第12話(最終回)
「僕は……警察官になりたいです!」
駐在所のお巡りさんに将来なりたい職業を聞かれた僕はそう答えた。でもこれはさっき樹海の中で考えたばかり……何の予備知識もないただの素人考えだ。僕はこのお巡りさんに笑われる覚悟で話してみた。
「そうかい……じゃあやってみるといい!」
でもお巡りさんはそう言って、あっさりと僕を認めてくれた。
「そういや保護した人で警察官になりたいって言ったのは君で2人目だ。1人目は熊野君と言って今は県警で交番勤務しているよ。毎年年賀状と暑中見舞いは欠かさない真面目なヤツだ」
「え? 今でもその人たちと付き合いあるんですか?」
「あぁ何人かはな……基本的に真面目なヤツばかりだ。真面目過ぎて……心が折れちゃうんだろうなぁきっと……根が真面目なのはいいことだが、世の中少しくらい柔軟に生きた方がいいぞ」
まさか不真面目を取り締まる警察官からそんなセリフが出てくるとは……。
「それにしても……警察官か、言っておくが厳しいぞ! 採用試験は意外と狭き門だし、合格してからも警察学校は大変だ……まぁ学歴は中卒でもなれるが一応、高卒の資格は……」
「あっ、いえ! 僕は……」
僕が目指しているのは高卒の警察官ではない。
「僕は……大学を出て……キャリアになりたいんです!」
言ってしまった……素人考えでもさすがにこれは無謀か。このキャリアというのはFM青木ヶ原で流れた「僕の葬式」のインタビューでイジメっ子の宇郷が言った未来予想……もちろんそれが具現化する保障などどこにもないし、宇郷が言ったように将来ヤツをあごで使って自殺に追い込むつもりもない。
ただ……少しでもアイツらよりは高いポジションに立って、今までイジメられた分を見返してやりたいという人生の「目標」だ。
この荒唐無稽な「夢」には、さすがのお巡りさんも目をまん丸くし言葉を失いかけた。だが……
「そうか……じゃあ君はいずれオレの上司になるのかもしれないな」
と言い、続けて
「キャリアを目指すんだったらノンキャリアとは比べ物にならないくらい努力が必要だぞ! 高校も、そのイジメっ子たちが逆立ちしても入れないレベルの学校に行きなさい。そして誰もが知る名門と呼ばれる大学に入りなさい」
お巡りさんは一度も「できない」とは言わなかった。
※※※※※※※
翌朝、僕は駐在所で朝食までごちそうになった。お巡りさんからは「いいか、今のオレは警察官じゃなくて世話好きなオジサンだからな」と何度も念を押された。
お巡りさんは僕を河口湖駅まで送ってくれると言った。ただその前に、どうしても案内したい場所があるというので車でその場所へ向かった。
警察官の制服でパトカーだと目立ってしまう。僕に配慮してお巡りさんは私服で自家用車を使った。少しくらい柔軟に……を本当に実践している人だ。
着いた場所は「西湖野鳥の森公園」。冬になると樹氷まつりが行われる場所だということはローカルニュースで知っていた。
まだ朝早いせいか、施設は開館していなかったが公園内には入れるようだ。お巡りさんの案内で、僕は公園内の森の中を散策した。
森の中は昨日僕が入った樹海と似ているが、樹海よりは少し明るい印象だ。木の種類はよくわからないが何となく違う感じがする。それよりも……
〝ピューリ、ピュッピュリ〟
〝ツッピー、ツッピー〟
鳥の鳴き声がすごい……正直うるさいくらいだ。青木ヶ原樹海の近くにこんな場所があるんだ。すると今は勤務時間外(自称)のお巡りさんが、
「すごいだろ、この森……実はな、この森も青木ヶ原樹海の一部なんだよ」
えぇっ、そうなんだ! 別の森かと思っていた。
そのとき、
〝パタパタパタッ〟
――えっ?
左耳に何か音がすると思ったら、どうやら僕の左肩に小鳥がとまったようだ。
――えっえっ、えーっ!?
