小章 黄昏の軍団VS風の城
風の城を任されたインファは、シェラとファウジと共に、尖塔の乱立する広大な城の上空に舞い上がった。
「これは、圧巻じゃ」
風の城は、両側を谷に挟まれた、地上からでは1カ所からしか侵入できない地形になっている。切り立った岩山の道を黒く染めながら、骸骨兵達が進軍してきていた。それを見下ろし、無常の風、門番・ファウジがニヤリと笑った。
「これだけの規模の軍隊を動かしているのは、いったい誰なのかしら?」
シェラは気丈に、涸れた川を逆流する黒い水のような軍団を見据えていた。
「指揮官がいることを願います。母さん、ファウジ、手始めに殲滅します。手伝ってください」
「御意」「ええ」
副官の言葉に頷いた2人は、インファに向かい両手を突き出した。インファに力を集め、力を得たインファが大魔法を撃つのだ。天へ差し上げたインファの両手に、白い輝きが集まり始める。それは、バチバチと音を立てながら巨大な雷の球へと成長していった。
巨大に育てた雷の球をフワリと軽く打ち上げると、インファは鋭く片手で軍団目掛けて打ち落としていた。谷間の道へ落ちた雷の球は、雷鳴をとどろかせプラチナの輝きを放って、黒い川を蹂躙していた。
「母さん、ファウジ、地上をお願いします」
地上?終わったのでは?と顔を上げたシェラは、鋭く飛来する金色の光にやっと気がついた。インファは、右手に白い華奢な剣を抜き放つと、その金色の光を迎え撃ちに飛んだ。
「む?」
飛来した金色の光の正体を見たファウジが、僅かに動揺したのをシェラは見逃さなかった。
「あの人を、知っているの?」
インファと激しく打ち合う、ハルバードを操る、金色の翼を持つあの人――ファウジは彼を知っていた。
「3代目風の王・インネイ。忘れもせぬ。1度は仕えた王故のう」
金色のオオタカの翼を見た時、シェラも薄々そう思った。あの人は、風の王だと。
無常の風は、初代風の王・ルディルの時代からずっと、鬼籍の書庫で鬼籍の管理をしている精霊だ。ファウジとシャビは、王が15代替わるのを、ずっと見守ってきた。戦う為に産まれる風の王は、戦いに明け暮れ、風の城には殆ど帰ってこなかった。インネイとの思い出は多いとはいえないが、それでも確かにファウジの主だった。
遙か昔、殺されてしまったはずの王が、何故蘇り、今、この城に仇なすのか、ファウジにはわからなかった。1人風の王を引き受けたインファはおそらく、彼が誰なのかわかっているのだ。リティルに似て優しい副官……彼は、ファウジがインネイと戦う事が無いようにしてくれたのだろう。
「インファ……気遣いは無用じゃよ?ワシの主はただ1人、15代目風の王・リティルだけじゃ。じゃが、かたじけない」
インファが人間だったのなら、先祖と子孫との戦いということになったろう。だが、精霊は血縁で受け継がれるものではない。それが幸いだったと、ファウジは思わずにはいられなかった。
「ファウジ!あれを見て」
地上を気にしていたシェラが声を上げた。見下ろせば、インファが殲滅したはずの骸骨兵達が蘇り、再び進軍を始めていた。
「雷帝殿、見越しておられたか。奥方」
「ええ、でも、わたしではインファのようにはいかないわ」
手を貸してとシェラは言うと、白く輝く弓に、矢をつがえた。長剣を抜いたファウジは、暗い、夜だとわかる風を纏わせ、上段に構えた。
2人は同時に、谷目掛けて攻撃を放っていた。やはり、一撃では殲滅できず、2人は何発も攻撃を放つ。
「不死身とは厄介ですね」
フワリと風が動き、インファが2人のそばに舞い降りてきた。
「インファ!このままでは時間の問題よ」
「セリアと親方に賭けるしかないですね」
3代目を退けて戻ってきたインファは、息つく間もなく鋭く上空を睨んだ。見上げれば、再び金色の風が集まり、3代目の姿を形作っていた。
「インファ、このファウジ感傷など皆無じゃ」
「心配いりませんよ、ファウジ。あなたは母さんと、骸骨兵を城に近づかせないでください」
ニッコリ微笑むとインファは、その笑顔に見合わない鋭さで舞い上がっていった。
