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第2話

「ねぇ、キミ……」


 僕がアウトドア好きの若者グループに紛れ青木ヶ原樹海……いや、東海自然歩道に潜入してしばらく歩いていると、若者グループの最後尾を歩いていた女性に声を掛けられた。


 ――マズいっ!!


 僕が自殺志願者だってことがバレたか!?


 僕は中学生だけど少し老けた……大人びた顔だと人からよく言われる。この若者グループは見たところ大学生だろうか? しかし、この女性が「キミ」と声を掛けてきたので間違いなく僕のことを年下に見ているのだろう。こんな所で10代の少年がひとりで……やはり変な風に見られているのかも?


 ここで終わりなのか? このまま警察に突き出されるのか? 心臓がバクバクしてきて、暑さなのか恐怖のせいなのかわからない汗がこめかみを通り過ぎた。


「いいカメラ持ってるね……何を撮っているの?」


 その女性は、僕が首からぶら下げた一眼レフカメラを見て聞いてきた。


「あっ、あの……樹海の風景や植物……色々です」


 僕はできるだけ明るい声をつくりそう答えた。暗く思いつめたような声なら一発で怪しまれる。


「そうなんだぁ……キミ、高校生? もしかして写真部とか?」

「あっ、はい! 秋のコンクールに応募する写真を撮りに……夏休みを利用してここに来ました」


 こんな「でまかせ」がとっさにポンポンと出てくるとは……自分でも驚いた。


「へぇ……でもひとりで来たの?」


 ――マズい! ひとりで撮影旅行って……完全におかしい!


「あぁそっかぁ……誰か他の人と来ると撮りたいものが()()()集中して撮れないもんねぇ~。あっそうそう! 私たちはねぇ、○○大学のアウトドアサークルで来てるの……写真はド素人ばかりだけどね」


 助かった……勝手に解釈してくれてよかった。


 この一眼レフカメラは、僕が自殺志願者だということをカムフラージュするために用意した「飾り」だ。父さんのをパクってきた。

 父さんは小さいながらも会社を経営していてそこそこ金はある。一眼レフカメラくらい無くなっても簡単に買えるだろう。ただ……撮影した思い出まで盗む必要はないので、メモリーカードだけは外して家に置いてきた。最期に僕が「自撮り」をした写真を1枚加えて……。


 声を掛けてきた女子大生は、僕がひとりで撮影旅行に来ていた写真部の高校生だと勝手に思い込んでくれたようだ。僕はホッと胸をなでおろしたが、それもつかの間……さらに緊張が走ることが起きた。


「えっ何々? 写真やってんの?」

「へぇ、スゲーじゃん! 俺たちにも見せてよ」


 女子大生の話を聞いていた2人の男子学生が僕のところに歩み寄ってきた。見せられるワケがない! 僕は本当はカメラなど趣味ではないし、そもそもカメラにメモリーが入っていないのだから……。

 僕が黙ってその場をやり過ごそうとすると、その学生たちはさらにグイグイと攻め込んできた。


「えぇー何だよ、俺たちには見せる価値ないってか?」

「あー、それとも見られたらヤバい彼女とのエッチぃ写真でもあったりしてぇー」

「ハハハハッ!」


 僕は自分の正体(自殺志願者)がバレたくない気持ちと、男子学生たちの無神経にグイグイくる「ノリ」に恐怖を感じていた。その様子はまるで、僕をイジメた不良グループが最初に絡んできたときとそっくりだったからだ。すると……


「ちょっとぉ! 彼、イヤがってるでしょ! プライバシーの侵害よ」

「あ、わりぃわりぃ」

「ったく、アンタ法学部でしょ? もぅ信じらんな~い」


 僕は恐怖で固まっていると、女子大生が制止してくれた……助かった。



 ※※※※※※※



 その後しばらく、この大学生グループについていくと突然、


「えぇっ!?」


 先頭を歩いていた別の男子学生が大声を上げた。


「おい、どうしたんだよそんな大声を上げて……」

「いや……女優の△△が自殺したってよ」

「えぇっ!? マジかよ?」


 自殺という言葉を聞いて一瞬ドキッとした。先頭にいる学生はスマホアプリか携帯型かわからないが、ラジオを聞いていたようだ。

 どうやらそのラジオで、女優の△△という人が自殺したというニュースが流れたらしい。その女優は最近、不倫だか何だかで騒がれていた人だ。僕はドラマとか見ないのでよく知らない人だが、このあとの学生たちの会話に耳を疑った。


