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第1話



「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」


                     チャールズ・チャップリン


 




 ――その日、僕は自分の死体を見た。





 僕は、自分の「結末」を見てしまった。


 今の僕は、この姿になるしか方法がない……そう、





 ――僕にはもう、道がない。






 ※※※※※※※



 8月中旬、僕は有名観光地になっている洞窟……そこの駐車場にあるバス停に降り立った。この日は夏休み、しかも有名な観光地なのでかなりの人出だ。

 東京あたりから来たのだろうか、家族連れや若者グループ、外国人や中高年のツアー客がワイワイ騒ぎながら楽しそうに洞窟へ向かって歩いていく。僕はそんな人混みの中に紛れ込んでいた。


 僕の名前は目羽谷(めはや) (あきら)。この洞窟がある場所と同じ山梨県内だけど、国中という甲府盆地がある地域に住む中学2年生だ……。


 まあ、名前なんかどうでもいいや……だって、





 ――僕はもうすぐ死ぬんだから。





 僕は……死ぬためにこの場所へ来た。


 この洞窟がある場所……『青木ヶ原樹海』へ!



 ※※※※※※※



 僕は学校で、ひどいイジメに遭っている。


 元々友だちと(つる)むのが好きではなく、休み時間はいつもスマホアプリでラジオを聞きながら読書をしていた。そんな僕は周りから浮いてみられていたせいか、クラスの不良グループに目を付けられるようになっていた。

 初めのうちは答えにくいような卑猥な質問されたり、一緒にタバコを吸うかとか言われた。もちろんこんな連中と関わりたくない僕は、無視を決め込むとだんだんイジメはエスカレートしていった。

 文房具や教科書を隠されたり、机に落書きをされたり黒板に「死ね」などと書かれるようになった。それでも飽き足らない彼らは、やがて僕の心身をも傷つけるようになってきたのだ。

 誰もいないのを見計らって殴る蹴るの暴行、タバコを押し付ける「根性焼き」、ある時はパンツを脱がされた状態で校庭の()()()に逆さ吊りにされ放置された。他の生徒は彼ら不良グループには誰も逆らえないので見て見ぬふり……それどころかこんな醜態をさらしている僕を見てケラケラ笑っている女子もいた。


 もちろん先生にも訴えた。一応、ホームルームでイジメの事実があるか確認してくれた。もちろん誰も名乗り出る者はなく、先生は「イジメはない」と決めつけそれ以来この話題を出すことすらNGになった。学校なんて信用できない! 先生たちは僕を救ってくれない!

 父さんや母さんには言っていない……いや、言えない。父さんには普段から「強い人間になれ」と言われていた……それがプレッシャーだとも知らずに。持ち物を盗られたりパンツを脱がされたりしている事実を知られたくない。ただ母さんに対してだけは、口数を減らしたり夕食を抜いたりしてサインを送っていたが全然気づいてもらえなかった。


 もう限界だ。クラスも先生も両親もあてにならない。


 僕を救ってくれる人など誰もいない。





 ――僕にはもう、道がない。





 今の僕には死ぬことしか方法が残されていない。僕がこの世から消えてしまえば全て解決する。この苦しみから永遠に逃れられる。


 ――この世から消えてしまえば?


 そうか、消えてしまえばいいんだ! 僕は自殺の方法を色々考えたが、最終的に自分の死体が見つかりにくい……つまり消えてしまう方法を選んだ。



 それが……『青木ヶ原樹海で自殺』だ。



 とりあえず樹海に入って姿を消す。後は首つりでも服毒でもなんでもいい。


 青木ヶ原樹海は、同じ山梨県内にあるので場所は知っている。もちろん「自殺の名所」ってことも……。この樹海があるせいで山梨県は人口に対する自殺者の割合が全国ワースト1位になっているそうだ。

 ただ、最近は有名になり過ぎて自殺防止のパトロールが多いらしい。思いつめたような暗い顔をしてフラフラと樹海に入っていくと、すぐに地元ボランティアのパトロールにつかまってしまう……意外と難易度は高い。


 でも、「木を隠すなら森の中」ということわざがある。これは物を隠すには似たような物がたくさんある中に隠すのが最適という意味だ。つまり……

 誰もいない樹海の入り口では、そこに立っただけで怪しまれてしまう。それなら観光客やアウトドア愛好家のふりをすれば……そして大勢の団体客に紛れて侵入すれば、誰からも怪しまれず樹海に侵入できるはずだ。


 僕はこの日のために、いかにもアウトドア愛好家っぽい服や大きなリュックを買いそろえた。いわゆるバックパッカーのような出で立ちだ。周囲から不審がられても「私は()()()()()()を散策していますよ」「いざとなったら()宿()()()()()()は持ち合わせていますよ」というアピールだ。まぁ実際には首つり用のロープと、不眠症と偽って手に入れた睡眠薬と水だけだが……。


 そうそう、実はこの洞窟の駐車場から東海自然歩道に入ることもできる。東海自然歩道とは高尾から箕面までを結ぶメチャクチャ長い遊歩道だ。この歩道は青木ヶ原樹海の中を通っているのでアウトドア好きを装っていれば怪しまれないだろう。

 それから、樹海に入る時間も大事だ。たとえこの格好でも、日が暮れる時間に入れば怪しまれる。森の中は暗くなるのが早いらしいので、午後になったら樹海には入らない方がいいだろう。なので朝の7時過ぎに甲府駅を出発し、電車とバスを乗り継いで2時間ちょいで着いている。この時間なら樹海……じゃない、東海自然歩道に入っても不自然ではないはずだ。


 あとは……タイミングだ。僕は中学生だが、身長はそこそこあるので子どもに見られることはないだろう。それでも1人で入ったら怪しまれる。どこかに遊歩道へ入っていく集団はいないだろうか?

 僕は近くの売店で、洞窟にやってきた多くの団体客に紛れて様子を伺っていた。すると、いかにもアウトドアが好きそうな男女の若者グループが数台のSUVに乗ってやってきた。


 ――チャンスだ!


 僕はその若者グループに近付くと、「少し離れているけど僕はそのグループの一員ですよ」と、アピールできるくらいの微妙な距離を保って、駐車場の隣にある東海自然歩道の入り口に足を踏み入れた。あまり離れて単独行動に見られたり、逆に近付きすぎて若者グループの人たちから怪しまれない距離だ。


 〝ドクンッ、ドクンッ……〟


 後ろから突然「おい、君!」と声を掛けられないか、緊張で心臓が張り裂けそうだ。まぁどうせ死ぬのだからここで心臓が張り裂けても構わないのだが、やはり誰もいないところで死にたい。


 東海自然歩道の案内板と、数本打たれた杭を通り過ぎた……よし! 誰も声を掛けてこない。成功だ!

 あとはこのワイワイ騒ぎながら歩いている若者グループに気付かれないよう、絶妙な距離を保ちながら遊歩道をしばらく歩き続けよう。


 まぁ……すでに遊歩道に入ったんだし、このグループとは少し距離をとっても大丈夫だろう。そう思って少し歩くスピードを緩め始めたとき……



「ねぇ、キミ……」



 グループの最後尾を歩いていた女性が、僕の方を振り向いて声を掛けてきた。


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