ファウジは、インファと斬り合う3代目の姿を苦々しく見つめていたが、加勢にはいけずに、風の城に迫り来る軍団に攻撃を放つしかなかった。
さて、このままでは旗色が悪いですね。と、3代目と切り結びながらインファは考えていた。
一応、魂の存在を感じるが、風の導きに逆らって引き戻されているような気配がしていた。これでは、分析を行うセリアと、親方ことゴーニュは焦っていることだろう。
一か八か、3代目の魂を風で捕らえてみましょうか?とインファは距離を取り、白い華奢な剣を構えた。3代目は追ってくるかと思われたが、ハルバードを構え動かない。
何かを狙っている?インファが仕掛けようとすると、小さな金色の光が尾を引き飛来した。あれは?と睨み合っていた2人は、同時に気を取られていた。3代目を牽制するように飛んだ小さな金色の光は、インファに向かってきた。
『インファ!3代目は広範囲魔法の使い手だ。間合いを取らせるな!』
ノインの声だった。小さな光に見えたそれは、メッセンジャーとして飛ばし合っていた召使い精霊のツバメだったのだ。
1ヶ月前まで当たり前に会えていた相棒の声に、インファは戦闘中であるのに動揺していた。
『動揺してくれるな』
ツバメが運んでくれるのは、手紙のようなものだ。相手の反応を見て、その都度内容を変えることはできない。この言葉は、初めからツバメに伝えられていたのだ。
お見通しですか?と、インファは小さく笑った。その瞳は、3代目の姿をきちんと捉えた、獲物を狙うイヌワシその者に戻っていた。
インファはノインの指示に従い、一瞬で間合いを詰めると3代目の胴を斬っていた。
『おまえ達の戦っているモノは、黄昏の軍団という死者の群れだ。旧時代を滅ぼした軍団だが、鎮魂歌で決着がつく。歌え、インサーフロー。おまえ達の歌声がイシュラースを救う』
その言葉を最後に、ノインの声は聞こえなくなった。
インサーフロー。昔、ある案件でグロウタースのある大陸と関わったとき、インファは、インジュと共に、人間の歌い手として音楽を生業とする会社に潜入したことがあった。
ヴォーカルは息子のインジュが務め、インファはピアノを弾き、彼の声にハモっていた。その大陸から引き揚げた後も、風の城にあるピアノホールで、インジュと共に今でも歌っている。最近では、インジュが「ノインに、届かせるんです!」と意気込みながら、明るく歌っていた。
ノイン……インファよりも少し年上の容姿の、クールな相棒。インファは無意識に、そばにいるのでは?と彼の姿を捜してしまった。しかし、インファは即その行動を改めた。今のノインにインファは近づくことさえできない。消息を絶つことを選んだノインを、インファは、どこにいるのかその所在を把握することすら禁じられていた。
「ノイン……ありがとうございます」
インファは風の中から水晶球を取り出すと、リティルに知らせるべく声をかけた。
「父さん、敵の正体がわかりました。死者です。鎮魂歌を歌います」
『わかった。インサーフロー、頼むぜ?ラス!蓄音機で拡散してくれ。敵はオレが全部引き受ける!』
同時にラスとも繋がっていたらしいリティルの言葉を聞いて、インファは頷いた。
「了解しました」
敵をすべて引き受けるという、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたが、やってもらうしかない。父のそばには、ルディルとゾナがいる。持ちこたえてくれると信じて。
「インジュ!敵は死者です。風の奏でる歌に、鎮魂歌の要音を仕込んで歌ってください!」
歌えと言われ、インジュが喜ぶのが感じられた。
『了解です!あのぉ”兄さん”来られません?』
インジュは、インサーフローのヴォーカルとしてスイッチが入ると、父親であるインファを兄と呼ぶ。それは、人間として潜入していたとき、見た目に合わせて呼び方を変えていたときの名残だった。
「外が落ち着いたら、オレもピアノホールに行きます。ラスの蓄音機で拡散も忘れないでください」
『了解です!では、インサーフロー、張り切って歌いますよぉ!』
危機感のない楽しそうなインジュの声に和む。インファは、心に聞こえてくるインジュの声に合わせて歌い始めた。