「バカだねー、何も自殺しなくてもいいじゃん!」

「それな! あのドラマどうすんだろうね?」



 ――え? 何だよそれ?



 人がひとり死んでいるんだぞ! 自殺するくらいなんだからよほど思いつめた何かがあったのだろう。それなのに人の心配じゃなくてドラマの心配かよ!? こいつら非情すぎる……鬼か? 悪魔か?

 でも、それはこの女優さんと直接的に面識がないからそう言えるのだろう。まぁ正直言って僕もそこまで悲しい訳じゃない。でも家族や友人、身近にいる人たちはきっと悲しんでいるに違いない。


 もう500メートルくらいは入ってきただろうか? いつまでもこんな陽気で()()()な大学生たちと一緒にいる訳にはいかない。この人たちから離れないと。


 この辺まで来ると遊歩道の入り口とは景色が変わってきた。昼なのに薄暗く、倒木や岩に付着した苔とシダの風景がまるでジャングルのようだ。この時間はかなり暑いはずだが、樹海の中は涼しさすら感じる。ただ湿気のせいか少し息苦しい。

 もう洞窟入り口にいる団体客の騒々しい音は聞こえない。聞こえるのは目の前にいる学生グループのはしゃぎ声だけだ。


 僕は胸にぶら下げた一眼レフカメラを手に取ると、パシャパシャと樹海の風景をカメラに収めた。もちろんメモリーカードが入っていないので記録されていない。


「あら、もう撮影始めたのね? じゃあ邪魔しちゃ悪いから私たちはこのまま行っちゃうね」


 撮影を始めた僕を見て、女子大生は離れようとしたが、


「……あっそうだ!」


 そう言うと突然、僕の所に近付いてきて


「キミ、これ持ってないでしょ? あげるよ」


 僕に何か手渡してくれた。受け取ったとき〝カランッ〟という金属音がした。


「えっ……鈴?」

「そっ、熊よけの鈴! キミ、持ってないでしょ? この辺りで熊が出没した話は聞かないけど、絶対いないとは言えないからね!」

「あっ、でも……」

「私は大丈夫よ! グループのみんなが持っているから問題ないけど……キミはひとりでしょ?」


 僕は手にした鈴を見つめた。その鈴にはクマの模型やラインストーンなどで飾り付けが施されていた。


「あぁこれ? デコったの! 熊よけの鈴って地味じゃん」

「え、いいんですか? もらっちゃって……」

「いいのいいの、お守りだと思って持っていって! それじゃ、気を付けてね」

「あっはい……お気を付けて」


 学生グループは僕に向かって手を振ると、そのまま先に進んでいった。今から死ぬ人間が熊よけしても意味ないのだが、何もかもから見放された僕が、最期に親切にされたのはうれしかった。


 しばらく撮影(しているフリ)を続けていると、やがて学生グループの姿が見えなくなった。後ろからも、今のところ誰も来ていない。今は夏休み、もたもたしていると他の人が通りかかってしまう。


 僕は周囲を何度も確認して……()()()()()()()()に踏み込んでいった。できるだけ急ぎ足で一心不乱に……。


 〝カランッ! カランッ〟


 うわっ、急いで歩くと熊よけの鈴がうるさくて目立ってしまう。一度立ち止まった僕はズボンのポケットに鈴をしまい、再び周囲を気にしながら歩き出した。


 〝ザッ、ザッ……〟


 道のない場所を進む……足音しか聞こえない……



 もう後戻りはできない。「死」への行進だ。

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