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第11話

 青木ヶ原樹海から脱出した僕は、国道をトボトボと歩いていた。するとそこにパトカーが通りかかり、僕はパトカーで近くの交番まで連れていかれた。


「君、足を怪我しているね……消毒しておこうか?」


 初老の警察官が僕の脚を見てそう言うと、奥の部屋から中年女性が救急箱を持ってきて傷口を消毒してくれた。この女性は制服を着ていないが……非番の婦人警官なのだろうか?


「うっ!」


 蛍光灯の下で見ると脚の広範囲に傷口が広がっていた。消毒液が染みて痛い。


「よく我慢したね、君はえらいよ」


 その後、僕はその警察官と話をした……とは言っても僕は今まで警察官と直接話をしたことがなく、さらに制服姿が怖くて僕からは何も話せなかった。

 するとその警察官は、今日はとても暑い日で普段涼しい河口湖でも30度を超えたとか、近くの西湖で花火大会が行われたとか世間話をし始めた……でも僕が自殺志願者かどうかということには一切触れなかった。


「あぁごめんね、オジサンも仕事だから今からメモ取るけど……調書を書いて君を逮捕したり親御さんに連絡する訳じゃないから……話せる範囲でいいから話してくれないかな?」


 僕は「逮捕されない」という話を聞いて少し安心した。まぁよく考えたら僕が逮捕される理由など無いはず。ただ僕は「親に連絡しない」という言葉がまだ信用できなかったので、自分の名前だけは絶対に言わないようにして話をし始めた。


 僕が国中(甲府盆地の方面)から来た中学生だと伝えると「へぇ、ひとりでよく来たねぇ、バスかい? 電車かい?」と聞いてきた。

 甲府方面だと知った警察官は、若いころ甲府市内の交番に勤務していたこと。そこで不審者に追いかけられていた女性を保護したこと。逃げた不審者の特徴を事細かに覚えていたおかげで後日、不審者の身元が特定され別件で逮捕できたことなどという武勇伝? まで話してくれた。


 いつもならそんな話は「自慢話かよ」とウザく感じてしまうが、僕はそんな()()()()()の昔話を興味津々で聞いていた。僕がお巡りさんと世間話をしていると


 〝グゥゥゥゥ!〟


 お腹が鳴ってしまった。そういえば「最後の晩餐」も食いそびれてしまい、気がつけば朝から何も食べていなかった。


「はははっ、ずいぶん歩き回ったみたいだからお腹が空いたんだね?」


 私服の中年女性が、買い置きのカップ麺を用意してくれた。


「ホントは警察がこんなサービスしないけどな……ナイショだぞ!」


 お巡りさんは僕の頭をなでて言った。


「おい、もう出来てるぞ! 早く食べなさい」

「い……いただきます」


 僕はカップ麺を食べた……今までの人生で一番美味しいカップ麺だ。



 ※※※※※※※



「で、君は……あの時間にあの場所で何をしていたんだい?」


 カップ麺を食べ終わった僕にお巡りさんが聞いてきた。たぶんこれが本題……聞きたかったことだろう。


「……じ……自殺です」


 もう自殺をする意思がないので隠す必要はない……僕は正直に答えた。


「で、でもっ僕は……」

「あぁわかっているよ! 君は自殺しようとして思い留まったんだろう?」

「え?」


 予想外の対応に僕は困惑した。


「君の姿を見ればわかるよ! 脚が傷だらけで……樹海の中を散々考えながら歩き回ったんだろう? 自殺したかったら今頃ここにはいないよ! それに君の目を見ればわかる! 自殺志願者がそんな生き生きとした目をしていないよ」

「そっ……そんなこと……わかるんですか?」

「もちろん! オレもこっちに赴任してから何人も自殺志願者を保護したよ。だいたいは20代から30代、目が死んでいて説得しても聞く耳を持たない……中学生は珍しいけど、君はそんな目をしていない……ま、長年のカンだけどな」


