【第一章】其の四『剣士』
カステラの街から少し離れた高原に来たコウヤは、周囲の光景を見るや否や、目が点になっていた。ちなみに、彼は、高原が広大過ぎて驚いてる訳では無い。
「コウヤ君……??急に止まってどうしたの??」
そして後ろから声を掛けてくるのは、紛れもなく此処に彼を連れて来た張本人である。
「エフィ。これは何だ。」
たった今置かれている状況の整理をしなくてはならない。そう思った彼は、隣に歩み寄って来るエフィに尋ねる。
「何って、此処の事?此処は、チョコロネイムの高原よ?」
「いや……、よ?(裏声)……じゃなくて!」
「……?」
「この、完全にチョココロネの形をした謎の生物の大群は何なんだああああ!!!」
――ミ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
チョコロネイムの高原
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミ、ミ」と、兎のように跳ねる度、可愛らしい声を発している謎の生物。そして、その見た目は完全にチョココロネなのである。
「チョコロネイムの高原だもの。チョコロネイムに決まってるじゃない。」
「チョコロ……、ネイム……?」
(つまり……、これはあれか……?
RPGゲームで序盤に出て来るスライム的な存在の……。
どうやら敵対心は……、無いみたいだな……。)
コウヤが冷静にチョコロネイムの分析をしていると、すぐに隣で動きがあった。
「それじゃあ、とっとと倒しましょうか。
少し熱が通ると、更に美味しさアップ……、なんちゃって!」
「はあ……?
ちょ、待て待て待てぇい!ひょっとして、こいつらを食う気か?!!」
「腹ごしらえが出来るんだもの。倒した後は食べてあげなきゃ損でしょ……?」
「悪いけど、俺はゴメンだね……。
ところで、回復魔法しか使えないエフィが、どうやってこいつらを仕留めるんだ?」
「う……、そうやって改めて言われると傷付くなぁ……。
確かに、私は魔法では仕留めることは出来ない。
その代わりに、これを使いますっ!」
自信満々なエフィが、ポーチのような小さな袋から取り出したのは、手の平サイズの赤い球体だった。
「何だか非常に嫌な予感がするんだが、それは一体……?」
「これはエイムボムと言って、
そうね……、簡単に言えば、爆弾!」
とても可愛らしい笑顔で、とても危険なものを持ちつつ、とても恐ろしい発言をするエフィに若干引くコウヤ。
「これは投げた後、敵が多く集まっている場所に、勝手に飛んでいく爆弾なの。だから、投球に自信が無い人でも大丈夫!」
「ご丁寧に説明どうも……。」
「じゃあ、見ててね……!いくよっ……!」
「っえい!!!」
「ブブッ……!」
「むう……、今笑ったでしょ……!」
ヘンテコな投球スタイルに思わず吹き出してしまったコウヤ。しかし、エイムボムはそのまま近くに落下するどころか、浮き上がって飛んでいく。
「本当に飛んでいくのか……、凄いな……!」
「でしょー!」
「いやいや、貴女じゃなくてあのエイムボムが。」
頬を膨らませるエフィを横目に、エイムボムの行き先を目で追うコウヤ。頭上に危険物が迫って来ていることに、チョコロネイム達は気付いていないようだった。
「あの世では食われたりするなよ……。」
「君達、一体此処で何を?」
その時、
若干可哀想に思うコウヤと、目を輝かせて収穫の時を待つエフィの後ろから声がした。
コウヤ達が振り向くと、そこには背の高い男性が立っていた。彼の腰部分には白い剣が下げられている。
「貴方は……?」
エフィがそう尋ねると、彼は静かに答えた。
「私は剣士、グレン・セ・ロアールだ。」
「グレン・セ・ロアール……?!」
名を聞いた途端、驚きの表情を隠せなくなるエフィ。すかさずコウヤは彼女に聞く。
「どうしたエフィ……?この人について何か知っているのか……?」
「うん……。
その姿まで見た事は無かったけれど、名前は聞いたことがあって……。
此処から遥か南に位置するヘレナヴァレ王国剣士の一人……、グレン・セ・ロアール……。」
「私の事を知る人が此処にも居るとは、中々光栄なものだな。」
「でも、どうして王国剣士の貴方が此処に……?」
「……近頃、この辺り一帯で謎の爆発跡が目撃されているようでね。塞いでも塞いでも、穴を開けられてしまうらしい。私は、この一件の調査の為に王国から派遣されてきたんだ。」
「な、謎の爆発跡……!
そ、それは是非とも調査しなくてはなりませんねぇぇ……!」
「……何か焦っているようだが。」
「き……、気のせいですよぉ……!」
「……、
もしや、君がこの辺一帯を頻繁に爆発させている犯人……。」
「そんな……、そんなわけないじゃないですかぁ……!」
「そうだぞ……!ゴメン・ア・ソバーセ……だっけ。」
「何もかも間違っているじゃないか……!
