【第一章】其の三 『異世界転移と謎の少女』
風の音。草木が擦れる音。煌哉の耳に、どこか懐かしい音が入って来る。続けて、自然が作り出した大地の香りが彼の鼻に足跡を残して行く。
彼にとって、この音と香りは幾つになっても心に安らぎを与えてくれるものだった。これは昔から本当に変わらない。
「落ち着くなあ。小さい頃もこうして、緑溢れる草原に寝転がって、自然を堪能してたっけなあ。」
「そこで何してるの……?」
「俺かい~……?俺はこうして寝転がって、ただ自然を堪能してるだけだよ~……。」
「わ、私も隣、良いかな?」
「良いとも~……!一緒に自然の素晴らしさを分かち合おう~……。」
…………
…………
…………
「……って誰ですかぁぁ??!!そして此処どこっ……?!??」
「ほわっ!びっくりした……!」
自然を堪能し過ぎて、自然と一体化してしまうところだった煌哉に話しかけて来た、声の透き通っている女性が、どうやら今、煌哉の後ろに居るようだ。
そう、咄嗟に起き上がり後ろを向いてしまった煌哉だったが、
彼は彼女の容姿を視界に捉えるまで、此処が何処なのかをまず整理しようとした。
しかし、彼女の方へと振り返ってしまった事を後悔した時にはもう、手遅れだった。
「……可愛いんですけど」
「んん?」
「滅茶苦茶可愛いんですけど!!!!!」
「え、あ、その……、ありがとう!」
元々、容姿端麗であるにも関わらず、
こちらからの唐突なアプローチに若干戸惑いながらも、感謝と笑顔だけは決して忘れないその姿勢に心臓が破裂しそうなほど脈動している煌哉であるが、
数回大きく深呼吸して何とか冷静に戻ることが出来たのはそれから数分後の事だった。
「さっきはごめん。俺、少し取り乱ちゃって……。」
「全然!気にしないで欲しいな。
私も……、その……、さっきみたいに面と向かってはっきり言ってくれるの……、ちょっと嬉しかったから……。」
(あ、駄目だ、可愛すぎる。
これって、理性くん大丈夫?息してる?)
開いた口が塞がらない煌哉に対し、また戸惑いを見せる女性。色々聞きたいことは山ほど有るのに、自分の理性と勝負することになるとは煌哉も思ってもいなかった。
「ええと……、その……、コホン!
俺の名前は凛堂煌哉!特技特に無し!
気軽にコウヤって呼んでくれ!よろしく!」
(よし……、なんとか自己紹介は出来た……!)
コウヤは小さくガッツポーズをしながら、彼女の返答を待つ。
「わ……、私はエフィローナ!これでも一応、魔法使いなの!」
「ふむふむ……。魔法使い……。」
「やっぱり変かな……?」
「って、魔法使えるのぉぉ?!」
「う……うん!」
ひとまず、ここでコウヤは異世界転移をして来たことを彼女に伝えた。彼女は最初驚いてはいたものの、彼の話を真剣に聞いてくれていた。
そして、色々と質問していくうちに、コウヤは段々と彼女のことが解って来たみたいだ。
(名前はエフィローナ。それで俺はとりあえず、エフィと呼ぶ事にした。
先ほども言った通り、容姿端麗であり、人間。そして魔法使い。
髪型はふんわりとしたロングボブ。色は透き通る様な薄桃色。そしておっとりとした目に加え、瞳は輝く銀色。
笑顔が可愛い。声が可愛い。
おまけに、魔法使いは魔法使いでも、回復魔法しか使えないところとかもう……、全てが可愛い。)
「へへ……へへへへ……。」
「コウヤ君……?大丈夫……?」
気色が悪い不敵な笑みを浮かべるコウヤに、また戸惑いを隠せないエフィ。そして今のコウヤにとって、この世界を把握する事が何より重要だった。
「よし!エフィ!この世界の事について、色々教えてくれ!」
「うん、任せて!」
近くの街に向けて歩き出す、出会って直ぐの二人。まだ、お互いに緊張し合っている状態ではあるものの、
コウヤもエフィも、これからもっと仲良くしたいという気持ちで一杯のようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[ カステラの街 ]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この異世界にやってきたコウヤにとって、最初の街となったのがここ、カステラの街。緑溢れるこの街は、エフィに聞く限りでは、「他の街よりも安全!」なのだとか。
現に、剣を背負っていたり、ハンマーのようなものを背負っていたり、
巨大ワニのような生き物を背負っていたりと、今も色々な人達とすれ違っている。
(異世界だから、やっぱりモンスターとか居るのかなあ~……。)
コウヤは主人公には向いていない。主人公役として異世界に転移しようものなら、恐らく、永遠に魔王なんかを倒せないまま世界が壊滅してしまうほどである。
(主人公役として最悪なのは自覚はあるが……、本当にこの世界に麗は居るのか……?