 そんなこともわかるの? 僕はこのお巡りさんをすごい人だと思った。


「本来なら署の生活安全課に引き渡すところだけど君なら大丈夫だろう。自殺志願者の保護じゃなくて市民の相談ってことで処理しておくからこのまま帰って……と言いたいが今夜はもう遅い。よかったらここに泊まっていきなさい」

「えっ? ここって交番……もしかして留置場?」


 僕はいわゆる牢屋で1泊……を想像した。するとお巡りさんは


「はっはっはっ! ここは駐在所……オレの家でもあるんだよ! さっきからちょくちょく出て来てるのはオレの家内だよ」


 そ……そうだったんだ。



 ※※※※※※※



 僕は駐在所のお巡りさんの好意に甘えて泊めてもらうことにした。お巡りさんからは「これは勤務時間外だからな」と念を押された。


「それにしても、君はよく樹海まで入ったのに自殺を止めようと決意したね? 何か考え直すキッカケでもあったのかい?」


 ――!?


 そうだ、僕は……謎のラジオ局『FM青木ヶ原』から繰り出される数々の奇妙な出来事によって自殺を止めるようになったんだ。


「あっ! あの……」


 僕はこのお巡りさんに『FM青木ヶ原』のことを聞こうと思った。正直、突拍子もない話で信じてもらえない可能性が高いし、下手すると頭のおかしい人だと思われるかもしれない。でも僕が自殺を止めようと決心させるほどの出来事だ……話さない訳にはいかない。


 僕はお巡りさんに『FM青木ヶ原』というラジオが突然聞こえてきたこと、自分の葬式が実況されたり自分の自殺死体を見たことなどを話した。


「ふーん……」


 お巡りさんは首を傾げた。やはり信じてもらえないのか……と思っていたら


「似たような話は聞いたことがあるなぁ……もう10年近く前になるが、穴に落ちて死にかけていた自殺志願者を発見したことがあってな……幸いその人は病院に運ばれて一命をとりとめたんだが、やはりその人も自分の死体を見つけて怖くなって逃げだしたんだそうだ。その人はたぶん……心の奥底で死ぬことをためらう気持ちがあったのかもしれないな……君もそうなんじゃないのかな?」

「そ……そうなのかな」


 するとお巡りさんは顔をほころばせ


「そうだよきっと……君にもその心があったから、そのラジオが聞こえたんだと思うよ。だから一度しかない命を繋ぐことができたんだ……大切に使いなさい」

「は……はい」


 結局『FM青木ヶ原』の真相はわからずじまいだった。でもお巡りさんは僕のこんな突拍子もない話にも付き合ってくれた。


「ところで君……」

「……はい」

「君は明日……帰ってからどうするつもりかな?」

「?」

「あ、言い方が悪かったね。今の状況だとまた同じことの繰り返しだろ? 帰ってからの具体的な対策は何か考えているのかい?」


 このとき僕はお巡りさんとの会話の中で自分が学校でイジメられていること、イジメを苦に自殺を考えたことを話していた。


「僕は……イジメの連鎖から抜け出したいです。このままだと僕は傷だらけでボロボロになってしまうし、僕も他の誰かを傷付けてしまいそうで……でも勉強は続けたい! だから学校には行かないで進学できればいいんですけど……学校に行かないと内申点が……」

「あぁ、大丈夫だよ」

「えっ?」

「高校に行きたいんだろ? だったら定時制や通信制高校があるじゃないか。全日制だって行けないことはない……ただ内申が悪い分、入試は厳しいけどな」

「そうなんですか?」

「あぁ、ウチの息子(せがれ)も通信制を卒業して警察官になったよ。それで……君はその先の目標はあるのかい? 将来なりたい職業とか……」


 なりたい職業? 僕はさっき決めたばかりの「自分の道」を初めてこのお巡りさんに話すことにした……鼻で笑われるかもしれないけど。



「僕は……警察官になりたいです!」


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