突然の出来事に慌てていると、次の瞬間その鳥は羽ばたいていった。
「はっはっは、ビックリしたかい? あれはヤマガラという鳥だよ。この公園には鳥のエサ台があって餌付けされているから人間に警戒心がないんだよ。だからこの辺のヤマガラはヒマワリの種とかを手のひらに乗せておくとやってくるよ……ただこの時期は(虫などの)エサが豊富だから、やって来るのは珍しいね」
「そうなんですか?」
「あぁ、でも……わざわざやって来たってことは、明くんに何か伝えようとしていたのかもな」
僕は昨夜、すっかり打ち解けたお巡りさんに僕の名前と家の連絡先を明かした。お巡りさんは僕の家へ電話し、息子さんはこっちへ一人旅をしたが所持金を無くして困っていたところを保護している。バス代を立て替えておくので明日帰す……と伝えてくれた。
確かに一人旅だし所持金ゼロ(元々死ぬつもりだったし)だ。お巡りさんはほぼウソをついていない……両親を心配させないよう「自殺」という言葉は一度も使わなかったが……。
その代わり……僕が帰ったらイジメを受けていたと両親に報告すること、そのための転校や通信教育など進学のために必要な方法を両親と話し合うことなどを約束させられた。
「そういえばあの鳥……僕の耳元でツピーとか鳴いていました」
「そっか……もしかしたらこう言いたかったのかもな?」
「……何ですか?」
「青木ヶ原樹海にいる生き物はね、当然だけどいずれは死んでしまう……でも、どの命も最期の瞬間まで全力で生きようとする『生命に満ち溢れた場所』なんだよ。自ら死を選ぶ生き物なんてどこにもいない……だからね、青木ヶ原で死のうとする生き物には来てもらいたくないんだ」
「……はい!」
僕はこの青木ヶ原樹海にまた来ようと思った。
今度は命を捨てるのではなく……命を感じるために……。
※※※※※※※
「それじゃあ明くん、元気でな!」
「はい、色々お世話になりました!」
河口湖駅で甲府行きのバスに乗り、お巡りさんと別れた。
この時間、甲府行きのバスは空いていた。僕はカバンの中からスマホと「熊よけの鈴」を取り出した。
この「熊よけの鈴」をくれた女子大生は確か○○大学と言っていた。誰もが知る名門大学だ。政治家や経済界の大物を多数輩出している。
警察のキャリアを目指すにはこのレベルの大学に行かなければダメだ。ここを目指そう! もし僕がこの大学に入っても会うことはできないだろうが、できればこの女子大生にお礼を言いたい。この鈴は僕の「お守り」にしよう!
あと、駐在のお巡りさん夫婦にも……帰ったらお礼の手紙を書こう! そういえば奥さんから、お土産にぬいぐるみのキーホルダーをもらった。「ふじぴょん」という顔が富士山の形をしたピンクのうさぎだ。
これもお守りにしよう……僕は河口湖畔の産屋ヶ崎にある桜の木の傍を通るバスの中でそんなことを考えていた。
それと……僕はスマホのラジオアプリを起動した。
『JOKER-FM、JOKER-FM……
コチラハFM青木ヶ原デス……コレデ今日ノ放送ヲ終了イタシマス。
人生ニ迷ッタトキ、生キルコトニ疲レタトキハ
イツデモ、FM青木ヶ原ノ番組ヲオタノシミクダサイ……
JOKER-FM、JOKER-FM……コチラハFM青木ヶ原デス』
〝ジジッ……ザザザーッ…………〟
FM青木ヶ原の音声が途絶えた。しばらくすると
『グーーーーーーーーッドモーニング!! 今朝もFM3776の番組を……』
いつものFM3776に戻った。
僕は謎のラジオ局『FM青木ヶ原』に感謝した。でも……
僕が再びこのラジオを聴くことはもうない。
(FM青木ヶ原・終わり)
「FM青木ヶ原」を最後までお読みいただきありがとうございました。
今回、ホラーというジャンルで書くのは2回目です。ただ、前回はホラーとは名ばかりのコメディーでした。今回は初めて本格的? なホラー作品に挑戦してみましたが……いかがでしたでしょうか?
ホラー小説を専門で書かれている作者の方々には到底及ばないですが、お楽しみいただけたら幸いです。
今回のテーマは「いじめ」そして「自殺」です。私は前々から、このテーマで作品を書きたいと思っていました。
私は、小学校~中学校と酷いイジメに遭っていました。そして20代の頃は、毎日のように自殺を考えていました。
しかし、そんな私も今や50代……もちろん、辛いこと苦しいことは何度もありましたが、現在はこうやって小説(っぽいもの)を書いて楽しく過ごしております。
イジメられたり自殺を考えていた当時は大変苦しい時期でしたが、今となってはマジで「どうでもいい話」です。
そんな私だからこそ、「イジメを苦に自殺」というニュースを聞くたびに心が痛みます。そこで、こんな私に何ができるのか? 自分のイジメ体験や反省点を活かして何か物語ができないものかと考え、今回の作品を書きました。
この作品がイジメで悩む子どもたちに、ほんのわずかでも役に立てたらいいなと思っております。
追伸・本文中には前回(春の推理)に投稿した「宝探し」同様、2022年度公式企画のテーマ「桜の木」「手紙」「ぬいぐるみ」……そしてもちろん「ラジオ」という言葉が2ヵ所以上隠されています。よろしかったら探してみてください。