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第10話

 ――青木ヶ原樹海から脱出しよう!


 僕は死ぬのを止めた。やっぱり生きよう……生きてイジメの連鎖を断ち切ってやる。僕は突然スマホから流れてきた『FM青木ヶ原』という謎のラジオ放送によって考え方が180度変えられた。人生の迷宮から脱出することができたのだ。


 だが今いる場所は青木ヶ原樹海の奥深く……現実の迷宮だ。せっかく人生の進行方向を決めたところで、ここで遭難したら全て終わりだ。


 そういえばラジオDJの鈴本ショウさんが「ここだっ!って決めた方へ進んでごらん!」と言っていたよな。

 落ち着いて考えよう! 確かここに辿り着いたのは、突如現れた「僕の首吊り死体」がある方向からだった。つまり、そっちに戻れば帰れるはずだ。


 僕は……正直もう見たくはないが、自分の死体のある方向に振り返った。


 ――あれ?


 僕の首吊り死体が無い……。


『ぉーぃ』


 おかしいなぁ、さっきまでここにあったはずなんだけど……でもまぁ、この方向で間違いない。僕が「ここだっ!」って決めたんだ。もし間違っていてもそれは自分の責任……後悔はしない!


『おーい』


 でも、何で死体が無くなって……いや、そもそも何で僕の死体があったんだ?


『おーい! 明くーん!!』


 うわっ! ラジオの向こうのDJ・ショウさんが話しかけてきた。


『その死体はねぇ、キミの未来を映す鏡だったんだよ! だからキミが死ぬことを止めた今、その死体は消えてしまったのさ』


 え? じゃあ僕は生きられるってこと? だとしたら樹海の他の場所で僕の死体が見つかったらイヤだなぁ……それだけは避けよう。


『それとさぁ明くん、キミは今スマホでラジオ聞いているよね?』


 う、うん……そうだけど?


『だったらさぁ、キミが今いる場所……わかるんじゃない?』


 えっ? どういう……あっ!


 ――そうか、地図アプリだ! でも……


 樹海って位置情報わかるの? 僕は半信半疑で地図アプリを起動してみた。


 ――あっ……使える!


 残念ながらこの場所は緑一色だが、少しだけ画面の上の方に直線道路が見えた。


『スマホの電波も届くしGPSも使えるよ! 今、表示されている国道139号も樹海の中を通っているけどカーナビ使えるし……もちろん方位磁石も狂わないよ』


 そうなんだ……僕は自殺の方法ばかり調べて他のことは何も知らなかったな。


 ――よしっ!!


 僕はスマホのラジオアプリで『FM青木ヶ原』を聞き、ナビを頼りに、ライトを点灯して歩き出した。ただ、バッテリーの残量が心配だ。


『頑張れ明くーん! じゃあここで1曲リクエストいきましょう! 爆風スランプでぇー【Runner】……って思った? 残念、今回はこっち! 明くんの人生の旅を応援するよぉー、【旅人よ ~The Longest Journey】!!』


 初めて聞いた曲だけど、何か元気が出る曲だ。僕は靴裏に刺()()()()と滑りやすい苔に注意しながら慎重に国道に向かって進んだ。


 〝カランッカランッ〟


 熊よけの鈴を鳴らしながら進む……これは樹海に入ったとき女子大生からもらったものだ。まだ野生動物には遭遇していないが、熊がいるかもしれない。せっかく生きる気になったのに、そんなことで出鼻をくじかれたくない……これは今の僕にとって命綱だ。

 そうか……僕の周りは敵しかいないと思っていたけど、ちゃんと親切にしてくれた人もいるじゃないか! その人の真意なんてどうでもいい……僕は、自分の味方をしてくれる人に感謝しなくちゃ!


 地図上は同じ色で表示されているが、実際には溶岩だらけで凹凸が激しく思うように進めない。けど少しでも早く脱出したいから気持ちは焦る……すると、


 〝ズリッ! ズザザザザッ!〟


 ――あうっ! 痛い!!