あの日本人形、もし嘘つきやがったら次会った時覚えてろよ……!!!)
「ぐぬぬぬぬ……!!!」
「コウヤ君、着いたわ。ここが宿よ!」
立ち止まったエフィが指差す先には、物凄くボロボロの宿らしき建物がある。コウヤは思わず、第一印象を呟いてしまう。
「ええと……、キャンプファイヤーの跡みたいな外見ですけど……?」
骨組みが変に交差していたり、あからさまに燃えたような形跡があるこの宿に、いつの間にかコウヤとエフィは泊まる事になっていたみたいだ。本当、コウヤの気付かぬうちに。
「さぁさぁっ!行こっ!」
エフィに左手を握られる。その感触はとても柔らかく、感じる温度は少しだけ冷たい。それ以前に、女の子と手を繋ぐ機会など、彼にとって麗を除いて他に無かった。
(これは本当に理性くん大丈夫ですかっ……?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[ カステラの街 宿 ]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エフィに手を引かれるがまま、コウヤは宿へと入る。中はほんのりと腐敗した木材の匂いが漂っていて、空気の通りもそこまで良くないようだった。
「いらっしゃい。何泊?」
(……っ?!)
異世界にやって来てからエフィ以外の女性の声を聞いたのは、これが初めてである。しかし、コウヤが聞いたのは怒ると物凄く怖そうな受付のお婆さんの声だった。
「一泊二日で、二人です!」
「……はいはい、んじゃ二階の一番奥ね。料金は明日の昼に貰うからね。」
「はい!じゃ、とりあえず部屋、行こっか!」
お婆さんからの無言の圧力を感じつつ、軋む階段をゆっくりと上がる。
そして言われた通り、二階の一番奥の部屋、[206]に入室する。中には白いベッドが二つ並べられていた。
部屋全体を見渡してみても意外と清掃されており、外見よりかは幾分かマシ……というくらいだ。それに窓がついている部屋だ。換気も恐らくは大丈夫だろう。
「今日はここで休もう、コウヤ君。」
窓側のベッドに座りながら、少し頬を赤らめてエフィは言う。窓から射す陽に照らされ、薄桃色の髪が煌めいている。
また鼓動が少し早くなるのを感じたコウヤだったが、今回ばかりは素早く目線を逸らし、落ち着くまでの時間はほんの数秒だった。もう一度前を向くと、コウヤはエフィに語りかける。
「それにしても、この世界は不思議だな。俺が元々居た世界よりも、人々が自然を大切にしている気がする……。」
「コウヤ君の世界は、どんな自然なの?」
「最近の自然は、少し寂しそうな感じだった。
草も木も、本来の元気な姿じゃ無い気がしてな……。」
「そっか……。」
エフィの表情が、明らかに暗く変わってしまったことに気付いたコウヤは、咄嗟に食べ物の話に切り替えた。
「た、食べ物についても、知っておきたいんだ……!
この世界では、何が人気なのかな?ちょっと俺、気になってみたり……?」
「この世界……、というか、この街でいつも人気なのは『カステラ』だわ!」
「カステラかい!!!」
まさかの知ってる食べ物で驚きのツッコミをいれるコウヤ。
「カステラって……、あれだろ??
