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 全てが黒く染まりそうになったその時。鎧を身にまとい、剣を手にした誰かが来た。

 それは光を纏ったヒーローだった。殆ど憎しみに支配されていた思考が、余裕を取り戻す。体の侵食が止まる。それは奇跡と呼べるようなタイミング。 

一秒遅ければ全てが支配され、侵食されていたような状況。


「どうして一般人がここに!」


 それはこちらを心配するような声か、もしくは通信先にいる相手に対してのものなのか。どちらにせよ、まだ俺は人でいるらしい。こんなことになった原因はお前らなのに、呑気なものだ。余裕を取り戻した思考にまた憎しみが混ざる。そしてその憎しみが意識を失うことを食い止めていた。


「おいあんた、大丈夫か!」


 血が喉にへばりついて、声が出なかった。そもそも、ギリギリ意識が残っているような状況で体は指先一つも動かない。声が出るならありったけの憎悪を浴びせてやるのに、声すらも出ない。


「どうすればいい。守りながらじゃ戦えないぞ!」


 どうやら守られているらしい。よく見ればヒーローは剣を床に刺し仁王立ちしていた。

 ヒーローの正面、大穴の空いた壁の向こうにはフリアージがいた。ヒーローを殴ろうとしては、見えない壁のようなものを殴っているのが見える。

 目の前にヒーローが居て守られている。それだけでヒーローに対する憎しみがさらに燃え上がる。やはりヒーローは変わらない。正義を掲げて光を背負いながらも奴らは人を傷つける。正義に犠牲はつきものだとでも言うように、平気で骸の広がる血塗られた道を進むのだ。俺もまたその骸の仲間入りというわけだ。


「ぐっ!」

「おい、ちっ!」


 うめき声に反応しこちらを見たヒーローだったが、すぐに前を向き手にした剣を握り直した。

 微かに見えた横顔は俺を心配しているように見えた。燃え上がる憎悪に俺を守るヒーローの心配する横顔が水を差す。揺らぐ憎悪にまた意識が朦朧とする。

 このまま意識を失えば死ぬだろう予感があった。だが、ここでは死ねない。十年前の記憶を切っ掛けに膨れ上がるこの復讐心に対抗するように、「生きて」という妻の呪いの言葉が、ギリギリのところで意識を繋ぐ。俺はこんなところじゃ死ねない。いつか人は死ぬ。それが自然の摂理だ。でも少なくとも俺にとっては今じゃない!


「優しいあなたが好きよ」


 愛した妻の言葉が頭に響く。


「世界にヒーローは沢山いるけど、あなたは私だけのヒーローよ」


 妻の言葉がさらに強く意識を繋ぎ止める。

「生きて」という言葉が呪いなら、これはさながら祝福みたいなものだ。


「何言っての、聖遺物がここに向かってる?」


 聖遺物、 なんの話しをしてるんだ。


「聖遺物が独りでに動くことなんて、まさか!」


 なんだ俺の事見て、身体が化け物にでもなってるってか。

 もはや人とは思えない黒ずんだ手を見る。誰が見ても、もう人間じゃないってのに。このヒーローは俺を助けようとしてんだよな。

 薬指に光る指輪が見えた。黒くなった手の中で、指輪だけが浮いて見える。結婚指輪を用意したのは俺じゃなく妻だった。

 宝石が付いてる訳でもない、複雑な紋様の彫られただけの指輪。


「それなら説明ができる。この空間に入れるのは、ヒーローだけだから」


 ヒーローの会話を聞きながら思う。ヒーローしか入れない空間に俺が入れてるんだから。その装置壊れてるんじゃないのかと。


「あんた聞こえてるか。ここに聖遺物が来る、生きたきゃそれを掴め!」


 ヒーローは聖遺物を掴めと訳の分からないこと言って、フリージアを吹き飛ばし家から離れていった。そもそも聖遺物ってのは、なんだ……

 視線を動かして前を見ると、さっきまで無かった物が浮いていた。白く発光する長い棒。先端に刃のようなものが着いているから槍に見えなくもない。

 刃のすぐ下には、布がぐるぐると巻きついていて元の棒の何倍もの太さになってる。

 見るからに神聖な雰囲気を纏ったこれが、さっきのヒーローが言っていた聖遺物ってやつなのか。

 生きたきゃこれを掴めって言ってたが、さっきから身体に力が入らない。掴もうにも腕を動かせない。

 動け、動けよ。

俺は生きなきゃいけないんだ。

俺は約束を守らなきゃいけない。

罪を背負って生きてかなきゃ行けないんだ。だから動けよ、俺の体!

 強く、はっきりとした生きたいという意思が俺の体に力を与える。聖遺物に向かってゆっくりと腕を伸ばす。浮かんでいた聖遺物は俺の方に近づいてきて、手の中に収まった。


 途端に眩い光が、掴んだ手から溢れ出し。黒く染っていた手が、元の色に。いや、白く変わっていく。血が抜けきったような白い肌に変わっていく。


「アァァァ‼」


 激痛が全身に走る。腹に何かが刺さったあの時よりも強烈な痛み。全身が、内側から熱い炎に焼かれているような痛み。あぁ、それだけなら良かったのに。目の前で白い炎が渦巻いている。

 白炎(はくえん)が体を包んで熱い! 白炎に焼かれる肌が痛い! 助かると言っていたあのヒーローが憎い! 助かるどころか今にも死にそうだ!

 有り余る憎しみが炎となり、聖遺物の白い炎が黒く染まっていく。体はさらに焼け、肌は骨の様に白くなる。聖遺物は憎しみの黒い炎に包まれていく。白い炎と黒い炎が渦を巻き、さらに俺を包み込む。

 内からも外からも焼かれた体には変化が置いていた。骨のように白い肌になった。炭のように黒い鎧が身を包み。

 伸びた髪は胸まで届き、真っ白に色が抜けている。そして何より大きな変化は、性別すらも女になっている。胸がある。身を包む鎧はドレスのようにも見える。

「はぁ、はぁ。くっ!」

 聞こえるうめき声は、透き通った女性の声だ。

 それともう一つ変化があった。神聖な雰囲気を発していた聖遺物は今や黒く染まってしまった。神聖な雰囲気はもう感じない。槍に巻きついて布らしきものは鎖に変化して巻きついていた。

 槍を手にし、鎧を着た人がいたら。人はそれを何と呼ぶだろうか。そう、人はそれをヒーローと呼ぶ。正義の心を持ったヒーローと。


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