――さよなら 止まない雨
――手の平を空に掲げれば 金色の光が 君にさす
――恐れない わたしには 言葉がある
――歌え 君のくれた言葉を 今こそ 響かせて
――青空の向こう 君に この歌が届く――……
インファの歌声には、共に歌う者の歌の効果を底上げする力がある。死者を眠らせる鎮魂歌の効力を上げ、少しでも早く皆を解放したかった。
そんな願いを持つインファの前に、3代目は容赦なく蘇ってきた。彼に広範囲魔法を撃たせるわけにはいかない。インファは歌いながら3代目と踊るように戦い続けたのだった。
――風の城・ピアノホール――
ピアノホールと言うが、この、花の姫とオオタカの戯れる様が描かれた丸いステンドグラスの天窓の嵌まる、ドーム型の屋根を持つこの部屋に、無い楽器はないと言われている。
というのも、歌の精霊・エーリュがグロウタースからせっせと楽器を集め、それを奏でることのできる人物をコピーした妖精を作り出しているからだ。人間からの転成精霊であるエーリュは、エリュフィナの名で、プロのシンガーソングライターをしていた過去がある。ダンスしながら歌うスタイルの彼女は、未だに歌って踊っていた。
インサーフローのピアノの方であるインファも歌を書くことができ、両者は競い合うように未だに楽しく歌っていた。
インジュが部屋に駆け込むと、部屋の中心よりも奥にぽつんと置かれたグランドピアノの前に、風が集まり、3人の人影が姿を現した。
『話は聞いている』
寡黙そうな人間にしか見えない男性が、言葉少なくインジュに言った。
「はい、すぐいけます?」
『オレらを誰だと思ってるんだよ?インフロ専属バンドだぜ?』
勝ち気に言い放つ、インジュとインファと同年代に見える男に、インジュはフワッと女性の様な柔らかな笑みで頷いた。
「届かせますよ!風の奏でる歌!」
ヴォーカルの宣言に、すでにスタンバイしていたドラムの大柄な男がリズムを刻み始める。
インフロバンドトリオと呼ばれる彼等は、インファとインジュが人間に身をやつして歌っていた頃、専属バンドとして曲を奏で続けてくれた、インサーフローの仲間だ。
インファは「オレ達の演奏で以外、インサーフローの歌を歌わないでくれ」と「精霊にしてくれ」と言った彼等の想いを汲んで、彼等の楽器の腕や記憶、意識をコピーした妖精を作り出した。
精霊は永遠を生きる生き物だ。生き死にを繰り返すグロウタースの民では、永遠という時の重みには耐えられない。インファは彼等の心を守る為、妥協策としてあなた方のコピーを連れていくから、人間として一生を終えてほしいと説得したのだった。彼等は、インファの想いを受け取って、承諾してくれた。本物の彼等は、すでに別の命に生まれ変わり、新たな生を生きているのだった。
変わらない専属バンドの奏でるメロディに、インジュの透明で、空を飛ぶような明るい声が溶け合って放たれた。
何度繰り返し歌っただろう。
受精させる力という最大の産む力の精霊であるインジュは、霊力が無尽蔵に湧く固有魔法・霊力の泉を持っている。だが、さすがに疲れてきた。
そんな頃、インファがやっと到着した。
インファは一直線にグランドピアノまで飛ぶと、インジュとバンドの奏でるメロディにピアノと声を合わせた。
インジュは父が、城の外で歌ってくれていたことを知っていた。だけどやっぱり、こうして定位置に収まると、威力がちがいますねぇ!と、限界を超えていたはずのインジュの歌声が生き生きと蘇ったのだった。
「――あはは……もう、しばらく、歌えません、よぉ……」
インジュはすべての骸骨兵を浄化したことを感じて、疲労から意識を手放すとピアノホールの白い床に倒れて眠ってしまった。
「お疲れ様でしたインジュ。いいライブでしたよ?皆さん、最高の演奏ありがとうございました」
インファはそう仲間達を労うと、しばし鍵盤の上に倒れ込んだのだった。
インジュと同じようにその場で寝たいくらいだったが、インファは水晶球を風の中から取り出すと、父に声をかけた。
しかし答えてくれたのは母で、インファは昏倒した風の王に代わり、もうしばらく起きていなければならなくなったのだった。




