第4話
――そろそろ……世間は大騒ぎしている頃かなぁ?
青木ヶ原樹海内の遊歩道から外れた場所に入って1時間以上経った。僕は岩の上に座ると、リュックからスマホを取り出してラジオアプリを起動させた。
実は昨日、地元のFM局に手紙を出していた……『自殺予告』だ。手紙には今日中に自殺をすることや、今まで受けたイジメの内容などを書いてある。
自殺の方法までは書いていない……つまり僕が青木ヶ原にいることは知らせていない。もし警察や消防に知られると、下手したら自殺するより先に僕のことを見つけそうだ。あの人たちは間違いなく僕より青木ヶ原樹海を熟知しているからだ。
他には僕をイジメた不良グループ全員の名前と、学校名や担任の先生が今までどういう対応してきたか……などを事細かく書いておいた。
僕もただ、無駄死にする訳ではない。僕をさんざん苦しめて自殺にまで追いやった連中に一泡吹かせてやるのだ。僕が自殺したニュースがマスコミを通じて大っぴらになれば……イジメた不良グループや、何も手を打たなかった学校や担任が世間からバッシングされることは間違いないだろう。
――ざまぁ! 僕をイジメたこと、無視したことを一生後悔させてやる!
さてと……手紙はもう届く時間帯だから、今ごろは中身を読んで局内が大騒ぎしているだろう。早ければこの時間のニュースで取り上げられるはず。
イヤホンからラジオの音声が流れてきた……僕が普段から聴いているのは地元のFM局「FM3776」だ。自殺予告の手紙を出したのもこの放送局だ。
学校の休み時間、この局の番組をいつも聴いていた。僕はこの番組のDJ・鈴本ショウさんのファンだ。今まで何度かハガキやメールを送ったが、全然採用されなかった。だけど最期に……ショウさんに僕の存在を知ってほしい! ショウさんの口から、イジメを無くすよう電波に乗せて発信してほしい!
……あれ?
普通に番組が進んでいるけど……僕の自殺予告に全く触れられていない。
おかしいなぁ、もうそろそろ手紙が届いてもいいはずなんだけど……配達が遅れている? それとも、子どものイタズラだと思われて無視された?
まさか!? メールじゃイタズラだと思われそうだから、わざわざ自筆で手紙を書いたというのに! あれだけイジメの事実を詳細に書いたというのに! それなのに……無視されたというのか?
ひどいよショウさん……ひどいよFM3776……僕はFM局、そして社会からもイジメられなきゃいけないのか? 僕は絶望的な気持ちになった。すると……
〝ジジッ……ザザザーッ…………〟
突然ノイズのような音が聞こえたと思ったら、すぐにラジオの音声が一切聞こえなくなってしまった。
あれ? ネットラジオでノイズっておかしくないか……放送事故か?
しばらく無音が続いた後、ラジオから不気味な音声が流れた。
『JOKER-FM、JOKER-FM……
コチラハFM青木ヶ原デス……只今カラ今日ノ放送ヲ開始イタシマス。
今日モ、FM青木ヶ原ノ番組ヲオタノシミクダサイ……』
女性の声だと思うが、とても冷たくて不気味な声だ。聞いた瞬間、背筋が凍りつきそうなくらいゾクッとした。
――何だ? これ……
――何なん……だ?
『FM青木ヶ原』って……
そんなFM局……聞いたことがないし、そもそも僕はFM3776でショウさんの番組を聴いていたんだ! 妨害電波か? でもこれはネットラジオだが……。
すると……
『さて、次のメールはラジオネーム・天上人! おぉっ、久しぶりじゃん……』
あっ、ショウさんの声だ! いつもの番組に戻った。それにしても……何だったんだ? あの音声……。
――だがこの後、僕の身に次々とありえない出来事が起きてしまうのだ。
※※※※※※※
僕はしばらくショウさんの番組を聴いていた。しかし自殺予告の話題には全く触れられていない……まだ手紙が届いてないのかなぁ?
『続きましてリスナーさんからのお便りコーナー! 本日のテーマはぁ~……聞いてよぉ~! 私の不幸話~!』
ふん……何が「不幸話」だ! どうせ買い物に行って財布を無くした~とか彼氏にフラれた~なんて言うレベルの低い話なんだろ? 僕みたいな人生がかかったリアル不幸話が取り上げられなくて……何でこんな馬鹿話が採用されるんだ?
『まずは最初のお便り~、ラジオネーム・ゾーキウリの少年さんから……ショウさんこんにちは……はぃこんにちは! 去年の話ですが、私は親友を助けたくて彼の連帯保証人になりました! そしたら今年に入ってその親友がどこかに行っちゃって……気がついたら5億円も借金を背負うことになりましたー(笑)』
――は??
『この前、やっと10万返したんですが利子で消えちゃうみたいですー! でもって昨日、怖そうな借金取りのお兄さんから10月にカニ漁行くか? って誘われたんで行くことにしましたー! ショウさーん! いっぱいカニが獲れたらショウさんにもおすそ分けしますねー! 一緒にカニ鍋パーティーしましょー…………そっかぁゾーキウリ! 行ってらっしゃーい! ちなみにネットラジオなら全国どこでも聴けるんだけど……海上は聴けるかなぁ~?』
――なっ……何だよこれ?
借金5億って……シャレにならない話じゃないか!?
『続いてはメールでーす! ラジオネーム・フォーステージさんから……ショウさんハロー……ハロー! つい先日のこと、ちょっと具合が悪かったんで病院に行って診てもらったんです。そしたら先生からガンだって言われちゃいましたー!』
――はっ……はぁああっ!?
『どうやら末期で、余命半年なんて宣告されちゃいましたーww、まぁ3ヶ月よりマシかなー? 何て思っちゃったりして……ショウさ~ん! あと半年、楽しく生きてみま~す! またスタジオ前にも遊びに行きますねー…………は~い、フォーステージさ~ん! いつでも遊びに来てね~! あ、そうだ! 来年公開録音があるからそのときにも来て……って来年は無いかぁ~! あっはっは』
――あっはっはじゃないよ! 何だよこれって!
5億の借金?? 余命半年?? メチャクチャ重い話じゃないか!? こんな軽いノリで話す内容じゃないだろ……何でこの人たちはこんな状況でポジティブでいられるんだ? おかしいだろ!?
これに比べたら、イジメで自殺を考えている僕の悩みなんてメチャクチャしょぼい話になってしまう……おかしい! この人たちは絶対に頭がおかしい!
結局、僕の自殺予告は取り上げられなかった……まぁ、こんなヘビーな話の後に出てきたら恥ずかしいだけだ。すると番組は別のコーナーに変わった。
『さぁて、今週は夏休みスペシャル! 中継がつながっていまーす……今日はどこかな~? リポーターの忍野萌海ちゃーん!』
そっか、今日はいつもと内容が違うんだ。
『はぁ~~い!! げんきばっくはつじがじさぁ~ん!! みんなの地~元アイドルぅ~……忍野萌海だよ~ん!!』
『萌海ちゃーん! 今日はどこから中継してるのー?』
『は~い、私は今……先日、自殺した目羽谷明くんの葬儀会場に来ていまーす!』
――えっ?
何だって?
今……僕の名前が聞こえたよな?
先日、自殺をした?
僕の……葬儀会場?
どういうことだ?
僕はまだ自殺をしていないし、僕の葬儀会場って? それに……
なんで僕の葬式がラジオで中継されるんだ? しかも何でおバカな地元アイドルがリポーターでやって来てるんだ? おかしい! 絶対に絶対に絶対に……
――このラジオ番組……絶対におかしい!!