四角くて、甘くて、柔らかい……。」
「え……、知ってるの?!」
(知ってるも何も、俺の世界にも実在する洋菓子だっつーの!!!)
「ああ、まあ……。
ともかく、街の名前にもなってるくらいだし、この世界にもカステラは存在するんだな??」
「まだ、食べたことは無いんだけどね……。」
「え……、どうしてだ……?」
「だって高級品じゃない!!!」
「いやいや、そこまで高いものじゃないだろ?!」
「私なんて……、生まれてから一度もカステラを口にした事がなくて……。街を歩けば皆の片手にはカステラ……。ううう……。」
(これはあれだ……、カステラが高級なんじゃなくて、この子が貧乏なんだ……。)
恐らく、エフィは宿泊代でほぼ全ての所持金を使ってしまったのであろうと推測した。となれば、次にコウヤが彼女に尋ねる言葉は必然的にこうなる。
「なあ、エフィ。
この世界でお金は、どうやって稼ぐんだ?」
「モンスターの討伐……、とかかな?」
(やっぱりそうなるのね……。)
当たり前だが、モンスターの討伐などゲーム以外では全くした事がないコウヤにとって、
これが最初の壁となることは彼自身も薄々勘づいていた。
「それじゃあ武器とか必要なのか……。早いうちに買わないとな……。」
しかし、次の瞬間。
彼はとんでもない事に気付いてしまった。
(金無くね……?買えなくね……?あれれれれ……?)
エフィは宿泊代で所持金をほぼ使い切っているわけで、コウヤは見ての通りだ。
大きく息を吸い、吐き出す。
そして、エフィの目を見つめると、言い放った。
「詰んだ。」
…………
…………
…………
「…………??」
「詰んだんだよおおおおおっっっ!!!!!」
「……?!?!」
これからの彼らの命運を大きく分けるであろう『詰み』という自体にあまり理解が追いつかず、
とりあえず微笑みを返すエフィ。
そのボケともとれる無言の微笑みを受けて、この現状に嘆くコウヤ。そう、今この瞬間、
(なぜ、コウヤ君はあんなに叫んでいるのか)
(なぜ、エフィはあんなに冷静でいられるのか)
と、
互いが互いの起こしたアクションに、理解が追いつけずに居たのだ。
しかし、
こんなことをしていても時間の無駄であるのはコウヤには解っていた。
「モンスターを倒しに行こう。」
「えっ、今から……?!」
「ああ。今からだ。」
「ちょ……!ちょっと待ってえええ……!」
階段を駆け下りると、受付のお婆さんに呼び止められた。
「ちょっとアンタら、さっきから騒がしいよ。他の宿泊客に迷惑だ。もうちょっと静かにしな。」
「……ああ、すみません……。」
「ったく……、それで、外出かい?」
「はい。」
「日が落ちる前には帰って来なよ。」
「解りました。ありがとうございます。」
受付のお婆さんと話している俺の後ろで、
何を言ってるのか聞き取れないくらい喚いていたエフィを連れ、一旦宿を出る。
「エフィ、モンスターは何処に居るか解るか?」
「コウヤ君ったら、無理矢理連れ出して……。むぅぷんぷん!」
「悪かったって。謝るよ。」
「……質問されていたわね。
モンスターはね、基本的に街の周辺に潜んでいるの。そして、夜行性がほとんどなの。」
「日中に活動するモンスターは、この周辺には居ないのか?」
「少なからず居るから、その子達をよく見かける場所に向かってみようと思う。」
「お……!サンキュー!」
思い切り強引に宿から連れ出してしまい、あと一歩でエフィの機嫌を損ねてしまうところだったコウヤ。
彼は武器も何も持って居ないが、果たしてモンスターとやらに勝つことは出来るのだろうか。
コウヤ君か……。
なんだか、不思議で面白い人に出会ったな……。(エフィ)