……グレンで良いよ。」
「グレン、
第一、彼女が爆発させていたという証拠はあるのか……?」
「……、これは何かな。」
「っ……!」
グレンが手に持っていたのは、さきほどエフィがチョコロネイムの大群に投げたはずのエイムボムだった。
「エイムボム。それも自動追跡機能付きの物か。」
「っ……!どうやってそれを……!」
「私は確かに、向こうに投げたはず……!」
「君達に話しかけた直後に、普通に走って取ってきただけだよ。」
「俺達が声を聞いて、振り返るまでの動作の中でエイムボムを取って来たというのか……!」
「そういう事だ。」
「いくら何でも速過ぎるでしょうよ……!
徒競走どころかマラソンでも間違いなく一等賞だぞ……。」
物凄い速さでエイムボムを手に取り戻って来たと言うグレンは、どうやらエフィを疑っているようだった。
「エフィをどうするつもりだ……。」
「ただちに拘束し、王国に連行する。そして、自らの口で真実を吐いてもらう……。」
「そ……、そんな……!」
「やめろ……、連れて行くなら俺を連れて行け……!!!エフィの犯した罪は俺が……!!!」
…………
…………
…………
「ここまで時間稼ぎに付き合ってくれて助かったぞ、二人共。」
「は……?」
グレンはそう言うと、天に向けて高々とエイムボムを放り投げ、剣を抜いた。
―― ブォン
空高く舞い上がったエイムボムに向けて、剣を一振する。
直後、剣から放たれた斬撃波がエイムボムを真っ二つにした。
――ドガァンッ
空で爆発するエイムボム。コウヤ達には、彼が一体何をしているのか検討もつかなかった。そして、彼の本当の目的を知る事になる。
――ドシン ドシン
近付いてくる足音。その足音は、チョコロネイムの高原に隣接した森から聞こえて来るようだった。
「二人共、少し下がっていたまえ。」
コウヤ達がグレンから離れ、振り向くと同時に、
森からその足音の主が姿を現した。
「なんだ……、あのデカい奴は……?」
「あれは……、サンライズ・オーク……!」
「サンライズ・オーク……?」
「日の出と共に活動を始め、問答無用に暴れ回るという強力なモンスターよ……!」
「あいつ一人で大丈夫なのかよ……!」
――グァァァァ!
サンライズ・オークの凄まじい叫び声が、チョコロネイムの高原に響き渡る。
鼓膜が破れそうなほどの叫び声に耳を塞ぐコウヤ達や、
恐がるチョコロネイム達がその場から逃げて行く中、
グレンは剣を構えたまま、
顔色一つ変えずに奴の動きを観察していた。
――ドシン ドシン
サンライズ・オークがグレンに近付いてくる。
しかし、まだグレンは動かない。
「っ……、うるせぇな……!
っておいおい、あいつ……、大丈夫なのか……?」
「……っ。グレンさん……。」
――グァァァァァッッ!!!
ついに、グレンに手の届くところまで来たサンライズ・オーク。
グレンに向かって、物凄い勢いで鉄拳が迫って来る。
やられる。
この状況下で、そう思わない人間は居ないだろう。
コウヤもエフィも、ただ目を見張らせてその様子を眺めていた。
「ふっ……。」
微笑んでいた。グレンはその瞬間、微笑んでいたのだ。
砲弾の如き鉄拳が目と鼻の先まで迫って来て居るというのに、だ。
次の瞬間、鉄拳の前から彼は姿を消した。
吹き飛ばされたのでは無い。身体がバラバラに散ったのでは無い。
そう、
瞬きを一度するよりも短い瞬間の中、彼はサンライズ・オークの首元にまで距離を詰めていたのである。
そして、彼の右手に握られた剣が赤く発光する。
「 ニ ル ヴ ァ ル ー ラ 」
赤い閃光と共に、首元に刃が通っていく。
サンライズ・オークがグレンに一撃の拳を与えられたかどうかを判断する頃には、それはもう既に首を斬り落とされる瞬間であったのだ。
「……、サンライズ・オーク、討伐任務完了だな。」
地面に着地したグレンは、サンライズ・オークには目もくれずに剣を拭い、そう呟く。
グレンが剣を拭い終わり、剣を納刀すると同時にサンライズ・オークの頭部が地面に落ち、紫色の血が流れ出て行く。遅れて首の無い亡骸が、グレンのすぐ真横に倒れてくる。
「……すっげぇ……、あんなデカいモンスターを……。」
「あの亡骸は、後に王国から新たに派遣された者達によって回収される。」
「うわっ、びっくりした……!!いきなり来るなよ……!!」
「失敬。」
「流石は、王国剣士のグレンさんですね……。」
「……、ところで、君達を王国に連れて行こうと思うのだが、如何かな?」
「んなっ……、やっぱり連行する気かよ……?」
「いいや、これは私からの招待だ。
これも何かの縁だ。是非とも来て欲しい。」
「そういう事なら是非っ……!」
「っておいおい……、エフィまで……。
……まあ、この世界についてもっと知りたいしな……。」
「決まりだな。向こうに馬車を手配してある。
それで向かうとしよう。」
こうして、彼によってヘレナヴァレ王国に招待されたエフィとコウヤ。彼らが向かう王国には果たして、何が待ち受けているのか……。
…………
…………
…………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[ カステラの街 宿 ]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「随分と遅いねぇ……、あの子達……。」
グレン……、
いかにもこの世界の英雄っぽいよな。(コウヤ)