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ショートショート6月~2回目

触角

作者: たかさば

俺の目の前に、触角があったのだ。

いつ見てもピコピコと動く、実に気になる、触角。


いつも予期せぬ動きで、目の前を踊る触角。

いつしか、毎日触角の動きを確認するようになった。


数学の授業中、ふいに触角がくるりと向きを変えた。


……へえ、触角には、顔がついているのか。


「ねえ、この問題、わかる?」


一言二言、言葉を交わしたのち、触角はいつもの位置に戻った。


俺の目の前の、触角。

いつ見てもピコピコと動いていて、実に気になる、触角。


予期せぬ動きは、いつしか予想できる動きへと変わった。

予想できない触角の動きをみるのが、楽しみになった。


英語の授業中、ふいに触角がくるりと向きを変えた。


……なんだ、触角の顔が、笑っているぞ。

……笑うと、ずいぶん愛嬌のある顔になるんだな。


「ねえ、ここの訳、間違ってるよ、正しくは、こう。」


一言二言、お礼を伝えたら、触角はいつもの位置に戻って、いくぶん陽気に、はねた気がした。


俺の目の前から、触角が消えてしまった。

いつ見ても目の前でピコピコと動いていたのに、離れた位置に行ってしまった、触覚。


離れた位置から、触角を確認した。

相変わらず、自由気ままに揺れているようでなによりだった。


だが、なんとなく、物足りない。

どうも、毎日が、つまらない。


美術の授業中、ふいに触角がやってきた。


……なんだか、触角の顔が、緊張しているみたいだぞ。

……いつもみたいに、笑っていたらいいのに。


「ねえ、ペア、組んでもいい?」


触角をきっちり描いてやったら、触角の持ち主はやや憮然とした様子で、自分の席に戻って行った。


俺の目の前に、触角がやってくるようになった。

暇があれば、俺の目の前でピコピコと動く、元気いっぱいの触角。


間近で触角を確認してみた。

つまんで伸ばしたら、人差し指でチョンとでこをはじかれた。


授業後、校門のところで触角が揺れていた。


……なんだ、触覚が風に揺れて大変なことになってるぞ。

……早くそばに行って、ちぎれそうになっている触角を、抑えつけなければ。


「ねえ、一緒に帰ろ!」


強風にあおられる触角を時折そっと抑えつつ、家まで送り届けるようになった。


俺の目の前で、元気いっぱいに揺れる触角。

晴れている日も雨の日も、笑った日も泣いた日も、いつも俺の横で揺れていた。


何度も、触角に触れた。

何度も、ポカポカと胸をたたかれた。


たまに、触角ごと、ぎゅっと、抱きしめた。

たまに、触角に、ぎゅっと、抱きしめられた。


やがて、触角はしっぽになった。


元気よく飛び跳ねるしっぽから、目が離せなくなった。

元気のないしっぽを見ては、心から心配をした。

しっぽは元気に跳ねているだろうかと、毎日心を寄せた。


俺はしっぽが、気になって仕方がなかったのだ。


しっぽの横で、チャンスをうかがう日々が続いた。


しっぽをゲットするために、俺は毎日、笑顔を届けた。

しっぽをゲットしなくちゃいけないのに、しっぽに呆れられる日もあった。

しっぽをゲットできなくなるんじゃないかと、あせった日々もあった。


しっぽは、いつの間にか娘のおもちゃになり、息子のおもちゃになった。


しっぽは、長くなったり、短くなったり、色が変わったり……見ていて実に飽きない代物だった。

しっぽは、丸くなったり、リボンで飾られたり、時には華美にカーブを描いたり……いつまでも見ていたい大切な宝物だった。


しっぽは、だんだんと元気をなくしていった。


いつしか、しっぽはなくなり、白い髪が、力なく横たわるようになった。


俺は、愛する妻の髪を、ゴムで結んだ。


……ずいぶんぶりに見る、触角。


「はは、俺の大好きな、触角だ……!」

「おじいちゃん、何やってるの?」


病室の、白い空間に、俺の触角が……とても映えていた。

真っ赤なリボンをつけた、元気のない、触角。

ただ昏々と眠り続ける、動くことのない、触角。


すっかり色の抜けた触角は、元気に跳ねることなく、俺の前から、永遠に、消えてしまった。


俺の愛した触角は、空へと、帰ってしまった。

……もう、俺の愛する妻はいないのだ。


「おじいちゃん、髪むすんで―!!」


孫娘の髪を結びながら、俺の愛した触角を思い出す。


「今日は触角でいいかい。」


「触角って言わないで!!ツインテールって言うんだよ!!!」


孫娘に怒られながら、俺は愛する妻を思い出す。

そうだなあ、触角ってからかうたびに、いつもぽかぽかとやられたんだった。


「は、ハハハ!!!そうか、ツインテールか!!」


目の前で元気よく揺れる、ついんてぇるを見ながら。


俺は愛する妻との日々を思い出し、大きな声で……笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうか、ツインテールか! そういうことですか〜。 最初、本人の頭から生えてるのかと思ってました。 ツインテールの娘と、一緒になったんですね。な〜んだほのぼの。
[良い点] 触覚!! そうかツインテールだったのか。 まさか人間だったとは。予想外のどんでん返しありがとうございます。 [気になる点] モンシロチョウのストローで 脳内再生してました [一言] ツーサ…
[一言] ツインテールとシングルテールと…想像を巡らせる楽しみを味わえました(o^-^o)最後は予感はしましたが、しんみりしました…m(_ _)mお孫さんには救われました…
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