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俺は正義のヒーローになっていた。だが内に秘めた感情は、正義なんて綺麗なものじゃない。憎しみだ、憎悪だ。ヒーローに対する、憎しみが体の内に渦巻いてる。
「あぁ、憎い。憎いわ。ヒーローが憎い」
口にすればますます、その感情は大きくなっていく。
「私をこんな目に遭わせたヒーローが憎い。そう私をこんな目に遭わせたヒーローならいるわね。外で戦ってるはずよ。憎いなら、そう。殺さないとね?」
手にした槍を、杖にして立ち上がる。体を見れば、鎧に覆われている。甲冑というには線が細く、硬そうなスカートの様なものもついている。ドレスの様な鎧が一番しっくりくるかもしれない。
兜を被っていても何故か視界が広い。体の調子も悪くない。先程まで死にかけていて、その前に仕事であれだけ酷使していたにも関わらずだ。
槍を振るってみても、特に違和感はない。一度も使ったことはないが、手になじんでいる。ヒーローというものは、こういうものなのか。そう考えて俺は思った。俺は自分のことをヒーローだと認識しているのだということに。
だが今から憎悪でヒーローを殺そうとしている奴が、ヒーローと呼べるのだろうか。いいや悪役がふさわしい。悪役でいいじゃないこれからヒーローを殺しに行くんだから。
暴走する思考に微かに残った理性が歯止めをかける。駄目だ、いくら憎かろうが殺すことだけはしちゃいけない俺はヒーローと同じようにはならない。意識を強く保たないと、憎悪に感情が流されそうになる。
フリージアの攻撃で大穴の空いた壁まで歩く。あのヒーローが外で戦っているはずだ。
そこから見える風景は、荒れていた。建物は半壊し完全に崩れている建物もある。そして、いまだにフリアージと、ヒーローの戦いは続いていた。いくら何でも長すぎる。
ヒーローが一人いればフリアージ百体と同時に戦えるといわれている。それくらいヒーローの力はフリアージと比べても強い。
なのに、今そのヒーローが、一体のフリアージに苦戦している。どれだけ大きなフリアージだろうと、一体だけなら十分戦えるはずなのに。
俺の目は無意識にヒーローの姿を追っていた。ヒーローを憎む気持ちがまだ残っているからだろうか。
今の俺にあそこに行って何ができるだろうか。戦いなんてしたことがない。俺はかつて望んだ力を手に入れたのにその扱い方を知らない。
助けることのできる力があるのに、助けることができないのか。もう誰かが死ぬのを目の前で見るのはごめんだ。だが実際に助けるとなると、俺には難しい。
だから、この憎悪に身を任せてみることにした。ヒーローを殺そうとしていた時のあの状態なら、戦えるかもしれない。だけど、そのままじゃヒーローを殺しかねない。
だから憎む相手を変える。妻を殺したのはヒーローかもしれないが。そもそも、フリアージが現れなければ死ななかった。だから憎む相手はフリアージだ。そう強く思い込んだ。
ヒーローを追っていた目は、フリアージを見つめていた。俺の目論見は成功したらしい。
少しだけ、憎悪に身を任せてみる。
その瞬間、足は床を蹴り出し空を舞っていた。ただ床を蹴っただけで。向かっている方向は、フリアージの方向。
このまま、身を任せよう。そうすればきっと助けられる。俺はヒーローのようにはならない。俺はこの力を助けるために使うんだ。
屋根の上を蹴り、フリアージに近づいていく。
あと一蹴りすればフリアージに届く距離で、空高く跳躍した。手にした槍を両手で逆さに握りしめ、そのままフリアージの上から突き刺す。フリージアが痛みに叫び声を上げる。
「助かったんだね、良かった……。でも君は戦わなくても良いんだ、さっきまで死にかけてたんだよ!」
心配してくれるのはうれしいが、話しかけられると憎悪に意識が持っていかれる。
「目ざわりだから黙っててくれる?」
「なっ!」
目の前にいるフリアージはとにかく大きかった。でも不思議と恐怖心はなかった。それどころか憎しみがわいてくる。フリアージのせいで妻は死んだ。フリアージが居なければ今頃俺は──
「あぁ、ほんと憎いわ。憎い、憎い、憎い。憎いから……死んでくれる?」
右手に持った槍を地面に突き立てると、フリアージの足元から黒い槍が突き出す。槍はフリージアの足を貫き、黒い飛沫が流れ出るがひるむ様子はない。
「何やってんの!?」
ヒーローが何かを言ってるが。返事をしてる余裕はない。
「刺してもだめなら、燃えてしまえばいいわ。あなた、火遊びはお好き?」
槍に巻き付いていた鎖が広がる。広がった鎖は旗のように広がった。鎖から黒い炎が燃え広がり、フリアージを包む。
黒い炎は、憎悪の炎。水なんかで消すことのできない、憎しみの炎。それが自然と分かった。
黒い炎に包まれたフリアージは苦しんでいた。槍に刺された程度じゃひるまなかったのに黒い炎はよく効くらしい。
勢いを増していく炎は、フリアージを燃やし尽くし何も残さなかった。
ヒーローが弱らしていたから勝てたのか、相性が良かったのか。よくわからない。
「君、凄いじゃないか! ヒーローになったばかりとは思えないよ。俺は」
「うるさい」
ヒーローは駆け寄ってきて手を伸ばしてきた。俺はその手を払いのける。フリアージを倒した、憎む相手がいなくなった。行き場をなくした憎しみは、どこに行く?
「殺すわよ?」
「なっ!」
ヒーローの足元から槍が突き出し、後ろに下がったヒーローが剣を構える。この感情を抑えないと、本当に殺してしまう。
「私は、ヒーローが憎いのよ」
「何を言ってるんだ。君だってヒーローじゃないか!」
「そうね、滑稽な話だわ。ヒーローが憎いのに、ヒーローになるなんて。でも、私がヒーローに見えるのかしら」
「見えるよ!その槍に鎧はヒーローの証じゃないか!」
「頭の中がお花畑なのかしら。この炎がヒーローの使う炎に見えるわけ?」
憎悪の炎がヒーローと私の間に壁を作る。
「待ってくれ!」
炎の壁の向こうでヒーローが叫んでいる。
「さようなら。もう会うことはないでしょうね。いえ、むしろ二度と会いたくないわ」
ヒーローを殺したいとうごめく憎悪を理性で押さえ込み、崩れた建物の上を駆け抜ける。追ってくることはできない、炎の壁がヒーローを囲んでいるから。
徐々に、形ある建物が増えていき。気づけば家々には光が付き、生活の音がしていた。いつの間にか現実の世界に戻っていたらしい。だが、これからどうする。俺はもう俺ではなくなってしまった。
読んでくださりありがとうございました。
[たいあっぷ]というサイトで縦書き、しかも絵がついて状態で読めます。気になる方は探してみてください。タイトルも作者名も同じですので。
続きを買いたいという票が集まると二巻目が出せるのでよろしくお願いします。
誤字脱字は下に専用のがあるので、ありましたらよろしくお願いします。感想などもお待ちしています。そして読んでくれてありがとうございます。