!〟


 突然、カラスの鳴き声が聞こえた。気がつくと周囲は薄暗くなっている。


『♪カラスがないた~らぁ~』


 さっきまで夕焼けのような赤みがかった風景だったが、すぐに薄紫から暗い青へと変化していった。そして黒い闇がそこまで押し迫って来たのがわかる。


『♪おうちにかえろう~』


 もう家には帰れない……帰る場所などない。後悔がないといえば嘘になるかもしれない。でも今さら後には引けない……僕が決心したことなんだ。


 〝パタパタパタッ〟


 目の前に何かが飛んできた。実際に音はしないが気になる……鳥か? 虫か?


『♪コウモリとんだ~らぁ~』


 コウモリか? 僕の座っている岩の周りに集まってきてウザい。だんだん周囲の様子がわかりにくくなってきた。僕はその場にいられず、2歩3歩と後退りした。


 〝トンッ〟〝ギギィィィッ〟


 ――すると、僕の肩に何かが触れた。



 あれ……こんな所に何かあったかな? 僕はそーっと振り向いた。







        『♪みなさんさようなら~』







 僕の肩に触れた物……それは『首吊り死体』だった。





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