 しまった! 苔に足を滑らせ転倒してしまった!


『明くーん大丈夫? 樹海には溶岩樹型っていう穴が多いから気を付けてね』


 骨折したような激しい痛みはない……たぶん大丈夫だろう。近くの岩に座り、痛みがある左脚のズボンの裾をめくり上げてみた。

 ズボン自体には破けたような跡は見えなかったが……左脚は大きく擦りむいて赤い血がじわじわと染み出し流れ出してきた。



 ――良かった!!



 血が赤い! 痛みもある!



 僕は……生きているんだ!!



 もちろん治療薬なんて持っていない。僕は痛みをこらえて国道を目指した。



 ※※※※※※※



 樹海の中は真っ暗闇だが、どうやら月が出ているようだ。時々、月明りが差し込んでくる。でも月明りだけでは何も見えない。スマホのライトが唯一の頼りだ。


 ――あれ?


 地図の表示がおかしい。場所を移動しているのに更新されない……もしかして省電力モード? 気が付くとバッテリー表示が赤くなっていた。まっ、マズい!


『さぁそれでは次のリクエス……』



 ……


 さっきまでラジオの音声で騒がしかった僕の耳の中が静寂に乗っ取られた。


 ラジオの音声は途絶え、ライトは消え、スマホの画面は真っ暗に……バッテリーの残量が無くなってしまった。


 ――くそぅ! ここまで来たのに……


 でも、ここであきらめたくはない! こんなことで負けたくない! ここで死んだら意味がない! 僕は……僕は……



 ――生きたい! いや、生きてやる!!



 すると、不思議なことが起こった。


 〝ブゥウウウウン〟


 突然スマホのバイブが鳴った。あれ? バッテリーが切れたはずなのに……スマホの画面を見るとそこには……


 ――あっ!


 画面に映っていたのは「小さいときの僕」だ。さっき見たときは泣き顔で、僕に向かって「殺さないで」と嘆願していた。でも今、画面に映っている「小さいときの僕」はニッコリ笑っている。そして……


『オニイチャン……アリガト……ボク……生キラレルヨ』


 と僕に言うと画面からスゥっと消えていった。


 ――あっ、あれっ!?


 さらに驚くことが……バッテリーの残量がグイグイと上がっているのだ。気が付けば充電完了状態になっていた。

 ライトも再び点灯し、地図も表示され……再びショウさんの声が聞こえた。


『明くーん! あともう少し……負けないでね! というワケで本日のラストナンバーはZARDの【負けないで】ー!! ではリスナーの明くん、無事に生還することを祈るよ! それじゃあーバイバイッ!!』


 ありがとうショウさん! すごく助けられた……本物かどうかわからないけど。


 僕は国道を目指した。途中何度も転んだけど……それがどうした! 宇郷たちに暴行されたときの痛みに比べたらこんなもの何でもない!

 アイツらにはこの何倍も仕返ししてやる! だがその方法は僕が自殺することでもアイツらを殺すことでもない……それは、




 ――僕が『生きている』ことだ!




 アイツらは僕が死んでも何とも思わない……だったら生きてやる! 立派な大人になってアイツらを見返してやる……ま、今の僕にはアイツらの存在なんて正直どうでもいいのだが。


 ――生きてやる生きてやる生きてやる!!


 僕はそう自分に言い聞かせ、無我夢中で樹海を進んだ。



 ※※※※※※※



「イテッ!」


 僕は高さ50センチくらいの段差から落ちた……コンクリートの壁だ。目の前には月明りに照らされた大きな直線道路がある。


 ――助かった……のか?


 どうやら国道に出たようだ。だが街灯もなく車も通っていない夜道……どっちに進んでいいのかわからない。とりあえず直感で「こっち」と思った道をトボトボ歩いた……足の痛みをこらえながら。


 すると前方に自分の影が見えた。車のライトで背中から照らされたみたいだ。



「おおーいキミ、どうしたんだい?」



 僕を照らしたのは1台のパトカー……声を掛けてきたのは初老の警察官だった。


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